先日、元カシオ計算機の矢澤氏に、ERP導入とDX推進の要諦についてお話をうかがった。教えていただいたことは多岐にわたるが、私が大いに刺激を受けたことをここに書こうと思う。
それは、タイトルにした通り「アジャイル経営を実現するためには、3種の神器が必要だ」ということだ。矢澤氏のお話をベースに私が勝手にイメージしたことを書こうと思う。なので、文責はすべて私にある。
企業を取り巻く経営環境は、かつてないほどに不確実性とスピードを増している。市場の変化、顧客ニーズの多様化、テクノロジーの進化、地政学上の問題発生、そしてグローバル競争。これらの課題に俊敏に対応するためには、「アジャイル経営」にシフトすることが求められる。
アジャイル経営とは、従来の中期計画・年次計画ベースの経営スタイルから脱却し、データをベースにした速いスピードの意思決定を行い、適時、柔軟に変化していく経営の在り方だ。事業や拠点などの撤退を素早く決断したり、あるいは複数の事業、拠点を統合し構造改革するなど、正しく素早い決定を行う経営だ。最近の業績不振や社員削減のニュースを見ていると、このアジャイル経営が企業の生き残りの条件となりつつあるように思われる。
しかし、このアジャイル経営は単なる「経営スタイルの改革」ではなく、企業の構造、プロセス、システム、人材の在り方そのものを問う取り組みだ。特に、「分析力を備えた人材」と「リアルタイムなデータ環境」は、多くの日本企業が持っていない能力であり、簡単に解決できる課題ではない。
以下に、アジャイル経営の実現に不可欠な3つの要素として、①ビジネスアナリスト(BA)、②FP&Aアナリスト、③ERP(基幹業務システム)の存在に注目し、それぞれの役割と相互作用について考えてみる。
アジャイル経営において、最も重要な視点のひとつが「ビジネスプロセスの課題発見」である。ビジネスアナリストは、その要となる存在だ。
BAは、業務プロセスやユーザー体験を観察し、定量・定性のデータをもとに業務の非効率や改善点を発見する。現場に近い立場でありながら、全体最適の視点を持ち、プロジェクトチームや経営層との橋渡しを担う存在でもある。
グローバルのすべての拠点のビジネスプロセスの状態をERP(基盤)システムで可視化して、本社機能として、課題を現場にぶつける。そして、現場と共に改善策を検討し、デジタルやAIを活用した新しいプロセスを企画し提案する。
ここでのポイントは、ビジネスアナリストは「現場の状態をデータで可視化するプロフェッショナル」だということだ。データに基づいて変化に気づき、現場では気がつかないが重要な経営課題を見抜き、改善提案を行うプロ人材ということだ。
アジャイル経営においては、スピード感のある投資判断やリソース配分が必要不可欠となる。現場や事業部門の当事者が行う判断が、財務的に妥当であるか、企業全体にとって持続可能な意思決定かどうかを見極める視点がなければ、経営として成立しない。
ここで重要な役割を果たすのが、FP&A(Financial Planning & Analysis)アナリストだ。彼らは、予算編成、業績モニタリング、財務予測、シナリオ分析などを通じて、数値的裏付けに基づいた意思決定を支援する。
特に昨今では、固定的な年間予算よりも、継続的な予測(rolling forecast)や即応的な資源再配分が求められる。FP&Aアナリストは、リアルタイムに近い情報を活用し、プロジェクトのROIやキャッシュフロー影響などを素早く評価し、経営層が迅速に意思決定を下せるようにサポートする。つまり、彼らは経営の「羅針盤」として、スピードと正確性の両立を実現する役割を担っている。
ここでもポイントは、FP&Aアナリストのプロとしての分析力だ。各事業部門長に問題を指摘し、部門長との対等な議論ができる能力が求められる。
これらの人材がいかに優秀でも、基となるデータが古く、ばらばらで、信頼できないものであれば、適切な判断には結びつかない。ここで重要になるのが、ERP(Enterprise Resource Planning)(基盤)システムの存在だ。あえて、基盤システムと書いたのは、ERPという有料ソフトもあれば、自社で開発するシステムもあり、そのような表現とした。
ERPは、販売、購買、在庫、生産、会計、人事などの業務データを統合管理するシステムだ。アジャイル経営においては、グローバルで連携されたリアルタイムのデータが、即時の意思決定に欠かせない。ERPは、まさにその「データの源泉」となるインフラである。
ERPによってデータの一元管理とリアルタイム化が実現されてはじめて、ビジネスアナリストやFP&Aアナリストの分析が活きるのであり、それがアジャイル経営の「情報の土台」を構成する。
アジャイル経営を実現するには、単に組織構造を変えるだけでは不十分である。現場に発生している課題発見(ビジネスアナリスト)、数値での裏付けと予測(FP&Aアナリスト)、そしてそれを支えるデータ基盤(ERP)の三位一体がそろってこそ、変化に強い経営が実現できる。
それは、単なる「速い経営」ではなく、「正しく速い経営」だ。そしてこの3つの要素は、技術や仕組みで補うこともできるが、最終的には「人と組織」の成熟度にかかっている。だからこそ、企業は今、プロ人材の制度化と、経営のためのERPシステムの再構築の両方に取り組む必要があるということだと思う。
あらためて、ERP導入は単なるIT投資ではないということが明確にわかる。4つの経営の目的があるのだ。
矢澤氏から貴重なご示唆をいただいた。いつものことだが、激しく感謝している。
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