デジタル庁が管理するシステムでも、サイバー事件が起きた。こうした事件が起きると、マイナンバーの政府システムへの信頼が揺るぐ。
この事件を見て、私はこう思う。日本はこれまで、世界の最前線で技術的に戦えるエンジニアを、十分に育ててきたのだろうか、ということだ。この問いは、高度な技術を身につけ、世界中の技術者や攻撃者と競争し、未知の問題に立ち向かえる人材を、企業あるいは政府が本気で必要としてきたのか、という問題として考えるべきだと思う。
優秀な技術者が日本にいないわけではないだろう。それでも、世界レベルの仕事をする機会と環境を、日本企業・政府は十分につくってこなかったのではないか。その背景には、経営が何を成果としてきたかという問題があるように思う。
10年くらい前に、セキュリティを事業とする大手IT企業に聞いたことがある。「世界レベルの技術者を育成すべきではないか」と。反応は「売上にならないことはできない」ということだった。
高度な技術者を長い時間をかけて育てることは、すぐには売上にならない。セキュリティの専門家が一年間、まだ起きていない攻撃への備えをしても、売上は増えないかもしれない。優秀なエンジニアが基盤技術やアーキテクチャを磨いても、それだけで案件が増えるわけではない。
しかし、その仕事がなければ、重要なシステムを守ることも、世界と競争する技術を生み出すこともできない。売上を成果の中心に置くと、売上に直結しないが、将来の競争力を左右する仕事が後回しになりやすい。
そこに構造的な問題があるのではないか。
10年くらい前には、私も政府のITに関わる委員会に参加していた時期があり、サイバーセキュリティに関して、世界レベルでの防御能力の育成を主張し、また個別に提案したりしたことがあった。しかし、その後の政策を見ると、少なくとも私には、世界の最前線で戦えるトップ人材を徹底的に育てるという方向よりも、より広くセキュリティの知識を普及させる方向が強かったように感じられる。
ここで海外の動きを見ると、興味深い違いがある。
米国では、国防総省がCMMC(Cybersecurity Maturity Model Certification:サイバーセキュリティ成熟度モデル認証)という制度を設けている。国防関連企業が扱う情報の重要度に応じて、求められるサイバーセキュリティの水準を段階的に定め、その水準を満たしているかを評価する仕組みだ。つまり、「セキュリティに詳しい人材を何人育てるか」から考えるのではない。「国防に関わる企業として、どのレベルのセキュリティ能力を持つべきか」を先に定めている。
重要なのは、ここでも「この成果を実現するには、このレベルの技術力が必要だ」と明確にすることだ。その要求があれば、企業は必要な仕事をつくり、その仕事を担う組織をつくり、専門人材を育てることになる。
人材を先に考えるのではなく、実現すべき成果と、そのために必要な能力を先に定める。ここに、日本の人材育成を考えるうえで重要な示唆がある。
「世界レベルのエンジニアが不足している」と言うと、人材部門や教育機関の問題に聞こえる。しかし、私はそうではないと思う。
これは、まちがいなく経営の問題だ。
経営が何を成果として定めるかによって、企業が必要とする仕事が決まる。必要な仕事によって、必要な組織と人材が決まる。そして、人材が育つ。
つまり、成果 → 仕事 → 組織・人材という順番だ。
世界レベルのエンジニアを育てるには、まず、その人材が必要になる成果を、企業や政府が本気で目指さなければならない。例えば、「日本の重要なデジタル基盤を世界最高水準で守る」という成果を定める。そのためには何が必要かを考える。そこで初めて、どのような技術者が必要なのかが見えてくる。人材育成は、そこから始まる。
AIエンジニアという専門職が存在する。
AIエンジニアとは、AIを使って既存の仕事を効率化する人ではない。AIそのものを理解し、モデルやデータ、アルゴリズムを扱い、新しい技術をつくり出すエンジニアだ。こうした人材は、これからの日本にとって極めて重要になる。
しかし、ここでも同じ問題が起きていないだろうか。「AIで既存の仕事を効率化する」という成果を求めるだけでは、世界レベルのAIエンジニアは育たない。問うべきなのは、AIエンジニアを何のために必要とするのかだ。
もう一つ指摘したいのは、「ビジネスアナリスト」だ。
日本企業が「AIで業務を効率化し、コストを削減する」という成果だけを目指せば、AIは既存業務を速くする道具に留まる。しかし、本当に必要なのは、AIによって組織の構造をどのように変えることができるかを考え、新しい顧客成果や事業のあり方を設計することだろう。そのためには、「AIネイティブな数年後のビジネスのあり方」を考える人材が必要になる。そこで重要になるのが、ビジネスアナリストではないだろうか。
サイバーセキュリティのエンジニア・AIエンジニア・ビジネスアナリストを例に考えてみたが、日本企業は専門的な技術力を、世界レベルを目指して育成しているだろうか。専門的な技術力が、国や企業の競争力を左右する時代になっている。自社製品に関わる技術者の育成と同レベルで、経営チームのスタッフであるデジタルやビジネスに関わる専門技術者の育成を、ぜひ経営として認識してほしいと思う。
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