第1回と第2回のシンガポールを経て、第3回目の目的地は日本と類似点が多い欧州の中堅国家であるスイスとデンマーク。人口1,000万人以下にも関わらず、数多くのグローバル企業が存在し、DXやデザイン思考によってイノベーションモデルを多く生み出しています。初めからデジタルネイチャーであるシリコンバレー企業と異なり、歴史を持つ欧州の大手企業は日本企業との類似点が多く、他では体験できない海外探索ミッションの全容をレポートします。
「社内で非公式のプロジェクトを立ち上げて、試作(プロトタイプ)から公式プロジェクトに昇華させていく重要性を学んだ。」 アイアイエム 常務執行役員 CTO 住友さん
プログラム初日はスイス、ジュネーブにグローバル本社を置くJTインターナショナル(JTI)で幕を開けました。DBICメンバー企業である日本たばこ産業(JT)は世界70カ国に拠点を構え、100カ国籍以上の社員が在籍しています。真にグローバル化しているJTIのデジタルトランスフォーメーションに関する取り組みを、現地に約2年半駐在しているAI Lead Digital Strategyを率いる入矢氏と、Information Technology部門に勤める鳥居氏の話で幕を開けました。 写真:入矢氏と鳥居氏が話している様子と話を聞く参加者 JTI本社には1,100名が勤務しており、デジタル部門はCFOが管轄し、IT部門はCOOが管轄しています。デジタル部門は顧客体験(CX:カスタマーエクスペリエンス)にフォーカスしていて、パーソナライズドされたD2C(ダイレクト・ツー・コンシューマー)や、シームレスな買い物体験を追求しています。デジタル部門は、データサイエンスチームと密に連携しており、統計モデリングや機械学習等のAIを組み合わせて電子タバコのフレーバーを個人の嗜好に合わせてレコメンドしたり、消費者の好みを予測したりするような取り組みを行っています。 データサイエンスチームはジュネーブやマドリードなど世界中に散らばっているため、コラボレーションツールを用いてプロジェクトに取り組んでいます。また、入矢氏はスイスのエンジニアコミュニティに参加したり、欧州原子核研究機構(CERN)で教鞭を執ったりするなど積極的に外部のコミュニティとの接点を持っています。参加者からは、「組織のサイロ化を防ぐためにどのような取り組みを行っているか」、「エンジニア主導のプロジェクトはあるのか」といった質問が出ました。 JTIでは、組織のサイロ化を防ぐために、データサイエンティストやエンジニア、プロダクトデザイナーがセールスの現場に行って観察することを推奨しています。デジタルを扱う人たちが、顧客をよく観察することで、供給者論理にならないように気を付けています。また、エンジニア主導のプロジェクトは、まず非公式プロジェクトとして俊敏に立ち上げることも許容されています。シニアマネージャーが、エンジニア主導の非公式プロジェクトの中から事業要件に合いそうなものをピックアップして、公式なプロジェクトに昇格させるような仕組みです。 <本セッションのポイント> ・デジタル部門とデータサイエンス部門は技術ではなく顧客体験(CX)にフォーカスする。 ・エンジニアやデータサイエンティストがセールスの現場に行って顧客の観察を行うことで組織のサイロ化を防ぐ。 ・非公式プロジェクトを許容することでイノベーションの種とする。
「CDOの役割は経営戦略とビジネスモデルを進化させることである。」 横井研究員
午後はジュネーブからバスで約1時間のところにあるローザンヌのIMDに移動しました。DBICと連携を深めている世界トップクラスのビジネススクールIMDの本校にて、デジタルビジネス・トランスフォーメーションの研究機関に勤める横井研究員から最先端の研究成果について講義を受けました。IMDは、2015年よりシスコ社と組んで、IMD-Cisco Global Center for Digital Business Transformationを立ち上げ、グローバル企業のデジタルビジネス・トランスフォーメーションについて研究を進めています。研究テーマは3つあり、業界レベルの変化、企業のデジタルアセット、リーダーシップの特性です。横井研究員は、「デジタル化によって、従来の業界構造の垣根がなくなっている」と指摘します。 写真:横井研究員と、スライド"Degree of feasibility and Value potential"の図 このスライドは、デジタルビジネス・トランスフォーメーションに関するプロジェクトのポートフォリオ管理を示しています。