全国でクマによる被害が相次いでいる。自治体も、住民の安全・農業被害・自然環境など、さまざまな価値の間で難しい判断を迫られている。
この問題を見ていて、私は「管理OS」と「マネジメントOS」の違いがよく表れているように感じた。同じ問題を前にしても、OSが違えば、最初に考えることが違うのだ。
管理OSでは、目の前に起きた問題をどう処理するかが出発点になる。
クマが市街地に現れた。では、どう捕獲するか。誰が対応するか。どのルールやマニュアルに従うか。住民への注意喚起はどうするか。つまり、「発生した問題を、いかに処理するか」という発想だ。もちろん、こうした対応は必要だ。人命を守るためには、迅速な対応が欠かせない。
しかし、この考え方だけでは、「なぜクマが市街地へ出てくるようになったのか」「今後も同じことが繰り返されないためにはどうすればよいのか」という問いは後回しになりやすい。
管理OSは、決められた目的に対して、問題を確実に処理し、仕事を実行することには強い。一方で、「そもそも、どのような状態を実現すべきなのか」を問い直すことは、得意ではない。
一方、マネジメントOSでは、最初に考えることが違う。
「何を成果とするのか」から議論を始める。クマ問題であれば、いきなり「駆除するか、しないか」を議論するのではない。まず、「私たちは、どのような地域を実現したいのか」を考える。例えば、「住民が安心して暮らせること」「農業や地域経済が持続すること」「豊かな自然や生態系を次世代へ引き継ぐこと」などが考えられる。
しかし、ここで一つ難しい問題にぶつかる。
これらをすべて同時に、最大限実現できるとは限らない。住民の安全を優先すれば、駆除が必要になる場合がある。一方で、自然環境を守ることを重視すれば、駆除を減らす方法を考える必要がある。つまり、「成果を定義する」と言っても、簡単なことではない。
何を大切にするのか。何を優先するのか。どこまでを実現したいのか。異なる価値の間で、どのような状態を目指すのか。これは、単に目標を設定する仕事ではない。何を成果と呼ぶのかを決めること自体が、マネジメントの仕事なのだ。そして、いったん実現したい状態を定義すれば、次に、そのための手段を考えることができる。
駆除も一つの手段だ。電気柵の設置も、森林管理の見直しも、集落周辺の環境整備も、住民への教育や情報提供も選択肢になる。重要なのは、最初から手段を決めないことだ。「駆除するか、しないか」ではなく、「どのような地域の状態を実現したいのか。そのためには何をすべきなのか」という順番で考える。
ここが、管理OSとの大きな違いだ。
ここで、企業経営にも通じる重要なことが見えてくる。
「成果から考えよう」と言うのは簡単だ。しかし、成果を決めることは、決して簡単ではない。目の前の問題には、比較的分かりやすい答えがある。クマが出た。捕獲する。被害が出た。対策を強化する。しかし、「どのような状態を実現したいのか」という問いには、唯一の正解があるとは限らない。
だからこそ、誰かが決めなければならない。
先日、指揮者の木許裕介氏の話を聞く機会があった。木許氏は、多様なメンバーの意見を聞くことの重要性を語りながらも、リーダーは最後に自分で決めなければならない、と話していた。そのときの判断の軸になるのが、自分自身のIntegrityだという。
参考:【横塚裕志コラム】多様性を価値に変えるには、何が必要なのか
この話は、成果を定義することにも通じる。
クマ問題であれば、住民の安全・農業・自然環境など、それぞれの立場から異なる意見が出てくる。それらを聞くことは必要だ。しかし、すべての意見が一致することを待っていては、「私たちはどのような地域を実現するのか」という問いに答えることはできない。多様な意見を聞いた上で、何を大切にするのか。何を優先するのか。どこまでを実現したいのか。そして、「この状態を実現する」と最後は自分で決める。
成果を定義するとは、皆の意見を平均して目標をつくることではない。多様な意見を受け止め、自分なりの判断軸を持って、実現したい状態を決めることだ。これは、単に目標を設定する仕事ではない。
何を成果と呼ぶのかを決めること自体が、マネジメントの仕事なのだ。
この違いは、大規模災害発生時の避難所を考えると、さらに分かりやすい。
段ボールベッドやパーティション、キッチンカー、トイレカーなど、新しい取り組みは数多く導入されている。現場でも、さまざまな改善が重ねられている。しかし、避難所では依然として、体育館で雑魚寝に近い生活を送り、高齢者の体調悪化や感染症のリスク、プライバシー不足などの課題が繰り返されている。
ここでも、「何を改善するか」から考えるのではなく、まず「どのような状態を実現するのか」を考えてみる必要がある。
例えば、「被災者が健康を維持できる」「安心して眠れる」「高齢者が体調を崩さない」「子どもが安心して生活できる」「一人ひとりが尊厳を保ちながら暮らせる」といった状態を、目指すべき成果として定義する。そうすれば、次に、「その状態を実現するために、避難所はどうあるべきか」という問いが生まれる。
体育館に段ボールベッドを入れるという発想だけではなく、そもそもどこで避難生活を送るのが適切なのか、どのような空間が必要なのか、食事・医療・睡眠・プライバシー・情報提供をどう設計するのか、といったことを成果から逆算して考えることができる。
つまり、「避難所を改善する」のではなく、「被災者がどういう状態で生活できるべきか」から避難所を設計する。ここにも、マネジメントOSの考え方がある。
ここまで考えると、マネジメントOSは企業だけのための考え方ではないことが分かる。企業では、「顧客にどのような成果を実現するのか」を定義する。社会課題では、「社会にどのような状態を実現するのか」を定義する。どちらも構造は同じだ。
成果を定義する。その成果から、必要な仕組みを考える。そして、その実現に必要な役割・組織・業務・技術を設計する。これが、マネジメントOSの基本的な考え方だ。もちろん、成果を定義すればすべてが解決するわけではない。むしろ、成果を定義することが難しい。正解が決まっているわけではなく、異なる価値の中から、何を実現すべきなのかを自分たちで考え、決めなければならないからだ。
しかし、その難しい仕事を避けて、目の前の問題や既存の仕組みから考え始めれば、私たちはいつまでも「どう改善するか」を議論し続けることになる。目の前の問題を処理することは必要だ。しかし、それだけでは、同じ問題への対応を繰り返すことになる。問われているのは、「どうするか」を考える前に、「どのような状態を実現したいのか」を決めることだ。
問題から始めるのか。成果から始めるのか。その違いは、単なる考え方の違いではない。その後につくられる仕組み、組織、仕事、そして使われる技術まで変えてしまう。「成果から考え始めるOS」への転換は、企業だけのテーマではない。複雑な社会課題に向き合う日本社会にこそ、必要な転換だと思う。
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