【レポート】中川郁夫のデジタル社会研究会(2018年6月期)第1回

初回は「デジタルがもたらす変革の本質 ~自動運転から考える社会構造の変革~」と題し、多彩な事例を通してデジタル時代を「俯瞰視点」で捉えることの重要性を解説していただきました。 急速に進むデジタル社会において既存ビジネスを中心に思考してしまうことを「天動説」に例え、それに対してガリレオの「地動説」のように既成概念を飛び越える発想が必要だと中川様は説きます。そのためには「ユーザー視点」「テクノロジー視点」に加えて、見落とされがちな「マーケット視点」が必要です。具体的にはどういうことでしょうか? 中川郁夫様 例えばスマートフォンにおいて、ユーザー視点の価値は「スマートフォンでできること」の多様性にあり、テクノロジー視点ではハードウェアやネットワークといった「スマートフォンを支える仕組み」が思いつきます。一方で同じ事象をマーケット視点で見ると「カメラや音楽プレイヤー、辞書、カーナビの市場を置き換えてしまった」「可処分所得・時間の大部分がスマホに消費されてしまうようになった」と分析することができます。 Uberの事例では、ユーザー視点とテクノロジー視点においては既存のタクシー会社も同じような配車システムを提供していたのに、どうしてUberだけが突出した成功を収めることができたのかが議論されました。既存タクシー会社においては「自社ビジネスの業務改善・効率化」が目的化してしまったのに対して、新規参入であったUberは「ユーザーとドライバーをマッチングすることで「タクシー会社そのものを不要にしてしまう」ことを目的化することができたと中川様は解説します。このように既存事業や立場から一度離れて発想することも、本質的なデジタル変革のために重要です。 続いては2010年に設立され、2014年にGoogleが買収したサーモスタット開発企業Nestの事例です。センサーによって室内の温度を測定し、エアコンのリモート操作を実現した同社はスマート家電やIoTの文脈で評価されがちですが、そこは本質ではありません。Nestが集める住宅のデータは、やがて村や町といった地域レベルでの電力需要の予測やコントロールを可能にするレベルに達します。 すると、エリアの電力需要がビジネスにとってクリティカルな電力会社に対して需要予測データを販売するというビジネスが可能に。3,300億円規模だったサーモスタット市場から、一気に660兆円規模のエネルギー市場のビジネスへの参入が可能になります。このように特定市場のシェア獲得からスタートし、異なる市場の第三者価値を発掘するジャンプを、中川様は「テコの原理でスケールを実現する」と呼びます。 最後は本日のメインテーマである自動運転の分析です。現在の日本のおいて、自動運転は主に自動車技術やモビリティサービスの文脈で語られがちです。しかし、自動運転が「義務化」されることが確実視される将来、ビジネスに最も影響が大きいのは技術革新自体ではなく、それによって引き起こされる社会変革です。 自動運転によって、配車、送迎、物流、買い物、駐車場、充電、洗車といったサービスが変わっていくことはすぐに思いつきますが、個別の変革が向かうのは「都市設計」の変革です。自動運転によって商業施設やサービスの「立地」が問われなくなった社会において、「自動車」がどう変わるかは全体の変化のごく一部にしかなりません。 2018年現在で自動運転の実証実験を最も行っている企業はWaymo(Google)です。Googleは自社で自動車を開発することには関心がなく、自動運転のソフトウェア開発に注力しています。これは、Androidと似たビジネスモデルだと中川様は指摘します。ガラケー時代に多くの日本メーカーが競ってハードウェア開発をしていましたが、スマートフォン時代にGoogleによるOSの無償提供が始まると、スマートフォンのハードウェア市場は日本以外のアジアメーカーに席巻されてしまいました。これと同じことが自動運転における自動車産業で起きる可能性は大きいのではないでしょうか。 既にGoogleは自動運転の先を見据え、都市開発に特化したSidewalk Labsを立ち上げ、カナダのトロントで大規模な実証実験を開始しています。これからの日本が「自動車」の技術やサービスだけに限定した「天動説」的な発想から、社会の本質的な変化を捉えた「地動説」的な発想に切り替わっていくことができるのか、中川様は問いかけます。

DBIC副代表 西野弘がパーソナリティを務める「ダルマラジオ」で対談公開中

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