縦軸が実現可能性の度合い、横軸が潜在的価値の高低です。左上に位置するのは、潜在的価値は低いが実現可能性が高い個別のプロジェクト、右下に位置するのは、潜在的価値は高いが実現可能性が低い実験的なプロジェクトです。これらのプロジェクトを最終的には右上の全社的なトランスフォーメーションに昇華させていく必要があります。そこで、重要な役割を果たすのがCDO(Chief Digital Officer)です。横井研究員は、CDOの役割を経営戦略とビジネスモデルを進化させることだと明言します。CDOは、CMO(Chief Marketing Officer)やCIO(Chief Information Officer)出身からCDOに転じるケースも多いようです。また、本セッションでは、業界レベルの変化を捉える研究として今年3年目の実施となる「Digital Vortex 2019」レポートについても解説がされました。本レポートによると、デジタルの影響を最も受けている業界は、メディア・エンターテインメント業界で、次に情報技術製品・サービス、通信と続きます。2017年の調査結果と比べると、小売りや金融サービスに対する影響はやや低減し、一方、ホスピタリティ・ツーリズムや交通・物流に対する影響が増していることがわかります。 [gallery link="file" columns="1" size="full" ids="11339"] 写真: Digital Vortex 2019 より抜粋 <本セッションのポイント> ・デジタルビジネス・トランスフォーメーションが進む中で従来の業界構造は瓦解している。 ・社内のデジタルビジネス・トランスフォーメーションに関するプロジェクトはポートフォリオ管理を行うべきである。 ・CDOの役割は、ツール導入ではなく、経営戦略とビジネスモデルの進化である。
「世界デジタル競争力ランキングで日本が、63ヵ国中23位だった屈辱的な結果を深く考察したい。」 JT IT部 部長 鹿島さん
初日の夕方は、「IMD国際競争力研究所の世界デジタル競争力ランキング2019」の発表セレモニーに特別招待をいただきました。 写真:世界競争力ランキングセレモニーの様子 IMD国際競争力研究所といえば、30年続いている「世界競争力ランキング」が有名ですが、2017年から同研究所は、世界63カ国・地域のデジタル競争力を分析・評価する「世界デジタル競争力ランキング」も発表しています。世界デジタル競争力を判断する基準は3つで、新たな技術を習得するノウハウを示す「知識(Knowledge)」、デジタル技術の進化を示す「技術(Technology)」、デジタルトランスフォーメーションを活用するその国の適応力を示す「将来への備え(Future Readiness)」によって構成されています。また、これら3つの判断基準の下位には、それぞれ3つの従属要因があり、「知識」の下位には1)人材(Talent)、2)研修と教育(Training and Education)、3)科学に関する重点取り組み(Scientific Concentration)、「技術」の下位には4)規制の枠組み(Regulatory Framework)、5)資本(Capital)、6)技術の枠組み(Technological Framework)、「将来への備え」の下位には7)適応する姿勢(Adaptive Attitudes)、8)事業変革の機敏性(Business Agility)、9)ITの統合(IT Integration)といった合計9つの要因があります。9つの従属要因を51個の尺度を用いて評価しています。51個の尺度のうち、世界デジタル競争力ランキングで用いているのは19個の尺度で、それ以外の32個の尺度は世界競争力ランキングと共通しています。今年3回目となる世界デジタル競争力ランキングでは、「工業ロボット(Industrial robots)」と「ロボットに関する教育と研究開発(Robots in education and R&D)」の2つの新たな尺度が導入されました。以下の図は、世界デジタル競争力ランキングの評価基準の全体像を示したものです。 [gallery link="file" columns="1" size="full" ids="11341"] 図:世界デジタル競争力ランキングの評価基準に関する全体像 日本の世界ランキングは、63カ国中23位で昨年より1ランク順位を落とし、世界のトップ5は、順に米国、シンガポール、スウェーデン、デンマーク、スイスでした。アジア太平洋地域のトップはシンガポールで、それに香港、韓国が続きました。