【横塚裕志コラム】ビジネスマンは 自分の自画像を描いているだろうか

1.アーティストは、なぜ自画像を描き続けるのか

ビジネスマンは、自分の自画像を描いているだろうか。少なくとも、多くのビジネスマンは、描いていないように見える。 アーティストは、なぜ自画像を描き続けるのだろうか。レンブラントやゴッホが有名だが、生涯にわたり描き続ける人が多いと聞く。芸大の学生も多くの時間を自画像に充てるということを読んだことがある。

ある論考では、自画像の意味を次のように述べている。

「自画像は単なる技術訓練ではなく、見る力と自己認識を徹底的に問い直す行為だ。人の顔はわずかなズレに敏感で、描き手の思い込みが容赦なく露呈する。描くことで初めて、普段見ているつもりの自分の顔や感情、老いや癖に気づき、「見る」とは問い続けることだと理解する。さらに自画像は、何を強調し何を避けるかという、その人固有の世界の見方=表現のフィルターを可視化する。多くの芸術家が自画像を描き続けたのは自己愛ではなく、自己認識を更新し続けるためである。自画像とは、自分を通して世界を描く責任を引き受け、「私は何者として世界を見ているのか」を問い続ける厳しい装置なのだ。」

つまり、自画像を描くということは、「自分は何者として、ここに立っているのか」という、答えの出ない問いと向き合う行為を続け、「今、何かがおかしい」という感覚を失わないための、極めて厳しい修行だということらしい。
私は、この営みはアーティストだけのものではないと感じている。むしろ、ビジネスの世界にこそ、本来必要とされているのではないかと思うのだ。

2.ビジネスマンは「自画像を描く機会」を失っている

多くのビジネスマンは、仕事のなかでは自画像を描く機会はない。組織に属するとは役割を引き受けることであり、役割を果たすとは、個人的な感覚を脇に置くことでもある。そこには合理性があり、効率があり、一定の正しさもある。多くのビジネスマンは、仕事をする中で、知らず知らずのうちに「自分を殺す」ことを覚えていく。
しかし、この状態が長く続くと、「自分は何に違和感を覚えているのか」「何がしたいのか」、そうした問いは、忙しさや成果目標の中で後回しにされ、やがて消えていく。
さらに厄介なのは、この状態が「成熟」「プロフェッショナル」と評価されやすいことだ。感情を表に出さず、個人的な違和感を語らず、組織の論理に従う。その振る舞いは組織を安定させるが、同時に個人の中から問いを奪っていく。
こうしてビジネスマンは、自分の自画像を描かないままキャリアを重ね、「何がしたいのか分からない」という状態に慣れてしまう。この問題は、単なる自己啓発の課題ではなく、真に「価値を生む仕事」をする上での大きな問題だと思うのだ。

3.「○○がしたい」「違和感がある」が変革を起こす起点になる

ビジネスの現場では、変革はしばしば「戦略」「数値」「フレームワーク」から始まるように説明されるが、これは後から組み立てたもので、起点になるものは別にある。よくイベントで、「当社のDX事例」という説明があり、そこで「戦略」が語られるが、戦略は多くの場合、後から振り返ったときに整えられた言葉だ。起点にあった感覚は、語られないまま消えていくことが多い。それで皆、戦略から始めたのだと勘違いする。

しかし、実際は、変革の最初の一歩は、「何か、おかしくないか?」とか、「これがつくりたい」いう、言語化以前の感覚で始まる。
野中郁次郎教授は、イノベーションの起点として「メタファ」の重要性を指摘している。ホンダの「スーパーカブ」という製品が「買い物カゴを載せられる道具がつくりたい」というメタファから生まれたように、強いメタファは、分析や計画の結果としてではなく、感覚から立ち上がる。
東京海上日動での、商品・業務プロセス・情報システムを抜本的にシンプルに作り直すプロジェクトも、「会社の中を血液がさらさら流れていない」というメタファから立ち上がったものだ。

4.新しい価値を摸索するには「感覚」が必要

新しい価値を探すには、論理的な戦略の積み上げだけではできない。現状への問いに気づかなければ起点ができない。このことがとても重要なポイントなのだ。そのこと自体が、ほとんど語られていないし、メディアも報道していないから、ほとんどの人が論理だけだと誤解している。

DXでビジネスを変革するということは、現在のビジネスをデジタル化することではない。現在のビジネスに潜んで見えにくくなっている本質的な課題を違和感として感じ、それをなんとか改革したいと主張し続けたり、顧客が意識なく過ごしている中に、ふと作ってあげたい新しい価値を感じ、業界のタブーを超えて構想を始めることだったりする。
こういう感覚を持ち続けることが、ビジネス変革を起こす起点になるのだ。その感覚は、その人が子供の頃は持っていた五感を取り戻すことなのかもしれない。本来の五感を取り戻すための取り組みが、自画像を描くという修行なのだ。ビジネスマンにとってのこの修行は、実際に絵を描くのではなく、自分の心の姿と正直に向き合い、自分の心の様を感じる行為を続けることなのだ。

5.ビジネスマンが自画像を描く修行の場

では、この修行をどこで、どう続ければよいのか。企業の評価制度や日常業務の中で、それを行うのは難しい。また、短期的に役に立つような研修では自画像を描く体験にはならない。だからこそ、利益を目的としない私たちNPOの役割がある。
私たちは、皆さんが自画像を描く場を提供している。QUESTシリーズで徹底して自分と向き合い、自分とは何者かを問い続けていただく。加えて、企業変革実践シリーズでのゲスト講演、リベラルアーツ・プログラムで世界の著名人が語る動画といった素材を通じて、正解を教えるのではなく、問いを掘り続ける場を提供している。大切なのは、繰り返し、繰り返し、自画像を描き続けることで、自分のほんとうの感覚に気づき続けることだ。

アーティストが自画像を描き続けるように、ビジネスマンが自分自身を描き続ける。その旅を支える場を、私たちは提供し続けたい。それが、私たちNPOの使命だと考えている。

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