【横塚裕志コラム】DX銘柄企業を見ても、「変革人材」が見えてこない

前回までのコラムでは、AI時代における業務改革について考えてきた。
一つは経理業務。多くの企業はAIを活用して請求書処理や支払業務の効率化を進めている。しかし本当に問うべきなのは、なぜ月末締め翌月末払いという商習慣が今も必要なのか、という問いだ。契約や納品の情報をリアルタイムに扱えるのであれば、価値が提供された時点で支払いを行う仕組みも考えられるはずだ。

もう一つは会議や日報。AIによって資料作成や議事録作成は容易になる。しかし本当に問うべきなのは、会議をどう効率化するかではなく、その会議や日報が何のために存在しているのかという問いだった。
いずれも共通しているのは、「今ある業務を改善する」ことではなく、「今ある仕組みの前提を問い直す」ことだ。
では、その問いを立てる人材を企業は育てているのだろうか。
今回は、経済産業省が選定するDX銘柄企業が公表しているDX人材育成の取り組みを手掛かりに、その点について考えてみたい。

1.DX銘柄企業のDX人材育成

DX銘柄企業の取り組みは、日本企業の中では先進的なものだろう。実際、多くの企業がDX推進やデジタル人材育成に力を入れている。そのうえでなお、公開情報を見る限り、「変革を構想する人材」をどう育てるのかについては、まだ十分に見えてこない。
DX銘柄の多くの企業が、DX人材育成の中心テーマとして「DXリテラシー向上」を掲げている。これは、データ活用力を高める、デジタル技術の理解を深める、AIを使いこなせるようにするなど、現場社員のデジタル活用能力を底上げする施策だ。
もちろん、これらは重要だ。デジタル技術を理解せずにDXは進まない。しかし、読み進めるほどに、一つの疑問が浮かんでくる。
「変革を構想する人材」は、いったい誰が育てているのだろうか。

2.DXは進んだのに、変革は進んでいない

IPAの「DX動向調査2025」によれば、「多くの企業がDXに取り組んでいるが、その成果は業務効率化に集中している」とのこと。以下に調査の一部を引用する。

・・・・・
「取組全体を俯瞰すると、日本のDX が社内の業務効率化を目指す「内向き」で、個別の業務プロセスの改善にとどまる「部分最適」の性質を強く持つ一方、米国とドイツのDXは、新たな価値創造を目指す「外向き」で、業務プロセスを企業・組織全体で最適化しようとする「全体最適」の性質を持つという、明確な違いが浮かび上る。
日本のDX には、主に以下の特徴が見られる。
• 目的と成果は「コスト削減・効率化」に偏重: DX の目的はコスト削減、リードタイム短縮などの業務効率化、生産性向上が中心である。その結果、DX の成果においても米独に比べて遅れをとっている 。特に、新規ビジネスの創出やビジネスモデルの変革を実現する「デジタルトランスフォーメーション」に分類される項目では、多くの企業が成果を出せずにいる。
• 連携が弱い: 経営層・IT 部門・事業部門の部門間連携や、外部組織との連携、DX 戦略のステークホルダーへの共有が米独に比べて著しく弱く、サイロ化が進んでいる。
• 「部分最適」指向: 全社的な視点ではなく、個別の業務プロセスを改善する「部分最適」に留まる傾向がある。」
・・・・・

調査によれば、多くの企業が効率化段階にとどまっているようだ。では、その理由はどこにあるのだろうか。

3.育成している人材と、求められる人材が違う

DX銘柄企業の人材育成施策を見ると、多くの場合、対象は現場社員だ。現場社員のデジタル活用能力を高めるとか、データを扱えるようにする、AIを使えるようにするなど。これは、既存業務を改善するためには有効だが、企業を変革する「デジタルトランスフォーメーション」を実現するための能力育成にはならない。
企業を変革しようとすれば、顧客は本当に何に困っているのか、現在の業務プロセスはなぜ存在しているのか、この業界の常識は本当に必要なのか、という問いを持つことが必須だろう。また、デジタル技術を前提にすれば、事業そのものをどう作り直せるのか、という問いも必要だ。しかし、こうした問いを立てる能力は、単なるDXリテラシーでは育たない。必要なのは、顧客価値を探究し、利害関係者を巻き込みながら変革を構想する別の能力だ。

4.改善人材と変革人材は違う

日本企業は長年にわたり、改善を得意としてきた。品質を高め、コストを下げ、業務を効率化する。この能力は世界的にも高い水準にある。
しかし、改善と変革は全く違う。改善は、現在の仕組みを前提にして良くしていく活動であり、一方、変革は、その前提そのものを問い直す活動だ。

改善に必要な人材と、変革に必要な人材は、一致しない。
ところが、多くの企業では、DX人材育成もまた改善型人材の育成になっているように見える。だから効率化は進む。しかし、事業変革までは到達しない。
そう考えると、IPA報告は、むしろ当然の結果なのかもしれない。

5.変革人材を育てるという発想

多くの企業が「DXリテラシーを持つ社員」を育てているが、それだけでは十分ではなく、本当に必要なのは、「変革を構想する人材」「顧客価値を再設計する人材」「意思決定を変える人材」を意図的に育成することではないだろうか。

変革は、誰もが思いつきでできるものではない。月末締め翌月末払いという商習慣を問い直すことや、会議や日報の存在理由を問い直すこと、顧客価値の観点から事業や業務のあり方を再設計すること、などは、単なる発想力の問題ではない。顧客や利用者の価値を理解し、多様な利害関係者の要求を整理し、あるべき姿を構想し、それを業務やシステムの仕組みに落とし込むという専門的な能力が必要になる。
では、こうした「前提を問い直す活動」は、誰が担うべきなのか。日本企業では、その役割が曖昧なまま放置されてきた。私は、その役割を担う代表的な専門職として、BA(Business Analyst)に注目している。

BAとは、顧客価値や事業価値の視点から、「何を変えるべきか」を考え、その構想を実現可能な仕組みへとつなげる人材だ。欧米では、BA(Business Analyst)は一般的な専門職として広く認識されている。もちろん、その役割は大小さまざまとは思うが、変革を専門とする人材を、日本は軽視しすぎているように思う。なぜ、この職種を社内に置かずに来てしまったのか。
BAを社内に置くということは簡単ではない。BA人材をどのように育成するか、BA人材が機能するための組織・権限をどうするか、変革のリーダーを誰にするのか、やるべきことは多い。
しかし、AI時代のDXに本当に必要なのは、「AIを使える人材」を増やすことだけではない。「何を変えるべきか」を構想できる人材を、企業がどう育てるのか。その問いから、DX人材育成を見直す必要があるのではないだろうか。

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