日本はアジア14カ国中8位でした。日本が世界ランキング23位、アジア太平洋地域でも8位という結果を紐解くために世界競争力ランキングのレポートを読み込みました。 [gallery link="file" columns="1" size="full" ids="11342"] [gallery link="file" columns="1" size="full" ids="11343"] 驚くことに、51個の尺度をみていくと日本が世界最下位になっている項目が4つもありました。「知識」の尺度の一つである国際経験(International experience)と、「将来に対する備え」の尺度である、機会と脅威(Opportunities and threats)、企業の機敏性(Agility of companies)、ビッグデータの活用と分析(Use of big data and analysis)の4つが63カ国中63位で世界最下位でした。一方、世界トップ3に入っている項目は5つありました。「知識」の尺度の一つである高等教育における教員と生徒の比率(Pupil-teacher ratio (tertiary education))が1位、「技術」の尺度である携帯通信の加入者(Mobile Broadband subscribers)と無線通信(Wireless broadband)がそれぞれ1位と2位、「将来への備え」の尺度である世界におけるロボットの流通(World robots distribution)が2位、ソフトウェアの著作権侵害(Software piracy)も2位でした。全体では23位という結果でしたが、要因を深堀していくとデジタル競争力における日本の強みと弱みが明確に表れていました。ランキングの発表の後は、夜のレセプションにも参加してIMDやヨーロッパ企業幹部とのネットワーキングを行いました。 <本セッションのポイント> ・日本の世界デジタル競争力ランキングは63カ国中23位。 ・強みは携帯通信加入者やソフトウェア著作権侵害対策などのインフラ面。 ・弱みはグローバル人材と事業変革の機敏性。
「社会課題を根っこから話し合えるコミュニティが日本にも必要。」 電力会社 常務 久米さん
2日目はジュネーブからチューリッヒに移動してスイスのイノベーションハブである「デジタルスイス」の本部を訪問しました。デジタルスイスは、「スイスを世界のデジタルイノベーションハブにする」をミッションに、大企業、中小企業、スタートアップ、投資家、学界、政府、一般の人々を巻き込んだスイス全体のマルチステークホルダーが会員となって活動する協会です。2015年に設立されました。日本のDBICと同じ目標を掲げていますが、参加する企業数や団体、教育機関の総数が150以上と、規模では大きく上回っています。 写真:デジタルスイスNocolas氏によるプレゼンの様子 デジタルスイスの主な活動テーマは次の6つです。1)5GやGDPR(General Data Protection Regulation:一般データ保護規則)等に対応する政治経済的な環境(Politico-Economic Environment)、2)子供とシニアの両方を対象にしたデジタルに関する人材教育(Education & Talent)、3)大企業とスタートアップのエコシステムを構築するスタートアップ支援(Startup Enablement)、4)デジタルビジネス・トランスフォーメーションを推進する企業支援(Corporate Enablement)、5)27万人が参加するイベント「National Digital Day」を通じた市民との対話(Public Dialogue)、6)デジタルスイスの活動を世界に発信する海外広報(International Connectivity & Visibility)。また、業種ごとの取り組みも進めており、2019年は5つの業界(フィンテック、ライフサイエンス・食品、インフラ、テクノロジー(VRやIoTなど)、製造業)ごとの分科会も活動しています。これらの活動は、人口約855万人とスイスの国内市場が小さく、資源も少ないという小国ならではの危機感からきているそうです。 写真:デジタルスイスメンバーとのランチの様子 デジタルスイスは、年間30以上のプロジェクト、50以上のワークショップを実施しています。例えば、小学生に対するデジタルリテラシーを育むプロジェクトがあり、デジタルスイスのメンバーが小学校に出向いて、小学生にロボットを動かしてもらったり、ロボットが人間に与える影響を議論したりしています。