6月22日、スイス大使公邸にDBICメンバーの幹部25名で訪問した。そして、ドゥバッハ大使はじめ、多くの関係者から、スイスが国を挙げて取り組んでいる競争力強化の取り組みを学んだ。IMDが発信する「世界競争力ランキング2025」では、スイスが第1位であり、その理由が垣間見えた気がする。
いま、スイスで大きな変化が起きている。
人口約900万人の小国でありながら、AI・ロボティクス・量子技術・バイオ・宇宙などのDeep Tech分野で、世界有数の投資と起業が集積している。
「Swiss Deep Tech Report 2026」によれば、スイスのVC投資の63%がDeep Tech関連であり、世界でも最高水準にある。特に、AI・ロボティクス・Future of Compute・ライフサイエンス、への投資が急増しているそうだ。
この背景には、単なる研究力ではなく、「大学・企業・投資家・人材」が一体で循環する構造がある。スイスでは、Deep Techを「研究テーマ」としてではなく、「次世代の国家産業基盤」として扱っているところが凄い。その中核にあるのが、ETH Zurich と EPFL という大学だ。
ETH Zurich と EPFL は、単なる名門大学ではない。
両大学は、「知識を産業へ変換するエンジン」として機能している。
ETH Zurich は19世紀、スイスの工業化を支えるために設立された。以来、数学・物理・制御工学・機械工学・コンピュータ科学を国家競争力の中心として蓄積してきた。
一方のEPFLは、AI・ロボティクス・神経科学・ライフサイエンスを強化し、欧州全域から研究者を集める国際的研究ハブへと進化している。
ここで重要なのは、「研究成果を社会実装する」ことが、ごく自然な文化になっている点だ。教授が起業し、博士課程学生がスタートアップを立ち上げ、VCが大学研究に長期投資する。研究室で終わらず、産業へ接続されることが前提になっている。
スイス型Deep Techエコシステムの本質は、「人材・知識・資本」が流動的に循環している点にある。例えば、博士人材が企業で中核を担う、研究者が起業する、VCが大学研究へ早期アクセスする、企業と大学の人材往来が活発、グローバル人材が集まる、といった循環が、ごく自然に存在している。
特に特徴的なのは、「専門家」の社会的地位が高いことではないだろうか。
AI・量子・半導体・ロボティクスの時代には、数学・物理・制御・材料・計算科学・の高度人材そのものが競争力になる。
スイス企業は、この変化を前提に経営を組み立てている。
例えば、ABB は、産業ロボティクスや自動化分野で大学研究との接続を強く持ちながら、ソフトウェア・AI・制御技術への転換を進めている。
また、Roche や Novartis は、大学との共同研究やバイオスタートアップ投資を通じて、創薬そのものを「外部知能」と接続しながら進化させている。
つまりスイス企業は、「自社だけで全てを抱え込む」のではなく、「大学・研究者・スタートアップとの接続によって進化する」ことを前提にしている。
日本企業もスイスのエコシステムに参画し始めている。
例えば、三菱商事 は、宇宙企業 Starlab に参画して、次世代宇宙産業へのアクセスを進めている。また、清水建設 は、AI技術を活用した建設自動化領域で新しい取り組みを始めている。
これらは、「完成市場への最適化」ではなく、「まだ生まれていない市場への参加」である点が興味深い。Deep Tech時代に必要なのは、既存市場の改善だけではない。
むしろ、研究・人材・スタートアップ・大学・グローバル技術との接続を通じて、「未来の産業そのものを探索する」ことが焦点になっているようだ。
スイスのDeep Tech戦略を見ていると、改めて考えさせられることがある。
それは、「これからの国家・企業の競争力とは何か」という問いだ。
20世紀の工業化時代、競争力の源泉は比較的明確だった。大量生産・低コスト・規模をいかに最適化するかが、企業や国家の強さを決めていた。
しかしAI・量子・ロボティクス・宇宙・バイオが中心となるDeep Tech時代では、競争力の定義そのものが変わり始めている。
スイスが示しているのは、「知識をどれだけ循環させ、産業へ変換できるか」なのだ。そのためスイスは、国家として、大学・大学スピンアウト・博士人材・VC・グローバル研究者を、一つのエコシステムとして接続している。つまり大学を単なる教育機関ではなく、「国家競争力インフラ」として位置づけているのだ。
さらに興味深いのは、スイスでは「人財育成」そのものが、産業戦略の中心に置かれている点だ。スイスでは、若い段階から、職業教育・Apprenticeship(徒弟制度)・実装型教育・企業実習が発達しているそうだ。
つまりスイスは、「理論だけの人材」「実装だけの人材」を分断せず、「理論を理解し、実装できる人材」を厚く育てているのだ。
Deep Tech時代の競争力とは、「知識循環能力」を持てるかどうかにあるようだ。「知識循環能力」とは、世界中の研究者と繋がれるか、大学と共同探索できるか、博士人材を活かせるか、スタートアップと協業できるか、長期研究投資を継続できるか、人材が循環する仕組みを持てるか、といった能力だ。
スイスの取り組みを聞いていて心打たれるのは、国として、企業として、競争力を上げるために必死に新しい挑戦に邁進している姿だ。世界の中で少しでも早く、新しい産業を立ち上げるという強い意欲がそこにある。それと、専門家を社会的に評価する文化だ。技術を産業基盤として大事にする姿勢は、AI時代にはキーになるのかもしれない。
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