DX(デジタルトランスフォーメーション)の推進において、「DX人材の育成」は欠かせないテーマとして語られてきた。経済産業省をはじめ、多くの関係者が、デジタルスキルの可視化や資格制度の整備を通じて、人材育成を後押ししている。その問題意識や方向性自体は理解できる。
しかし、DXが思うように進んでいない現実を前に、そろそろ立ち止まって考えるべきことがあるように思う。
それは、「DX人材」という言葉そのものが、DXの本質をスキル問題にすり替えてしまう構造になっているのではないかという問題だ。つまり、変革のトリガーとなる「問い」を立てる仕事が本来マネジメントの役割なのだが、それが曖昧になってしまうという問題があるように思う。
DX人材という言葉は便利だ。デジタルに強く、最新技術に明るく、変革を推進できる人。しかしその定義は、驚くほど曖昧だ。
この曖昧さのまま、「DX人材が足りない」「DX人材を育てなければならない」と言い続けると、議論は必然的にスキル論に流れる。どんな技術を学ばせるか、どんな資格を取らせるか、という話になる。
だがここに、DX停滞の構造的な原因がある。
IPAが、2025年6月に発表した「DX動向 2025」にこう書いている。
「日本のDXが社内の業務効率化を目指す「内向き」で、個別の業務プロセスの改善にとどまる「部分最適」の性質を強く持つ一方、米国とドイツのDX は、新たな価値創造を目指す「外向き」で、業務プロセスを企業・組織全体で最適化しようとする「全体最適」の性質を持つという、明確な違いが浮かび上る。」
まさに日本企業のDXの実態を正確に評価しているレポートだと思う。この「内向き」・「部分最適」というデジタル化では、効率化効果も限定的で、少し便利になったかもしれないという程度だ。これでは、目指すDXにはほど遠い。欧米の「外向き」・「全体最適」で初めて、新たな価値創造につながる。この違いが企業の競争力の差になってきていると思われる。では、この違いはどこから来るものだろうか。
日本企業のDX:現場の「DX人材」がデジタルで何ができるかに取り組む
欧米企業のDX:新たな価値を定義し、全社を挙げて変革に取り組む
多くの日本企業では、口では「DXとはデジタルではなくビジネスの変革だ」というが、実態は「DX人材」にお任せで、ある部門の一部の業務の改善に留まる。欧米では、目指す新しい価値をまず定義したうえで始めている。
DXが進まない理由を、「DX人材」に求めるのは酷だ。それより、DXを正しく定義していない「マネジメント」の問題と認識すべきだろう。
新しい価値を創造するために、何を目指すのか。何をしたいのか、をマネジメントが定義することから、DXは初めて動き出す。それができていないから、デジタル投資に効果が出ない。デジタルはよくわからないから「DX人材」に任せる、というのはマネジメントがその役割を果たしていないということだろう。
AIを使って新たな価値創造を競う戦いが世界中で始まっている。しかし、今まさに、DXと同じ現象が日本企業に起きていることに危機感を感じている。今のままでは、さらに世界の競争から取り残されていくのではないかと案じている。
現場・現場で生成AIを使いこなす人を増やしていこうという取り組みも無駄ではないと思うが、その取り組みで、「外向き」「全体最適」なAIの活用ができることにはならない。
AIという新技術を導入して、企業としてどのような新しい価値を創造していくつもりなのかを定義しない限り、ちょっと便利かなくらいで終わってしまうだろう。AIは使いようでは大きなインパクトがある新技術だけに、マネジメントの構想力の差が、そのまま企業競争力の差になってしまう怖い兵器だ。もっと、マネジメントが責任を持って、優先順位を上げて取り組まないととりかえしがつかないことになりそうで心配になる。
小さい成功を積み重ねることが大事、とよく言われるが、それはベースとなる大きな構想があって、それを実現するための積み重ねであれば正しい取り組みだが、構想がない中での小さい成功は、ほとんど競争力にはつながらない。
AIでも、DXと同様の失敗を繰り返さないために、マネジメントの真の力が問われている。
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