先日、セイコーソリューションズ社主催のダイバーシティをテーマにした「リーダーズフォーラム」に参加した。指揮者の木許裕介氏とフルート奏者の林愛実氏の講演だった。ダイバーシティというと、女性活躍とか障がい者雇用などをイメージしてしまうが、今回は、経営ど真ん中、ビジネスそのものを対象にしたご講演で、とても強いインサイトを得た。私の感じたことを書こうと思う。
木許氏は、指揮者、つまりリーダーの立場から、多様な価値観を持つ人たちの組織を率いて、いかに価値を生み出すかを語った。
14か国の人が混じった楽団を指揮した経験や、ボスニア・ヘルツェゴビナでの指揮体験を通じて、文化や民族の違いが、想像以上に深いものであることを語った。しかし、その深い違いを持った人たちが、一つの音楽をつくり上げたとき、とてつもなく高いレベルの価値が生まれる。
ここで重要なのは、リーダーが「みんなで仲良く、一つになろう」と言っているわけではないことだ。むしろ、違うからこそ価値が生まれる。ただし、違う人たちを集めれば、自然に価値が生まれるわけでもない。
そのためには、リーダー自身が「この曲を、どんな演奏にしたいのか」という構想を持つことが大事になる。その構想に向けて組織員が貢献するのだ。組織員が納得する構想をつくるには、かなりの努力がいるようだ。そして、それを楽団員に端的に伝える努力も必要とのこと。
パーティのときに、木許氏にさらに深く聞いてみた。
――構想を練るにはどうしているのですか。お客にうけるかどうかを考えますか。
木許氏:その曲や作曲者の歴史を丹念に調べていきながら、自分の想いをつくり上げていく。お客からの評価は考えない。自分の軸を作る。
――楽団員に伝えると言ってもリハーサルが二日しかない中でどう伝えるのか。
木許氏:何を言えば伝わるのか。どこの小節をハイライトし、そこをどうしたいと言えば、全体の演奏が変わるのか、を考える。その1か所のツボを見極めるのが、指揮者の能力だ。指揮者のコンクールはそこがポイントになる。
中心となるテーマが、楽団員から出てくる意見をどう扱うかという話だった。多様な人がいれば、当然、さまざまな意見が出てくる。しかし、それらを全部採用すればよいわけではない。楽団員から出てくる意見は、それぞれの立場から見ればRightnessだが、部分最適の可能性もある。それらを聴いたうえで、全体としてどこに向かうのかを判断し、決断することが求められる。その決断では、最後に問われるのが、リーダー自身のIntegrityだという。Integrityとは、「自分は、何に対して誠実に生きるのか」という覚悟だ。これがなければ、自分の決断はできないという。どの楽団員にも、どのスポンサーにも、自分はこういうRightnessを大事にするがゆえに、こういう決断をしたと明確に説明できないといけないとのこと。
ボスニアの音楽会で、スポンサーからある国の作曲家の曲は時節柄避けたいとの話があったが、「国籍で選んでいるのではない。音楽性で選んでいる。」と毅然と断った。その姿勢を楽団員から評価された、とのエピソードを披露されていた。
ある意味、すべての意見が「正しい」わけで、最後は、自分のIntegrityを信じて決断する、そこにリーダーの仕事があるようだ。
林氏は、演奏家の立場から「個性と調和」を語った。
演奏家にとって、まず大切なのは、自分自身の個性を磨くことだという。個性のない演奏家が集まっても、豊かな音楽は生まれない。
しかし、一人で個性を磨いているだけでも、至高の音楽にはならない。アンサンブルになれば、そこには異なる楽器があり、異なる個性があり、異なる想いを持った演奏家がいる。そこで必要になるのが、一緒に演奏する人の想いを「聴く」ことだという。自分の音を出しながら、相手の音を聴く。自分の個性を持ちながら、相手の個性を感じる。そして、お互いの可能性のドアを開いていく。その先に、一人では決してつくることのできない音楽が生まれる。この魅力があるから音楽家はやめられない、と。これこそ、個性の集まりである多様性が、大きな価値に変わる瞬間なんだろう。
会場でリアルに、フルートとピアノのアンサンブルを聞かせていただいた。迫力ある演奏に自然と涙が出てくる。この感動は何なのだ。こんな仕事をしたい、と感じた。
講演の中で、木許氏が短いワークショップを行った。
