スピーカーはイーコーポレーションドットジェーピー株式会社代表取締役社長/総務省電子政府専門員/明治大学公共政策大学院兼任講師の廉 宗淳(ヨム・ジョンスン)様。聖路加国際病院ITアドバイザー、大阪府・大阪市特別参与、佐賀県情報企画監、青森市情報政策調整監などを歴任し、近年では民間企業のデジタルトランスフォーメーションコンサルティングを行っているスペシャリストです。本レポートでは内容を再構成してお伝えします。 廉 宗淳(ヨム・ジョンスン)様
廉:日本の新幹線は世界でいちばん時間に正確で安全な高速鉄道です。改札口の処理速度も世界最高ですし、どの向きできっぷを入れても正確に読み取ることができます。ただし改札口の製造コストは非常に高く、新幹線の運賃も高額です。 一方で、韓国の新幹線にあたるKTX(韓国高速鉄道)には改札口そのものがありません。黄色いステッカーで「We Trust You」と書いてあるだけです。もとも韓国の鉄道は日本の仕組みを参考につくられたので、システムはよく似ています。途中までは改札口もありましたが、インターネットでKTXのチケットを販売するときに「改札をやめる」という韓国独自の選択をしたのです。 日本で改札をなくそうとしたら、改札を製造しているメーカーは大きな影響を受けるでしょう。本当のイノベーションには必ず被害者がいたり、抵抗勢力がいるものです。私はこれを「改革は革命より難しい」と表現しています。革命ならルールを無視すればよいですが、改革は既存のルールの上で勝負をしなければなりません。
廉:韓国の行政システムも当初は日本を参考につくられていましたが、韓国では10年以上前に住民票も印鑑証明もなくなりました。電子政府法で「政府と自治体は、国民に対して役所が保存している情報を求めてはならない」と決まったのです。行政手続きのために市民が役所に行って住民票を取って、それを別の役所に提出するのは非効率だということです。役所同士でネットワークを組んで直接やり取りすればいいわけですから。 今はちょうど日本は年末調整の時期で、保険会社から控除ハガキが届きます。これも韓国であれば保険会社は国税庁にネットワークで情報を送るので、私は国税庁のホームページにログインして内容を確認し、承認するだけです。約1700ある自治体が、それぞれ個別にハードを調達したり独自システムを組んでいる日本とは対照的です。 もちろん、電子政府や医療サービスの効率化に役立った韓国独自のアドバンテージもありました。韓国は1962年に当時の軍事政権によって全国民にマイナンバーが付与されています。私にとっても「生まれたときからあったもの」です。導入に苦労している日本とは事情が大きく異なります。 こういう話をすると日本では「韓国は政府が手動してIT化を進めてくれるからうらやましい」という反応が出るのですが、それは違うと断言します。韓国は民間から政府に提案し、政府を動かしてビジネスにしているのです。官民で共同開発して、普及のための政策をつくって実践し、ビジネスモデルにして海外で販売する、といったことが当たり前に行われています。
廉:例えば「PACS」という心電図、MRI、CTなどのデータを電子カルテに取り込むファイリングシステムがあります。この仕組みが韓国で開発されたとき、業界が政府に働きかけ、病院がPACSを導入したら医療費の加算が出て、2年ほどで導入費用をペイできるような需要促進のための政策をつくらせました。今ではグローバル市場で韓国企業とアメリカのGEなどが競争するまでに成長しています。 その中でも近年注目されているのが疾病予測サービスです。韓国ではマイナンバーと電子カルテに基づき、2005年から2015年まで10大疾病に関する病歴のある150万人分の健康診断データと診療データを時系列的に分析しました。 重複なしの本物の医療ビッグデータですから、AIやディープラーニングで分析した結果、かなり精度の高い予測ができるようになり、AUCという国際基準で判定したところ、糖尿病に関しては93%の的中率を達成しています。 韓国では医療ロボットも多く使われていますが、その基幹技術は日本のものです。それをアメリカが製品化し、世界で最も手術に使っているのが韓国です。そして日本から多くのお医者様が医療ロボットの見学に韓国に訪れていると聞きます。 少子高齢化に代表されるように、日本と韓国は多くの共通する社会課題を抱えています。日本を参考に社会システムを構築してきた韓国ですが、独自にアレンジや進化した部分については日本が学べることも多いのではないでしょうか。
DBIC代表 横塚裕志(左) 参加者:日本の生命保険会社でもマシンラーニングによる疾病予測に取り組んでいるが、既存契約者以外の健康データは外部から購入するしかないのが悩みだ。韓国では政府が情報公開しているのか? 廉:疾病予測のデータベースは韓国政府と民間病院、ベンチャー企業による共同開発で国策研究として進められたので公開されています。韓国は政策実名制という仕組みがあり、官僚はじぶんがつくった政策に名前が残ります。自分の名前を付けられる政策かどうか、という判断基準が良い影響を生んでいる部分もあるでしょう。 参加者:官民で共同開発をした商品を海外で売る、といったことは日本では難しい。韓国ではそのフットワークの軽さをどうやって実現しているのか? 廉:中心となって動いているのは情報化振興院 という500人規模の組織で、90%が医学博士、教育博士、法律博士などから構成され、民間人も混ざっています。公務員給料基準では専門性に見合った能力を持った人材を雇うことはできないので、半官半民になっています。一方、日本でデジタル化の相談をしようとしたらITベンダー以外に相手がいないですよね。政府系の組織に行っても、担当者が大手ITベンダーからの出向者であることが多い。これだと、どうしても「システムを売るための企画」を考えてしまう傾向が強いでしょう。 参加者:韓国では小規模な個人経営のクリニックに対して電子カルテやネットワーク導入をどうやって実現したのか? 廉:韓国は1998年に経済破綻を経験しており、そこで多くの病院が倒産したり統合されたりしました。イノベーションにはそのくらいのショックが必要なんですね。電子化によって医療報酬の請求から入金までが2週間に短縮されました。日本だと3ヶ月かかります。売上が3ヶ月入金されないのは経営にとって大問題ですから、規模を問わず電子化は病院経営のために必要だったのです。病院が望んでやったことなので、政府からの補助金もありませんでした。
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