十数年前、私たちがDBIC(Digital Business Innovation Center)の設立を構想していた頃のこと。私たちは、その活動に協力していただけないかと思い、IMDのマイケル・ウエイド教授を訪ねた。
当時のDBICは、まだ構想段階だった。資料も十分に整理されていたわけではない。20分ほどかけて、「日本企業のDXを支援する場をつくりたい」という趣旨を説明した程度だった。私は、「活動内容はどうするのか」「運営はどうするのか」「資金はどうするのか」といった具体的な質問が次々に来るものと思っていた。
ところが、ウエイド教授は細かな議論に入ることなく、すぐに「YES」と答えてくれた。もちろん、すべてを理解した上で判断したわけではないだろう。しかし今振り返ると、教授は計画の完成度を評価したのではなく、「日本企業の変革を支援する」という方向性や、その構想が持つ可能性に価値を見いだしてくれたのではないかと思う。
この出来事を思い出すたびに、私は一つのことを考える。
人は、新しい考え方や論考に触れたとき、何を見ようとしているのだろうか。
あのとき、ウエイド教授が見ていたのは、DBICという組織の完成度ではなかったと思う。事業計画の精緻さでもなければ、組織体制の細かな設計でもない。教授が見ていたのは、おそらく、「この構想は何を実現しようとしているのか」という方向性だったのではないだろうか。
もちろん、その後には具体的な議論が必要になる。しかし最初に見たのは、「足りないところ」ではなく、「実現しようとしている価値」だったように思う。私は、この出来事を振り返るたびに考える。
人は、新しい考え方や論考を読むときにも、同じことをしているのではないだろうか。ある人は、「どこが整理されていないか」「どこに問題があるか」を探す。
一方、別の人は、「この考え方は何に使えるだろう」「ここから何を生み出せるだろう」と考える。つまり、文章を「評価」の対象として読む人と、「活用」の素材として読む人がいる。
もちろん、論考を批判的に読むことは重要だろう。論理の飛躍や事実誤認を指摘することは、より良い議論につながる。しかし、その前に、「この論考は何を伝えようとしているのか」「どこに新しい視点があるのか」を理解しようとする姿勢があるかどうかで、その後の議論は大きく変わるように思う。
私は、この違いも管理OSとマネジメントOSの違いから説明できるのではないかと思う。管理OSでは、仕事とは改善活動だ。品質を上げる、ミスを減らす、無駄をなくす、リスクを見つけるなど、日々の仕事では「問題を発見すること」が価値になる。その結果、人は自然と「どこに問題があるか」を見つける力を身につける。もちろん、それは日本企業が長年培ってきた強みでもある。
しかし、新しい考え方や新しい仮説に触れたときにも、その思考習慣が働くと、まず欠点を探すことから始まってしまう。
一方、マネジメントOSでは、仕事は成果を実現するテーマから始まる。だから、新しい考え方に出会うと、「この考えをどう使えるだろう」「この視点を自社の課題に応用できないだろうか」という発想になる。
つまり、文章を評価する前に、自分のテーマとの接点を探そうとする。
私が海外の研究者や経営者と接していて感じるのは、最初から完成された理論ばかりが議論されているわけではないということだ。
むしろ、「興味深い視点だ」「この考えを発展させると、こういうことも言える」「この仮説を別の分野に応用できるのではないか」というように、相手の考えを土台として、新しい議論を積み重ねていく場面を数多く目にしてきた。
もちろん厳しい反論もある。しかし、それは相手を否定するためではなく、より良い考えへ発展させるための議論であることが多い。
新しい考え方は、最初から完成していることはほとんどない。だからこそ、「何が足りないか」だけでなく、「何が新しいのか」「何に使えるのか」を考えることが、新しい価値を生み出す第一歩になるのではないだろうか。
最近、多くの企業が「新しい発想が生まれない」「イノベーションが起きない」と悩んでいる。しかし、その背景には、社員一人ひとりの能力だけではなく、「考える習慣を身につけてきたか」という問題もあるように思う。
管理OSは、問題を見つける力を育てる。マネジメントOSは、可能性を見つける力を育てる。どちらも必要な力だ。しかし、未来を構想し、新しい価値を生み出そうとするなら、「どこが悪いか」を見つける力だけでは足りない。
「この考えを使えば、何が実現できるか」を考える力も必要になる。私は、論考の読み方一つをとっても、その人が日々どのような仕事をし、どのような組織OSの中で考えてきたのかが表れているように思う。
あの日、ウエイド教授が見ていたのも、おそらく完成度ではなく可能性だった。
企業が本当に育てるべきなのも、完成した答えを評価する人ではない。未完成のアイデアの中に可能性を見いだし、それを自らのテーマに結び付け、新しい価値へと育てていける人だ。そのような人材は、研修だけでは育たない。
仕事の中で、成果を定義し、問いを立て、学び続けるマネジメントOSのもとでこそ、育まれていくのではないだろうか。
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