単にプログラミングの技術を教えるだけでなく、ロボットと人間がどのように共存していくのかといった社会変革に対する影響について話し合うリテラシー教育まで行っているところが特徴的でした。このような取り組みが、世界デジタル競争力ランキングで5位にランクインしている所以でしょう。 <本セッションのポイント> ・小国ならではの危機感を持つことでデジタルイノベーションを推進する多様なステークホルダーが集うコミュニティが結成されている。 ・国内市場が小さいため、デジタルイノベーションが向いている先は必然的にグローバル市場になっている。 ・プログラミングといったテクニカルな教育だけでなく、ロボットと人間の共存社会はどうあるべきかといった社会変革に対するリテラシー教育にも力を入れている。
「社会課題に向き合う生き方を学んだ。」 冨倉さん
海外探索ミッション3日目はスイスからデンマークのコペンハーゲンに移動して、デンマークデザインセンター(DDC)にて社会課題をデザインの力で解決する研修プログラムを受講しました。デンマークデザインセンターは国立の研究機関として1978年に設立され、長らくビジネスとデザインをつなぐプラットフォームとして活動してきました。企業へのデザインシンキングの普及にも力を入れ、2016年から2018年にかけて開催したプログラムには6,000人以上の経営者や企業幹部、デザイナーが参加しています。 写真:DDCのビルディング DDCのビジョンは、デザイナーの思考法や考え方を取り入れることで新しい価値を生みだすこと。そして、次のビジネス、人々、社会の未来を形作るようにすることだと、DDCのCEOであるChristian Bason氏は言います。ここでいうデザインとは、外形上のデザインのことを指すのではなくて、社会のあらゆる要素を結びつけることを意味します("Design is the glue that ties all the elements together.)。 写真:Christian氏プレゼンとそれを聞く参加者の様子 今回はDBIC海外探索ミッションの参加メンバー向けに用意された1.5日間の経営幹部向け集中プログラム「Social Innovation by Design(社会課題をデザインの力で解決する)」を受講しました。初日は、イノベーションを生み出すための思考法とケーススタディ、2日目は社会課題を解決するためのデザイン型リーダーシップについて学びました。 DDCは、デザインによる課題解決アプローチを3つの側面に分けています。「正しい問いを立てること」、「共創して新たなソリューションを生み出すこと」、「将来像を具体的に示すこと」です。一つ目の、正しい問いを立てるためには、エンドユーザーの立場になって、本当に困っていること(pain point)を見つけ出すことが重要だと説きます。机上の空論にならないように、実地に赴きユーザー観察やインタビューを行い、その内容を音声や動画で記録し、その記録をチームメンバー全員が共通認識として正しい問いを徹底的に議論します。二つ目の、共創して新たなソリューションを生み出すためには、立てた問いに対する解決策のアイディアを拡散させ、その後に分類、取捨選択、優先順位付けを行います。三つ目の、将来像を具体的に示すには、ビジュアライゼーションが重要な役割を果たします。ビジュアライゼーションとは、考えた将来像を「手書きで描いた絵」にすることで、"百聞は一見に如かず"の効果があるそうです。 正しい問いを導出するための具体例として、ノルウェーのオスロにある大学病院で用いられたデザインアプローチが紹介されました。エンドユーザーは乳がんの可能性のある患者。その患者の様子を観察したり、リラックスした状態でインタビューを行ったりしました。観察記録をもとに議論した際、最も重要ではないかと思われるインタビューのやり取りがありました。それは、「私が乳がんだとわかってやっと安心したわ。」という一言でした。患者の真の課題は、乳がんになることを不安に感じていたことではなく、確定診断が出るまでの長い間不安が続くことでした。そこで、大学病院では受診から確定診断が出るまでの3カ月間という長い期間を4日間にするために業務オペレーションを全面的に見直したそうです。 こうしたデザインアプローチを用いて、午後からは4つのチームに分かれてデザインツールを用いたワークショップを行いました。テーマは「フードロス(Food waste)」。本来は食べられる状態であるにもかかわらず食品が廃棄される社会課題です。持続可能な開発目標(SDGs)の「飢餓をゼロに(Zero Hunger)」に関連しています。