企業の経営には、目に見えない「OS」が存在している。私はこれを、「管理OS」と「マネジメントOS」という二つの概念で捉えている。
管理OSとは、ミスを防ぎ、組織を安定的に運営するための仕組みであり、一方、マネジメントOSとは、まず成果を定義し、その成果を実現するために意思決定を行う仕組みだ。
実は、OSの違いにより意思決定の方式が大きく違っている。「管理OS」では「合意で決める」方式を採り、「マネジメントOS」では「責任者が決める」方式を採っている。そして、欧米企業は「責任者」方式で、日本企業だけが、「合意」という仕組みで経営しているということを知った。
私は、東京海上火災(現東京海上日動火災)に入社したが、意思決定の文書を「稟議書」ではなく「メモ」と呼んでいた。また、課長が意思決定者であるとも教えられた。当時の私は、その意味を理解していなかった。
しかし今になって分かった。欧米企業では、責任者が意思決定するときに、その根拠を書いた文書を作成するが、それをDecision Memo、とかMemoと呼ぶようだ。
たぶん、その考え方が当時の東京海上にはあったのだろうと推測する。損害保険は古くからグローバルな商品なので、欧米の考え方を取り入れていたのだろう。
欧米企業では、まず「誰が決めるのか」が明確に定義される。そのうえで、担当者が問題の背景、選択肢、利点と欠点、そして自らの提案を数ページの文書にまとめる。例えば、Amazon では、会議の冒頭で6ページ程度のナラティブ(文章)を全員が黙読し、それをもとに議論を行う。スライドは禁止されている。
ここで重要なのは、文書の目的だ。文書は「合意を取るため」ではなく、「判断の質を上げるため」に存在している。参加者は自由に反対し、リスクや懸念点を率直に議論する。しかし、それは「全員で決めるため」の議論ではない。責任者がより良い判断を下すための議論なのだ。
つまり欧米企業では、「一人が決めるために、全員で考える」のだ。そして最終的に責任者が決断する。決まった後は、たとえ反対意見を持っていたとしても、全員がその決定に従う「Disagree & Commit」という仕組みになっている。
つまり意思決定の流れはこうなる。
「考え抜いたメモ」→「徹底的な議論」→「責任者の決断」→「全員が実行」。
この構造があるからこそ、意思決定のスピードと質が両立する。
私が海外企業で社外取締役を務めていたとき、取締役会は常に議論の場だった。会長の提案に対し、役員はリスクやデメリットを自由に指摘する。しかし最終的に会長が判断し、「VOTE」と言えば、全員が賛成に手を挙げる。そこでは、「反対しないこと」が求められているのではない。「十分に議論したうえで、最後は責任者が決める」という構造が共有されている。
一方、日本企業では、多くの上司や多くの関連部署が「誰も反対しない状態」をつくり上げるまで、意思決定はしない。企画する担当者が、その提案書を持って上司や各部署を回ったり、関係者での会議を行ったりしながら、落としどころを探り、全員が合意できる案にまとめあげ、稟議書を作成する。そして、合意した人々が全員その稟議書に捺印する。ここでは文書は、思考の道具ではなく、合意形成の証拠となる。
責任者が決める組織では、決断には必ず責任が伴う。だからこそ、議論は本気になる。一方、合意で決める組織では、意思決定は「組織としてそうなったもの」になる。その結果、責任の所在は曖昧になる。
ここに、見過ごされがちな本質的な問題が潜んでいる。それは、「誰も本気で決めていない組織」になっていることだ。「全員が少しずつ関わる」が、「誰も最後の責任を引き受けない」状態を生んでいる。
合意は安定をもたらす。しかし同時に、「決断と責任の消失」を静かに生み出す。
世界の変化が激しい今、企業はこれまで以上に高速での意思決定を迫られている。しかも、その多くは「正解のない問い」だ。どの顧客価値に賭けるのか。何をやめるのか。どの事業に資源を集中するのか。これらは、分析だけでは決まらない。最後は、誰かが不完全な情報の中で決断するしかない。
しかし合意制では、その決断が極めて難しくなる。全員の納得を待つ → 遅れる、反対が出る → 決まらない、妥協する → 中途半端な案になる。こうして意思決定は、「最も成果が出る案」ではなく、「最も反対されにくい案」に変質していく。
だが、変化が激しい時代に必要なのは、「全員が安心できる案」ではない。仮説を持ち、リスクを引き受け、方向を決めることだ。
近代的な欧米企業では、巨大企業であっても、「責任者が決める構造」で設計されてきたようだ。例えば、DuPont や General Motors では、事業部に権限を委ねながらも、最終的な意思決定は明確な個人に帰属させていた。この構造があるからこそ、分権とスピードを両立できたと言われている。
近年、経営学の分野でも、同様の問題意識が「セオリー」という言葉で語られ始めている。つまり、企業が想定外の状況で判断できなくなっているのは、単に情報不足や分析不足ではなく、「何を拠り所に意思決定するのか」という判断原理そのものが弱くなっているからではないか、という問題提起だ。どれほどデータやAIが進化しても、最後に方向を決める判断原理がなければ、企業は動けないのだ。
その理由は、大きく二つあると考える。
①AIを活用するとは、「成果を定義し」その実現のために「仮説を高速に試し、意思決定を繰り返すこと」になる。しかし合意制は、そのすべてを遅らせる。成果が定義できない、仮説が出ない、試行が遅い、決断が止まる。結果として、AIは「便利なツール」としてしか使われない。
一方、責任者が決める組織では、成果を定義する、仮説を立てる、すぐ試す、すぐ決める、このサイクルが回る。
②生成AIを個人で使うレベルでは、既存の方針・ルールの中でAIを使うため、誰も痛みを感じない。現場は楽になり、経営はDXが進んだ気になる。
しかし 業務プロセスをAIネイティブに転換しようとすると、「これまで正しかったこと」を壊す必要がある。承認プロセス、役割分担、評価指標、組織の区分け、場合によっては人員配置までが変更対象になる。ここで既得権益と組織慣性が一斉に抵抗を始め、合意は成立せず、AI導入が止まる。
企業の競争力を左右するのは、もはや技術や資金だけではない。意思決定の構造そのものだと思う。合意で決める会社なのか、責任者が決める会社なのか。この違いが、VUCAの時代を生き残る企業と、静かに競争力を失う企業を分けていくのではないだろうか。
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