【横塚裕志コラム】デジタル化の「中身」が、会社の実力を露呈させている

マイナンバーカードを例に考えてみよう。
デンマークでは、出産後わずか数分で、病院が生まれた子どもの個人IDカードを発行する。このカードがあれば、自宅のPCからほぼすべての行政手続きが完結し、市役所へ出向く必要はない。
一方、日本では、出産後にカードを申請し、市役所に受け取りに行く必要がある。健康保険証と一体化されたとはいえ、国民が実感できる利便性は限定的だ。
この違いは、単なるIT技術の差ではない。
「国民の立場で考え、制度と仕組みを設計する力」そのものの差が、デジタル化の「中身」として露呈しているのだ。
同じことは企業でも起きている。たとえば、住宅ローンの手続きをオンラインで10分足らずに完結できるようにした結果、売上が急伸した例がある。
企業のデジタル化もまた、「何をデジタル化したか(中身)」に対する顧客の受け止め方によって、成果に大きな差が生まれている。
では、なぜここまで差がつくのか。具体例をもとに考えてみよう。

1.デジタル化の「中身」が決まっていく過程を可視化する

  1. ビジネス部門からの要望

    例えば、B2Bビジネスにおいて、「顧客対応履歴を一元管理したい」というデジタル化要請があったとする。一般的に、ビジネス部門が書く要望は次のようなものになる。
     ◆ 顧客とのやり取りをすべて記録・共有できるシステムがほしい
     ◆ 営業、サポートデスク、事務部門で履歴を共有し、対応漏れをなくしたい

    この要望の背景(狙い)は、次のように整理できる。

    • 顧客対応の質を向上させたい
    • 社内で情報が分断されており、業務に支障が出ている
    • 営業と他部門の連携を強化したい

    その結果、「デジタル化の中身」として、次のような要件が列挙される。

    • 顧客対応履歴をリアルタイムで共有できること
    • 営業・サポートデスク・事務部門の全員が閲覧できること
    • 過去の履歴をすぐに検索できること
  2. しかし、このままではデジタル化できない

    一見すると整理されているように見えるが、この内容のままでは、実はシステム化はできない。なぜなら、重要な検討事項が抜け落ちているからだ。たとえば、次の点が言語化されていない。

    • 何を問題だと考え、どのような状態を実現したいのか
      顧客は、現状どのような不便・ストレスを感じているのか。それをどう変えたいのか。
    • 「顧客とのやり取り」とは、具体的に何を指すのか
      
電話、メール、訪問記録など、どこまでを対象とするのか。
      また、その情報を誰が、どのタイミングで入力するのか。
    • 「全員が見られる」ことに問題はないのか
      他の営業部門や事務部門も含め、アクセス制限は本当に不要なのか。
    • 「検索したい」とは、どのような検索か
      顧客名、契約単位、担当者別など、検索の切り口は何か。
  3. なぜ「不十分」なのか

    最も重要なのは、「何を問題とし、どのような状態を目指すのか」が言語化されていないことだ。
    ここが曖昧なままだと、

    • 顧客にとっての本当の価値が定義できない
    • 施策の優先順位が決められない
    という問題が起きる。
    しかし、真の問題を掘り下げ、個別事象を抽象化して考えることは容易ではない。
    それには専門的な思考力が必要だ。その結果、多くのデジタル化は「目の前の不具合に絆創膏を貼る」程度で終わってしまう。
    また、「顧客とのやり取り」の範囲や入力方法を誤ると、営業現場の負荷が増大し、かえって不満を生むこともある。
    アクセス制限や検索キーの設計は、ビジネスそのものには直接見えにくいが、デジタル化においては不可欠な決定事項だ。

2.不十分なままIT部門に発注すると、何が起きるか

要件が曖昧なままIT部門に渡されると、その後の展開はIT部門の姿勢によって分かれる。

  1. 慎重なIT部門の場合

    不足している内容を詰めなければ、開発規模・期間・コストを見積もれない。
    そのため、ビジネス部門に検討を差し戻す。
    結果として、
    「ビジネス部門の検討が進まず、話が立ち消えになる」
    「IT部門が冷たい、協力的でないという印象だけが残る」
    という結末になりがちだ。

  2. 従順なIT部門、あるいは積極的なコンサル・ITベンダーの場合

    不足している部分を、コンサルタントやSEが"想像"で補い、システム設計を進めてしまう。
    その結果、

    • 営業部門には、入力作業という新たな負荷が増える
    • 顧客から見ると、体験はほとんど変わらず、価値を感じられない
    という事態が起きる。

3.「内容不十分」は、他にも頻繁に起きている

同じ問題は、経営層の指示でも起きる。
社長や役員の指示に対しては、「内容が不明確です」と言いにくいため、いきなりシステム開発が始まってしまう。

  • 社長が「ERPは安くなるらしいから、導入しなさい」と指示する
  • 経理担当役員が「AIで会計業務を自動化してほしい」と言う

いずれも、「何を解決したいのか」が曖昧なままでは、価値あるデジタル化にはならない。

4.デジタル化の「中身」を検討する専門部隊が必要

成果の出るデジタル化において、最も重要なのは「中身」を考えることだ。
しかし、多くの企業では、

  • ビジネス部門には、そのための能力と時間がない
  • 日常業務の中で、業務を抽象化して考える経験が少ない

という現実がある。
一方、IT部門の役割は「システムを作ること」であり、ビジネスの真の課題を深く掘り下げることまでを期待するのは難しい。
だからこそ、専門部隊が必要になる。

  • ビジネス部門の想いを丁寧に聞き
  • デジタル化の「中身」を企画し
  • IT部門に、明確な形で提示する

この役割が、多くの企業で完全に抜け落ちている。
マイナンバーカードが普及しても、国民にメリットが感じられないのは、このプロセスが欠けているからだ。
なお、専門部隊を持たずにデジタル化を進めているのは、世界的に見て日本企業だけだと言われている。海外では、「ビジネスアナリスト」「ビジネスアーキテクト」といった専門職が一般的だ。
私の知る限りでは、ファーストリテーリング社が「デジタル業務変革サービス部」を設置し、専門部隊としてのその役割を担っている。この事例については、次回のコラムで紹介したい。

  5.「中身」を検討する専門部隊に求められる機能

専門部隊に求められる機能は、大きく次の二つである。
①     ビジネス部門以上に、現場の業務プロセスと実態を理解すること
②     過去の成功体験や業界常識にとらわれず、真の問題を洞察し、課題を抽象化して解決策を考えること
この取り組みを繰り返すことで、専門部隊の知見と能力は蓄積されていく。
まずは、この部隊を社内に作ることから始めるべきだ。
その組織能力こそが企業の実力として顧客に評価され、競争力の源泉になると考える。

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