世界で生産される食糧のうち1/3~1/2は人に食べられていないで廃棄されてしまっている現状があるそうです。生産から流通の過程で変色や変形されているものが廃棄されてしまい、小売店では賞味期限が切れたものが捨てられ、消費段階では食べ残しが起きているといったことが起きています。この社会課題に対してデザインアプローチを用いて解決するというワークショップです。 ワークショップはDDCが独自に開発したデザインツールを用いて行われました。まず、4つに分かれたチームごとにターゲットとするペルソナを選びます。一定の収入があり外食が多い都会に住む独身男性か、毎晩自宅で食事をしてランチはお弁当を持参する4人家族のどちらにターゲットを置くのかを決めます。次に、そのターゲットがなぜフードロスを起こしてしまっているのか原因を考え、解決するべき正しい問いは何かを「Issue mapping」というデザインツールを用いてディスカッションします。Issue mappingは、4つの円に課題をマッピングするデザインツールで、中心に最も重要な解決するべき課題を置きます。次の円には、その課題が出てきた原因を置きます。そして、その原因がもたらす消費者と社会に対する影響をそれぞれ外側の円に配置します。 続いて、完成したIssue Mappingをもとに「HMW: How Might We」質問を考えます。HMWはデザイン思考でよく用いられる質問で、「私たちはどのような方向で課題を解決できそうなのか」といった社会課題を解決する道筋を見つける質問です。HMWは4つの視点で構成されます。1)時間軸や空間軸といったコンテクスト、2)ターゲットのペルソナ、3)ターゲットに感じてもらう体験価値、4)ソリューションで用いる技術です。 このHMWの視点を持ちながら、Brainstorm Sudoku(数独)というデザインツールを用いて、新たなソリューションをブレストします。DDCでは、ブレストに拡散思考と収束思考を用います。ブレストなので相手の意見を否定する「Yes, but」な意見は言わず、常に「Yes, and (idea)」のスタンスで臨みます。ブレストは永遠に続いてしまうので時間を切ることが重要だそうです。Brainstorm Sudokuは、個人ワークとグループワークの両方を行います。個人ワークでは、HMWについて自身のアイディアを付箋に書いていきます。その後、グループワークではBrainstorm Sudokuの真ん中に最もキーとなるHMWの質問を置き、残りの8マスにサブとなるアイディアを貼っていきます。そして、8つのサブアイディアの中から重要なものを横の数独の真ん中にずらして貼り、同じことをディスカッションしながら繰り返します。 写真:Sudokuを使用し情報整理 Brainstorm Sudokuで導出したHMWをもとに、実際にプロトタイプを作って将来像を具体的に示します。ここで、プロトタイプは実際のモノである必要はなく、手書きの絵と文字による簡単な説明で十分だそうです。プロトタイプをビジュアライゼーションする際に留意することは、ソリューションの忠実性(Fidelity)と解像度(Resolution)です。非現実的なものでもいけないし、抽象度が高くてもいけません。また、プロトタイプをビジュアルに落とし込むときは、決してそのソリューションを売ろうとするのではなく、ターゲットとの信頼構築を念頭に置くことが大事だそうです(Don't sell, create trust.)。手書きの絵は上手である必要はなく、むしろ下手な方が議論を活性化されてよいとのコメントもありました。 写真: Pre-ConceptとStory boardを作っているときの様子 最後に各チームが作成したプロトタイプを、違うチームに消費者の視点でみてもらって、フィードバックをもらい初日の「Social Innovation by Design(社会課題をデザインの力で解決する)」研修プログラムを終えました。参加者からは、社会課題から考えることが、結果的に企業と消費者の利益に繋がっているといった感想や、真にユーザー目線で考え続けることで正しい問いが導出できるといった学び、プロトタイプの作り方は現実的に何ができるかといったボトムアップの視点と、こういうものがあったら良いなというトップダウンの視点の両方から考えることが大事だというコメントが出ました。いずれも短絡的な解決策から考えるのではなく、社会善を目的とした視座が必要だという学びを得ました。
