【横塚裕志コラム】IT化は取り組めても「デジタル化」ができない日本企業 その③

前回、「デジタル化」のプロセスのうち、「課題を抽象化」するプロセスに着目した。そして、「課題を抽象化する」という手順・考え方が、現場の具体的な問題をただ解決するだけでなく、その背後にある本質的な問題を洗い出し、業務全体の仕組みを根本から見直す取り組みになっていることを学び、これが、「デジタル化」の一つの本質ではないか、と気がついた。

では、だれでも、「抽象化する」プロセスを実行できるのだろうか。
私たちは、日常業務の中では目の前の問題に集中しがちであり、抽象的な思考をする機会がほとんどないので、誰でも簡単にできる業務ではないように思われる。

Ⅰ.「抽象化」が難しい理由

  1. 目の前の課題に集中してしまう
    私たちは、目の前にある具体的な問題(例えば「発注書が遅れた」)に対処することが普通だ。そのため、問題の背後にある根本的な要因(例えば「在庫情報の遅れ」や「手動作業の多さ」)を考える余裕がないし、求められない。
  2. 短期的な解決策に偏りがち
    私たちは、短期的に解決できる具体的な手段を優先しがち。これに対し、抽象化は長期的な視点で問題の本質を捉え、根本的な改善を目指すため、現場の日常では求められない。
  3. 業務に対する深い理解が必要
    抽象化には、業務全体やプロセスの流れに対する深い理解が必要。現場の人は、業務を理解している範囲が限られているから、抽象化が難しい。特に、業務が複雑であったり、情報の流れが複数の部門にまたがっていたりする場合は、さらに難易度が上がる。
  4. 経験の違い
    私たちは、「抽象化する」経験を積む機会が少ないため、抽象化のプロセスに困難を感じることが多い。

Ⅱ.「抽象化」の議論

「抽象化」については、私の中でいくつかの想いがある。

1.ドイツ中堅企業のグローバル化
ドイツの中堅企業は「ものづくり」企業が多く、多くの企業で高収益をあげているそうだ。その秘訣を「DXの思考法 日本経済復活への最強戦略」のなかで西山圭太氏がこう説明している。
「グローバル化したときに、世界の国々の企業の注文をいったん聞き取ったうえで、その要望ごとにカスタマイズすることはせず、その要望を抽象化する。そうすることで、標準化すべき対応方法がみえてきて、結果として製品点数が減り、規模の経済性を発揮している。」
それに反して、日本企業は顧客ごとに個別に対応してしまうので、収益性が悪くなっているそうだ。日本の文化には、細かな事柄に注意を払い、個別の状況に対して詳細に取り組むことが美徳とされているところがあるので、「抽象化」は不得意分野かもしれない。「抽象化」したうえで、そのシンプル性を生かしながらデジタル化するという方法を、しっかり学ぶ必要がありそうだ。

2.情報化の取り組みの中での課題
私はSEを長く経験してきたので、SEから見てビジネス部門の人の考え方が「抽象化して仕組みを変える」ということに対して、ネガティブなことが多いように感じる。SEは、ビジネスの要請をシステムに変換する役割なので、ビジネスを抽象化して組み立て直す作業をするが、その過程でビジネス部門の人と意見が違うことが多い。
① 新システムが、現行プロセスに変更を加えることを嫌う
② 現場の細かな例外的な処理もすべて対応するように要請してくる
③ 本質的な議論を嫌う
④ 新しい解決方法を提案すると、リスクが予測できないので反対する

元々、ビジネスをデジタル化することで改革したい、と要求するのはビジネス部門の役割だ。故に、本来はビジネス部門の人が「抽象化して本質的な解決案を作成する」業務を行わなければならない。しかし、現状では「抽象化」「本質的」にネガティブな傾向が強い。従って、「抽象化する」プロセスを企業内に定着させるためには、その業務を専門的に行う役割を新たに設置する必要があるように思う。

3.社内の重要な会議でのこと
長く在籍した損害保険会社で20年前の会議でのこと。損害保険は1年で更新していく契約が多いのだが、顧客からのクレームで多いのが、更新時期になったのに代理店から連絡がこなくて不安だ、というものだった。
この問題にいかに対応するかの議論が行われたとき、現場の管理者は「問題が多い代理店を選んで指導する」という意見が多かった。「指導」とか「緊張感」だけでは本質的な改善は見込めないと思うので、ITを使う新しい業務プロセスを提案するのだが、なかなか理解をいただけなかったことを記憶している。

4.抽象化する能力
こう考えてみると、「抽象化する」という考え方は簡単ではない、ということだと思う。つまり、誰でもすぐにできるものではないということだ。一方で、企業内に「抽象化できる人材」を持つことが重要なことだとすると、意識的に、抽象化できる専門性を持った人材を育成することが必要になる。

次回は、その専門性を持った人材について掘り下げてみたい。

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