DXとは「デジタル技術でビジネスを変革すること」と広く言われる。しかし、ビジネス変革という言葉が、人によって大きな変革から小さな修正までバラバラの定義で使われているので、DXとIT化の区別がつかない。巷のDX事例も現行ビジネスをITで改善したものが多い。DX人財もSEのなかでビジネスに関心を持つ人財を指すことが多く、企業変革を甘く見ている。今の風潮ではビジネスの本質的な変革には程遠く、DXが一過性のブームで終わりそうな気配だ。
例えば、社内の組織や稟議のルールをそのままにして稟議プロセスだけをデジタル化して紙や印鑑を廃止することをビジネス変革と称する例があるが、これではビジネスは1ミリも変革できていない。むしろ、ヒエラルキー型の組織や稟議制度などの古い文化を固定化させかねない危険性さえはらんでいる。「デジタルは産業革命だ」という視点に戻って、今一度DXを考え直すべき時期に来ているのではないだろうか。
デジタル技術による産業の変革は、第4次産業革命ともいわれるように大きな転換点だ。この姿が、第2次産業革命時代の蒸気機関から電気モーターに転換していく姿に類似しているようにも見える。そこで、蒸気機関から電気への変革の歴史を簡単に振り返ってみる。「未来を実装する―テクノロジーで社会を変革する4つの原則」馬田隆明著(英治出版)から以下に引用する。
実は、蒸気機関が電気モーターにほぼ切り替わるのに50年の歳月がかかっている。その理由は、電気という新しい技術は実は単なる蒸気機関の代替ではないにもかかわらず、人々は電気という技術の可能性を見誤っていたため、多くの工場では単純に蒸気機関の代わりに電気モーターを据え付けただけだったので、生産性の向上につながらず、普及に時間を要した、ということにある。
蒸気エンジンは一つの工場に一つあり、すべての動力をまかなっていた。動力を伝えるベルトやギアの問題から遠くまで伝えると大きなロスが発生することから、工場の中央に設置し、エンジンの近くに大きな動力を必要とする機械を置いた。従って、工場を大きくすることができない上に、機械を作業の順に配置できず工場内での移動による問題も多かった。ヘンリー・フォードは、大型の蒸気エンジンを小型の電気モーター複数台配置に切り替え、「機械を作業順に置くことができるようになり、作業の効率が2倍になった」と述べている。
電気の秘めたるポテンシャルを最大限活かすには、工場の設計そのものを全面的に変えていかなければならなかった、ということです。電気の特性を生かすことで、大量生産という新たなビジネスモデルが生まれ、大量生産という新ビジネスモデルで電気の真価が発揮できるようになった、ということです。
大変示唆に富む事実ではないだろうか。私は以下の2点に反応した。
私たちも同様に、デジタルの特性を理解したうえでビジネスや組織のデザインをゼロから考え直すことをやらねば、デジタルの産業革命効果を享受することはできない。
では、デジタルの特性を生かした産業革命とは何か。どのように考えればいいのだろうか。蒸気機関から電気へのシフトになぞらえて考えてみよう。
<蒸気機関から電気へのシフト>
電気の特性
配置のしやすさ、小型化、危険性の低さ、遠くの発電所から配電可能
電気の特性を生かす対象
工場の生産性、工場の大規模化
フィットするビジネスモデル
企業の大量生産
企業の経営課題
企業の収益拡大
<デジタルへのシフト>
デジタルの特性
社会インフラ・・・誰もがスマホを所持している
ソフトウエアの特性・・・工場が不要、改善が楽、スケールし易い
通信の高速技術・・・映像など瞬時に送れる
デジタルの特性を生かす対象
市民が主人公
フィットするビジネスモデル
市民の課題解決
企業の経営課題
企業の存在意義
デジタルの特性は、ほぼ全員の市民がスマホなどデジタルを使える端末を持っている社会インフラだと考えた。デジタルの民主化というか、市民がデジタルの恩恵を受ける時代がきていることを強く意識すべきではないだろうか。今までのITの歴史を見ても、企業中心から市民の方へデジタルがシフトしてきていることは間違いない。
例えば、この仮説をベースに産業革命を考えると、以下の感じになる。
市民に焦点を当てて、市民の課題を解決するサービスが革命を起こすのではないか。例えば、自動車の「自動運転」が一つの革命だろう。面倒な運転という作業からの解放、事故による悲劇からの解放、まさにデジタルの恩恵だ。このサービスが社会を大きく変えるだろう。
労働者に焦点を当てると、長い通勤時間の廃止、残業の廃止、単身赴任の廃止などが実現できれば、市民にとっての貴重な「時間」という資源を開放することになり、大きな社会変革が起こるだろう。少子化などの解決にも効果を発揮する。病院の医師・看護師に焦点を当てても、過酷な労働環境が常態化しているようで、まだまだデジタルの効果は発揮できていないのが実情だ。介護も同様。また、障がい者の就業機会拡大もできていない。未成年の学習あるいは企業人の学習という分野も手つかずと言っていい状態だろう。
企業の残業縮減、病院の事務効率化などIT化の取り組みがあることは事実だが、革命のレベルにはほど遠い。もっと本質的な課題解決を明確に「目的」として掲げ、根本的な「企業変革」(トランスフォーメーション)を実現する意欲と熱意が必要だ。
そして、企業の収益という黒メガネを外し、真剣に市民の課題に取り組むマインドも必要だ。だから巷で言うDX人財ではDXは無理だろう。DBICはこの変革人財の育成に取り組んでいることを補記しておく。
いずれにせよ、産業革命的な視点でデジタルを考え直す取り組みがすべての企業にとって、すべての企業人にとって、重要なテーマではないかと思う。
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