【横塚裕志コラム】To Beを描くだけでは、経営にならない

1.「As Is」と「To Be」は、経営の基本なのか

戦略や業務改革の議論では、「As Is」と「To Be」という言葉がよく使われる。
As Isは「現在の姿」、To Beは「あるべき姿」だ。現状を分析し、あるべき姿を描き、その差(Gap)を明らかにして、そこを埋める施策を考える。多くの企業で、当たり前のように使われている思考法だ。
しかし、ここで一度立ち止まって考えてみたい。

私たちは、「あるべき姿」を何を基準に描いているだろうか。
例えば、営業担当者が顧客情報をExcelで管理し、報告書の作成にも多くの時間を費やしている企業があるとする。そこで、「顧客情報をCRMに一元化し、データを活用した営業活動を実現する」というTo Beを描く。
しかし、ここで考えてみたい。CRMを導入し、営業業務を効率化できれば、それで経営上の目的は達成されたと言えるのだろうか。営業担当者が顧客情報を探す時間は短くなり、報告書の作成も効率化されるかもしれない。しかし、それによって顧客への提案が良くなったのか、顧客が抱える課題をより的確に解決できるようになったのかは、別の問題だ。
つまり、業務や組織をどのような状態にするかを決めることと、それによって顧客や事業にどのような変化を生み出すかを決めることは、同じではない。
前者は「あるべき状態」を描くことであり、後者は「何を成果とするのか」を決めることだ。
この二つを区別しなければ、To Beをきれいに描き、Gapを埋める施策を実行しても、本当に実現したかったことが達成されたのか、分からなくなってしまう。

2.日本企業のTo Beは、しばしば「手段のあるべき姿」になる

日本企業の業務改革では、To Beを描くこと自体は珍しくない。しかし、しばしば、To Beに描かれるのは「手段のあるべき姿」だ。
紙の申請を電子化する。顧客情報をCRMに一元化する。生成AIを導入する。これらは、いずれも実現するための手段であり、それ自体が経営として実現すべき成果ではない。
本来、To Beで最初に描くべきなのは、手段ではなく、事業や顧客のあるべき姿だ。
顧客がどのような価値を得られるようになるのか。顧客が抱える問題はどう解決されるのか。事業はどのような価値を生み出せるようになるのか。まず、こうした姿を明確にする。そのうえで、その姿を実現するために業務や組織をどう変えるのか、どのような技術を活用するのかを考える。
この順序を逆にすると、現在の業務を前提に改善策を考えることになり、そもそも何を実現すべきなのかという問いが抜け落ちてしまう。

3.To Beは、何を実現するために描くのか

では、あるべき姿を描く前に、何を考えるべきなのだろうか。
この問いを考えるうえで、Business Analysisの方法論には重要な示唆がある。
Business Analysisでは、「あるべき姿」であるFuture Stateを描くことだけでなく、その上流にあるBusiness Needや、実現すべきOutcomeとの関係を明確にすることが重視されている。その構造をシンプルに表現すれば、次のようになる。

Business Need → Desired Outcome → Future State → Solution

まず、Business Needは「なぜ変える必要があるのか」という変革の必要性だ。
次に、Desired Outcomeは「変えることによって、どんな成果を実現したいのか」という問いへの答えになる。その成果を実現するために、業務や組織はどのような状態になっていなければならないのか。それを設計したものがFuture Stateだ。そして最後に、そのFuture Stateを実現するためのSolutionを考える。
つまり、Future Stateは、思いついた理想像でも、単に経営者が描いた将来像でもない。実現すべき成果から逆算して設計された、未来の状態だ。
重要なのは、何を実現すべきかを明確にすることだ。

4.例えば「AIを導入する」という改革を考えてみる

例えば、ある企業が「生成AIを導入して業務を効率化する」というTo Beを描いたとする。これは今、多くの企業で起きていることだ。しかし、「生成AIを導入する」こと自体は、経営上の成果ではない。そこで、何を実現したいのかというBusiness Needから考えてみる。
Business Need:顧客への提案品質を高め、顧客との関係をより深くしたい。
では、Desired Outcomeは何だろうか。
Desired Outcome:顧客自身も気づいていない課題を発見し、その顧客にとって意味のある提案ができる。
ここまで決まれば、Future Stateも変わる。単に「営業担当者が生成AIを使っている状態」ではない。顧客との面談前に、営業担当者が顧客情報や過去の取引、外部情報などを踏まえて仮説を立て、面談後にはAIを使って情報を整理し、次の提案につなげている。こうした営業活動が組織として実現されている状態が、Future Stateになる。そして、そのために生成AI、CRM、データ基盤、営業プロセス、人材育成などを組み合わせる。
この場合、AI導入は目的ではなく、顧客への成果を実現するためのSolutionの一部だ。同じ「AIを導入する」という改革でも、何を成果とするのかを先に考えることで、実現すべき営業活動も、必要な投資も変わってくる。
重要なのは、AIの活用方法を考える前に、何を実現するためにAIを使うのかを明らかにすることだ。これはAIに限った話ではない。DXでも、新規事業でも、業務改革でも同じことが言える。

5.何を実現すべきか、それが経営の出発点だ

As Is / To Beという言葉は便利だ。しかし、便利であるがゆえに、思考をそこで止めてしまう危険がある。
「現状はこうだ。では、あるべき姿はこうしよう」。その間に、本来もっと重要な問いがある。「なぜ変えるのか」「誰に、どんな価値を生み出すのか」「何が変われば、成果が実現したと言えるのか」。この問いに答えたうえで、初めて、あるべき状態を設計する。そして、その状態を実現するために、人、業務、組織、AI、ITなどを組み合わせる。
本当の経営とは、何を成果とするのかを定義し、その成果から逆算して、未来の状態と実現方法を設計することではないだろうか。

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