【横塚裕志コラム】日本の経営者は、自律型専門人材を活かせるか

1.スイスの「Deep Tech戦略」が示すもの

前回のコラムでは、スイスの「Deep Tech戦略」を取り上げた。スイスは人口規模では小国でありながら、ETHチューリッヒなどを中心に、AI・ロボティクス・量子・バイオなどの分野で世界的競争力を高めている。
その背景にあるのは、「高度専門人材を中心に据える」という明確な思想だ。
研究者や技術者が、自らの専門分野を長期間深められる環境があり、大学・スタートアップ・投資家・産業界が密接につながっている。そこでは、「組織にどれだけ順応したか」ではなく、「どれだけ高度な知識を生み出せるか」が重視される。

AI時代に入り、企業競争の構造は大きく変わり始めている。これまでのように、「組織を効率的に運営できる企業」が強い時代から、「高度な専門知識を持つ人材をどれだけ活かせるか」が競争力を左右する時代へ移行している。
特にAI・半導体・量子技術・バイオ・ソフトウェアなどの領域では、単なる勤勉さや組織力だけでは勝てない。世界レベルの競争では、深い専門性を持ち、自律的に学習・研究・開発を続けられる人材の存在が不可欠になっている。
つまり世界の先端競争では、「組織適応力」よりも、「自律的専門性」の価値が高まっている。

2.日本企業は、「自律型専門人材」を苦手としてきた

日本企業が高く評価してきたのは、「組織順応型専門人材」だった。つまり、組織文化に適応し、周囲と協調し、上司との関係を維持し、会社全体の論理を優先できる専門家だ。
逆に、日本企業は「自律型専門人材」を扱いづらいと感じやすい。自律型専門人材とは、自分の専門領域への強いこだわりを持ち、組織論理より専門合理性を重視し、世界基準で能力を磨き、必要なら転職も辞さず、上司より深い知識を持つ人材だ。
こうした人材は、イノベーションには不可欠である一方、日本型組織では摩擦を生みやすい。そのため、高度専門人材が強い発言力を持つと、「協調性がない」「組織を乱す」「扱いづらい」と受け止められやすい。
さらに日本企業は、「属人化」を強く警戒する。「あの人しか分からない」「その人が辞めたら困る」という状態を避けるため、「専門家の組織順応化」を進めてきた。
これは組織安定には有効だったが、世界レベルの専門家を育てにくくした側面もある。

3.日本企業の課題は、経営者が「成功体験」を超えられるかにある

AI時代の競争では、競争力の源泉そのものが、「どれだけ深い専門知識を持つ人材を集め、活かし、知識創造につなげられるか」へ移り始めている。
そこでは、自ら課題を設定し、世界の最新知識を学び続け、独自の視点で仮説を立て、専門合理性に基づいて意思決定し、時に既存の組織常識にも異議を唱えられる人材が重要になる。

だからこそ今、日本企業に問われているのは、「組織に従順な専門家」だけを好むのではなく、「自律的な専門家」が力を発揮できる会社に変革することだと思われる。その変革は、決して容易ではない。組織構造、人材配置、人事評価、採用基準、さらには企業カルチャーに至るまで、大きく見直す必要がある。
それは時に、経営者自身の価値観や、これまでの成功モデルを見直すことを意味すると思われる。

4.さらに二つの、「専門人材を活かせるか」という問題

(1)専門人材から選ばれる会社になれるか

AI時代の高度専門人材は、単に給与や安定性だけで会社を選ばない。彼らが重視するのは、自分の専門性を深められるか、世界レベルで成長できるか、専門性が尊重されるか、そして技術的合理性が意思決定に反映されるかだ。
つまり、専門人材にとって重要なのは、「会社への適応」ではなく、「専門人材の成長」だ。しかし日本企業には今なお、「会社が人を選ぶ」という感覚が強く残っている。だがAI時代には、自律型専門人材ほど、企業を選ぶ側になっている。
その意味で今後、日本企業に問われるのは、「専門人材を管理できるか」ではなく、「専門人材から選ばれる会社になれるか」だと思われる。

(2)本社機能の専門化

専門人材の問題は、製造現場や研究開発部門だけの話ではない。現在、本社機能そのものも、高度専門化が進んでいる。
欧米では、人材育成、財務戦略、法務、業務変革、AI活用など、競争の中核分野では、専門人材が配置されていることが常識になっている。そこでは、専門人材による深い専門知識、継続的な学習、外部専門コミュニティとの接続が、競争力として不可欠になっている。
例えば、人材育成の部門には教育心理学などのPh.Dが配置され、経営戦略の変化に合わせた人材強化に取り組んでいる。また、プロセスオフィスには業務改革を専門とするBAが配置され、全社プロセスの構造改革に継続的に取り組んでいる。
これらの取り組みも、個別の部門の問題ではなく、経営戦略として「ゼネラリスト中心組織」から、「専門性を活かせる組織」へ転換しようとするのかどうか、経営者の判断が問われている。
現状のままで、5年後も、10年後も、成長を続けていけるのかどうか、大きな決断が必要かもしれない。

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