写真:チームごとの様子 <本セッションのポイント> ・社会課題をデザイン思考で考えることで、結果的に企業と消費者の利益に繋げられる。 ・正しい問いは、人間中心の観察から見えてくる。 ・解決策や将来をビジュアルで示すことで、具体的な議論に発展する。
「参加者がDBICメンバー企業の経営幹部と質が高くオフの場も有意義だった。」 NRI石田さん
海外探索ミッションもだいぶ慣れてきた中日の夜に懇親会が開かれました。この日は終日ワークショップだったこともあって、各々の見識を交換する有意義な会となりました。懇親会には過去デジタルスイスに勤めていたスタンフォード大学のDaniel教授も参加されました。
「リーダーの変革必要性はわかっていたが、この研修を受けて明日から何をやればいいのかを体感レベルで理解することができた。」 東京ガス 門さん
「Social Innovation by Design(社会課題をデザインの力で解決する)」の研修プログラム2日目のテーマは、社会課題を解決するためのデザイン型リーダーシップです。これまでのリーダーは、選択肢の中からどれが最適解かといった意思決定を下す役割でした。しかし、デザイン思考を持つリーダーは、解決するべき本質的な問題は何か、機会は何かといった、チームの可能性を広げる役割が必要だとChristian氏は説きます。
これまでのリーダー | これからのリーダー |
---|---|
意思決定することは何か | 何が真の問題か、何が機会か |
現在もしくは過去の状況はどうなっているか | より良い未来にするには何ができるか |
どの選択肢が最適解か | どのように選択肢を広げられるか |
意思決定は見つけるもの | 意思決定は新たに作るもの |
デザイン型リーダーシップには3つの原則が必要です。共感して寄り添うこと、拡散思考を推奨して曖昧さを許容すること、そして、新しい未来を描き具体的に示すことです。こうしたフレームワークに沿って、2日目は個人ワークショップを行いました。まず、自身が抱えている事業課題を記述します。次に、その課題を解決するために、自身がリーダーとしてチームメンバーの共感を得るために何ができそうかを考えます。そして、メンバーの拡散思考と曖昧さを推奨するために自身ができることを書き出します。最後に、自身が描く未来を示した場合、メンバーからどのように見えるかを記載します。それぞれのワークを終えた後は、チームごとにデザイン型リーダーになるためには何が必要かということを話し合いました。リーダーが意図的に遊びを作ったり、ゴールから横道に逸れることを許容したりすることが大事ではないか、また、メンバーと信頼関係を築くために個人の人生観や経験談を共有する場を作ることも大事ではないかといった意見が出ました。また、チームメンバーに広い視野を持ってもらうため社外の方々と交流する場を作るのもリーダーの役割ではないかといったコメントもありました。いずれも、従来の合理的かつ客観的なリーダーとは異なる新たなリーダー像が必要だという考えに多くの方が触発されました。 写真:ディスカッションの様子 <本セッションのポイント> ・デザイン型リーダーは正しい問いを立ててチームの可能性を広げる役割を担う。 ・傾聴して共感する、曖昧さを許容する、新しい未来を描くといった3つの原則がデザイン型リーダーに求められる。 ・外の世界や知見を社内に取り込み、新たな視座を提供することがイノベーションを起こすために必要である。
「内発的な動機から入った意味のあるイノベーションを増やしていきたい。」オリックス(今井さん)
午後は、コワーキング型インキュベーションハブ「コペンハーゲンフィンテックラボ」を訪問しました。コペンハーゲンフィンテックラボは、スタートアップと金融機関、規制当局をつなぐハブとして、2016年にコペンハーゲン市、デンマーク金融協会、デンマーク銀行協会が中心となって設立されました。日本からはグローバルスポンサーとして、DBICメンバー企業の野村総合研究所(NRI)が参画しています。現在、ラボを拠点に置くスタートアップは約50社で、そのうちNewBanking社とPie Systems社の2社からプレゼンを受けました。 NewBanking社は、個人情報を一元管理するプラットフォームを提供するRegTech(レグテック)カンパニーです。RegTechとは、規制(Regulation)と技術(Technology)を組み合わせた造語で、技術によって多様な規制に対応することを指します。NewBanking社は、「Identity」というプラットフォームを提供しており、GDPR(General Data Protection Regulation:一般データ保護規則)やマネーロンダリングに関する規制に対応するソリューションとして発案されました。 