30の項目の中から、「自分として決して譲れないRightness」を3つだけ選ぶというものだった。私は、「真実」「公平性」「健康」を選んだ。
このワークショップをやってみて、初めて気づいた。おそらく、この会場にいる一人ひとりが、違う3つを選んでいる。つまり、私たちは、同じような服を着て、同じ言葉を話し、同じ日本社会で生きていても、実は「何を大切にするか」という根っこの部分では、かなり違っているのではないか。そう考えると、ダイバーシティとは、女性、外国人、障がい者といった属性の違いだけを指すものではない。
人間そのものが、多様性の塊なのではないか。そのことに気づいた瞬間、企業に向けられている問いが変わって見えた。企業は、これほど多様な価値観を持つ人たちを、本当に活かしているのだろうか。一人ひとりの個性を活かせる環境をつくっているだろうか。自分とは違う意見を、きちんと傾聴しているだろうか。
そして、リーダーはどうだろう。
自分自身が「この組織で、何を実現したいのか」という思いを十分に醸成しているだろうか。それを、自分の言葉で、部下に明確に伝えているだろうか。さらに、その思いを実現するためのHOWまで、自分で決めてしまってはいないだろうか。
木許氏の話を聞き、このワークショップを経験して、そんな問いが次々と浮かんできた。
ダイバーシティとは、違う人を集めることではない。すでに違う人たちがいる。その違いを認識し、聴き合い、活かし、価値に変えることだ。そう考えると、企業のダイバーシティとは、リーダーが何を目指すのかを定め、人がそれぞれの個性を発揮し、その違いから生まれるものを組織が受け止めて、新しい価値につなげるという、まさに経営そのものの問題なのだ。
木許氏と林氏の話を聞いて、強く印象に残ったことがある。
木許氏が挙げた「リーダーの条件」の一つが、「自分の失敗を認め、謝ること」だった。林氏も、リーダーの条件として「ごめんなさいと言える人」を挙げていた。
これは、単なる人柄の問題ではないと思う。
多様な人を率いるリーダーには、自分とは異なる意見が必ず返ってくる。そのとき、「自分が正しい」と思い続けるリーダーは、その違いを受け取ることができない。
一方で、「自分が間違っていた。ごめんなさい」と言えるリーダーは、自分の判断を更新できる。つまり、多様性を活かすには、部下に変わることを求めるだけでは足りない。リーダー自身も、他者から返ってきたものによって変わることが必要になる。
そして、そのためには、自分の間違いを認めることができる人間でなければならない。自分は何を大切にするのか。何に対して誠実でありたいのか。自分とは異なる人の言葉をどう受け止めるのか。間違ったとき、自分を守るのか、それとも成果のために自分を変えるのか。ここに、人間OSがあるのではないか。
「自分らしくあること」と「他者の声を聴くこと」は、対立しない。
自分を持っているからこそ、他者との違いを受け止めることができる。そして、違いを受け止めるからこそ、自分だけでは生み出せなかったものを生み出すことができる。
ここで、AIの存在が重なってくる。
AIは、既にある知識を組み合わせ、速く、正確に答えを出すことを得意としている。だからこそ、人間までAIと同じように「正解を早く出す」ことを競う必要はない。これから重要になるのは、自分にしかない経験や感性、価値観を持ち、それを他者の違いと掛け合わせることではないか。AIが進化するほど、人間の「違い」の価値は、むしろ大きくなる。
今回のフォーラムで、私はダイバーシティという言葉の意味を少し違って捉えるようになった。多様性とは、違う人を集めることではない。すでに違う人たちがいる。問題は、その違いを企業が価値に変えられているかどうかだ。
そのためには、リーダーが目指す成果を明確にし、HOWを握りすぎず、多様な意見を聴くこと。そして、一人ひとりが自分の個性を磨き、互いの違いを響かせることが必要になる。調和とは、同じになることではない。違いを響かせることだ。
AI時代に問われているのは、人を均質化する経営から、違いを価値に変える経営への転換なのかもしれない。
では、自分の会社はどうだろうか。
違う人が、個性をそのまま生かせることができ、その個性が新しい価値を生み出せるような経営になっているだろうか。
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