【横塚裕志コラム】AI時代に、企業は「発注能力」を持っているか

1.AIで、誰でもソフトを「作れる」時代になる

生成AIの登場によって、ソフトウェアを作ることのハードルが急速に下がっている。これまでなら、業務部門が新しいシステムを作ろうとすれば、システム部門に相談し、要件を整理し、ITベンダーに発注するという流れが一般的だった。しかし、生成AIやAIエージェント、各種SaaSを使えば、業務部門自身がプロトタイプを作ったり、AIサービスを選んだり、ベンダーに直接相談したりすることが可能になってきた。これは、デジタルを業務に近づけるという意味では大きな変化だ。
一方で、新たな問題も生まれる。
「作れること」と「良いものを作れること」は違う。AIを使えば、短時間でそれらしいシステムや業務アプリケーションを作ることができる。しかし、それが本当に必要なのか。設計は適切なのか。作り方に問題はないのか。そして、それによって本当に業務や顧客の成果が変わるのか。
そこまで判断できる人が、発注する側にいるとは限らない。

2.ベンダーに任せれば、良いものができるわけではない

ここで、改めてITベンダー側の問題を考える必要がある。
もちろん、優れた技術力を持つベンダーは存在する。しかし、企業がベンダーに発注すれば、必ず適切なシステムが出来上がるわけではない。問題は、いくつかの段階で起こり得る。

  1. そもそも必要のないものを作ってしまうこと
    現在の業務をそのままデジタル化する。AIを使うこと自体が目的になる。本来なら業務そのものを変えるべきところを、既存業務の効率化だけで終わってしまう。
  2. 必要なシステムであっても、設計が適切でないこと
    データ設計が不十分だったり、他システムとの連携が考えられていなかったり、将来の拡張性がなかったりすることがある。セキュリティや権限設計も重要だ。
    AIであれば、モデルの選択、データの与え方、RAGの設計、評価方法、ガードレールなど、従来のシステム開発とは異なる判断も必要になる。
  3. 作り方そのものに問題があること
    ソースコードの品質が低い。テストが十分でない。保守しにくい。特定のベンダーや担当者がいなければ変更できない。AIを使って開発する場合には、AIが生成した成果物が正しいと誤解してしまい、レビューが不足するリスクが高い。

3.ベンダーの問題を見抜けなければ、問題は企業の中に残る

AI時代に特有の注意すべきことがある。「AIを使って開発したのだから、適切なものができているはずだ」という幻想だ。AIは、コードを書き、設計案を出し、テストを作り、動くものを短時間で作ることができる。しかし、それは「正しいものを作った」ことを意味しない。なぜなら、AIがどれほど高い能力を持っていても、与えられた指示や目的、前提条件が適切でなければ、期待する成果物にはならないからだ。
AIは、与えられた目的や条件の中で、それらしい解を作ることはできる。むしろAIによって、「動くもの」が簡単に作れるようになるほど、「それが良いものなのか」を判断することが難しくなる可能性がある。
だからこそ、AI時代には、これまで以上に発注側の目利きが重要になる。その提案の中に、より良い方法があるのか。本当にAIが必要なのか。設計は適切なのか。作り方に問題はないのか。そして、完成したものは本当に成果につながっているのか。
それを判断できなければ、ベンダーの問題も、AIの問題も見抜くことはできない。
つまり、ベンダーの能力だけでは、良いシステムは生まれない。AIの能力だけでも、良いシステムは生まれない。発注側が、その仕事の価値を評価できる能力を持っていることが必要なのだ。

4.だから「発注能力」が重要になる

では、企業に必要な「発注能力」とは何か。

  1. 何を実現するのかを決める能力
    「システムを作る」「AIを導入する」ではなく、顧客や社員をどのような状態に変えるのかを明確にする。
  2. どのような仕組みが必要なのかを判断する能力
    業務プロセスをどう変えるのか、どこまでシステム化するのか、AIをどこに使うのかを考える。
  3. ベンダーの提案を評価する能力
    その設計は本当に適切なのか。別の方法はないのか。将来の拡張性はあるのか。セキュリティやデータの扱いに問題はないのか。
  4. 開発途中で「これは違う」と気づく能力
    完成してから検査するのでは遅い。設計やプロトタイプの段階で、成果につながらない方向に進んでいれば軌道修正する必要がある。
  5. 完成したものの価値を評価する能力
    要件を満たしたかではなく、実際に利用され、業務が変わり、顧客や企業に成果が生まれたかを見る。

5.発注能力がなければ、大きな損失を招く

これまで、企業のシステム開発の発注は、主にIT部門が担ってきた。IT部門には、システム開発に関する知識や経験があり、ベンダーの提案や設計、品質などを評価する役割も期待されてきた。
しかし、AIやSaaSの普及によって、状況は変わり始めている。営業、人事、経理、企画など、IT部門以外のさまざまな部門が、自らAIを使ってアプリケーションを作ったり、ベンダーに直接開発を依頼したりする機会が増えていく。こうした部門がデジタルを活用すること自体は望ましい変化だが、そこに発注能力の問題が生まれる。
それぞれの部門は、自分たちの仕事については詳しくても、システムの設計や品質、セキュリティ、保守性などを評価する知識や経験を持っているとは限らない。IT部門の関与がないまま発注が進めば、問題を見抜く機会も失われてしまう。
発注能力がないまま、外部の専門家やAIを利用し続けると、必要のないものを作るだけでなく、設計や品質に問題がある成果物を見抜けず、使われないシステムや複雑化した業務、維持管理コストの増大といった損失を招くことになる。さらに、問題の原因を特定できなければ、追加投資を繰り返すことにもなりかねない。
AIによって、ソフトウェアを作るコストや時間は大きく下がっていく。しかし、発注する部門が広がるほど、企業全体として発注能力を備えているかどうかが問われる。
IT部門以外の各部門が発注する場合にも、何を実現するのかを考え、提案や成果物の適切性を判断できる能力が必要になる。技術的な専門判断については、IT部門の知識や経験を活用すればよい。しかし、発注の目的や成果を判断する責任まで、IT部門や外部の専門家に委ねることはできない。
発注する機会が広がる時代だからこそ、企業は発注能力を組織全体の能力として高めていかなければならない。

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