Pie Systems社は、Pie VATという海外旅行者の付加価値税(VAT)の返金手続きをデジタル上で完結させるスマートフォンのアプリを提供しています。旅行者にとっても、店舗にとっても非常に煩雑な税金還付の手続きをアプリ上で行います。海外旅行者がPie VATの提携店舗で買い物をしたときにQRコードを読み込み、空港で搭乗券をスキャンして、自宅で購入した商品の写真をアップロードすれば手続きが完了する仕組みです。 デンマークの人口は約580万人。両社とも始めから国内市場ではなく、グローバル展開を視野に入れてサービス開発を行っていると言います。株主や提携先には、国外からのベンチャーキャピタルや事業会社が名を連ねています。 <本セッションのポイント> ・産業育成のためにオフィスの場所貸しだけではない起業家のメンタープログラムやグローバル展開の支援を行うラボが存在する。 ・GDPRや税金還付の煩雑さなどの社会課題を捉えたスタートアップが多く同じ拠点で活動している。 ・小国ならではのグローバル視点によるサービス展開、アライアンス、資金調達を行う土壌がある。
「スイスとデンマークは一人ひとりの能力を最大限引き出す力が優れている」西野さん
海外探索ミッション最終日は、参加者によるレビューとディスカッションを行いました。冒頭で、DBIC副代表西野により、社会課題は、地球の課題ではなく「人類の課題」である、という社会課題を自分ごと化する認知能力が重要であるという提起がされました。また、国際デジタル競争力ランキングの上位にスイスや北欧が占めていることを示し、企業単位だけではなく、社会のエコシステムとしてデジタルビジネス・トランスフォーメーションを推進するスイスやデンマークの取り組みを振り返りました。北欧の働き方として6時間勤務が標準であること、年次有給休暇は5週間を従業員に付与し、そのうち2週間を連続して取得させなければいけないこと、会議は30分が基本、資料はペーパーレスで事前配布といった生産性に対する意識の高まりが国民の幸福度に寄与していることも指摘しました。 写真:DBIC西野副代表 西野の総括を受けて、参加者から海外探索ミッションで触発されたことをそれぞれ発表し、ディスカッションを行いました。特に、社内から社外へ視点を広げる外部コミュニティの形成や、人間の能力を引き出すためには研修や教育だけでなく個人のビジョンとミッションも必要であること、そして変革を善とする企業文化の涵養をいかに具現化するかといった点に触れるコメントが多くありました。既に今回の参加企業同士で若手を集めたコミュニティを作る取り組みを計画中であるといった発表もあり、海外探索ミッションで学んだことを形にする具体的なアクションプランも紹介されました。
「社会課題と事業が結びついていかなければならない」 DNP 佐藤さん
海外探索ミッションの最後のプログラムとして、インタラクションデザインに特化した研究機関であるCopenhagen Institute of Interaction Design (CIID)のSimona Maschiさんによるプレゼンを受けました。CIIDは日本企業ともパートナーシップを締結しており、2020年2月にウィンタースクールを開講します。CIIDは3つの部門に分かれており、教育部門、リサーチ部門、インキュベーション部門で構成され、最近は国連の持続可能な開発目標(SDGs)17個と連動した取り組みを進めています。企業とのコラボレーションも積極的に行われており、プレゼンテーションでは、車に乗らない人をどう幸せにするのかといったトヨタ社の取り組みや、家庭のエネルギーや水の使用量をアートで可視化するIKEA社などのイノベーション事例が多く紹介されました。 写真:CIID Simona Maschi 氏 <本セッションのポイント> ・CIIDはリサーチ、コンセプト、シナリオ、プロトタイプ、設計というサイクルを企業と共創して新しい価値を生み出す研究機関。 ・リサーチはエスノグラフィーやインタビューなどの定性アプローチを重視している。 ・自社商品の購入顧客から考えるのではなく、購入しない顧客からも考える新たな視点。 2019年度のDBIC「第3回 経営幹部向け海外探索ミッション」は上述した10の充実したセッションによって構成されました。今後も、DBICのスイスやスカンジナビア研究プログラムにご期待ください。
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