【横塚裕志コラム】顧客視点とは何か・・社会課題と社会ペインの違い

「顧客視点で新しいサービスを企画する」というお題目で、多くの企業が新規ビジネスを検討していると思う。しかし、この「顧客視点」が難しい。デジタル時代の「顧客視点」あるいは「顧客提供価値」とは何かを深く理解しないことには、成功する新規ビジネスはつくれない。
この問題意識で、4月の企業変革実践シリーズは、デジタルが進化している上海での駐在経験もあり、顧客価値を専門とする藤井氏(beBit社 日本リージョン代表)をお招きした。

1.「顧客視点」とはどういう考え方か

藤井氏は2枚の写真を示す。左は、山頂に登って両手を挙げている人、右は、その人から見える景色・情景。「顧客視点」とは右の「景色・情景」のことだ、というのがメッセージだ。
40代・子供二人・共稼ぎ・都内に住む、という属性でペルソナを設定して顧客を理解する手法は、左の写真でイメージしている古いアナログ時代の考え方。デジタル時代は、右側の写真が意味している通り、この人がどういう景色・情景の中で生活しているのかをデータから読み取り、そのなかでの困りごとを把握し、その解決策を支援する。あるいは、その方が「推している」こと、はまっていることを読み取り、それを提供することが、成功するビジネスを考える意味での「顧客視点」ではないか、という主張だ。

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左と右は似ているように見えるが、本質的に全く異なるものだ。左は、顧客を企業として見ている。右は、顧客になりきって顧客自身の感覚を写そうとしている。
故に、左は、「山に登っている人」としか見えないが、右は、例えば「佐藤さんという個別の人が、疲れたから2度と登らないぞ」と叫んでいる瞬間だ。この「個別」の人の感覚を把握し続けることで、その人の一連の行動を成功に導くことが可能となり、それがサービスとなる。デジタルが佐藤さんを包み込み、佐藤さんの成功を助ける。

常にスマホを持ち歩く時代では、佐藤さんが今何をしつつあり、どういう行動をしているところかをデータで理解することができる。佐藤さんの景色・情景がデータとして理解できるので、その一連の行動の中での困りごと、やりたいことを察知してサポートすることができれば、それがビジネスになる、ということだ。
例えば、佐藤さんが、家族との思い出をつくるために旅行に出かけたいと思ったとき、今は佐藤さん自身が宿や交通機関の手配をして、旅行して、写真をアルバムにアップするという行動となる。しかし、デジタル時代は、旅行の企画からアルバムづくりまでの一連の行動をサポートし、顧客に成功体験を持っていただく「行動支援」のサービスが実現できるのではないか、ということだ。顧客が思うゴールを一連のプラットフォーム的なビジネスとして構成すれば、新時代の新しいビジネスの形態となる、というのが藤井氏の「顧客提供価値」だ。

顧客の一連のジャーニーをサポートするという考え方は、どこか生成AIの機能に似ている。今までは、自分でググって情報を取り込み、自分でレポートを書き、自分で校正していた。しかし、生成AIにプロンプト(想い)を投げれば、調べて書いて校正するという一連の作業をサポートしてくれる。こういった、「行動支援」をサービスする企業が数多く生まれ、ミルフィーユみたいに層状に出現してくるのがデジタル時代の産業構造かもしれない、と私は勝手にイメージしてみた。
現状の産業別の企業群という考え方ではなく、ある顧客価値を実現するプラットフォーム企業、別の顧客価値を実現するプラットフォーム企業、と提供価値の数だけ企業が存在するような世界になるのかもしれない。
さて、そうなると古巣の東京海上日動は、どういう行動を支援する顧客価値プラットフォームを獲りに行くのだろうか。

2.社会課題と社会ペイン

わが社のパーパスは「社会課題の解決だ」と多くの人が判で押したように語る。しかし、「社会課題を解決するビジネス」と何回唱えても、成功するビジネスは生まれない、と藤井氏は言う。
上記の「顧客視点」の考え方と同じで、課題を遠くから眺め、「社会課題」が他人ごとになっているうちは、新規ビジネスは生まれない。社会のだれがどういう困りごとに直面しているかを感じ取り、それを解決する方策を考えることから始めることが肝要だそうだ。その困りごとを「社会課題」に対比して「社会ペイン」と言っている。

インドネシアで成功している「Gojek」という企業は、バイクの運転手を組織化し、人を運ぶタクシーであったり、買い物を代行したり、医者を連れてくる、などのサービスを実施している。これは、ジャカルタでの渋滞という「社会ペイン」をクリアする顧客向けのビジネスでありながら、運転手という雇用の開発、小売業の売り上げ促進、という「三方良し」のビジネスとなっているそうだ。

大事なのは、表面的に社会課題と唱えるのではなく、だれがどういうペインを持っているのかを具体的に感じ取る感じとること、そして、市民だけではなくいろいろな関係者や関係企業のペインも感じ取り、すべての関係者のペインが解決するビジネスを考えることがポイントのようだ。
このとき、企業側の部門が商品縦割りになっていると、こういう「三方良し」のサービスを企画することができないので、企業も顧客視点に合わせた新たな活動の仕組みを整える必要がありそうだ。

3.「顧客視点」「個客提供価値」に関心がない日本企業

藤井氏による講演は、上記の通り、大変示唆に富む素晴らしい内容だった。しかし、このプログラムに参加されたのは、主に3社だけであった。DBICメンバー企業が20社を超える割には、参加企業の少なさが気になっている。「顧客視点」に関しての関心が少ないことが心配になる。一方で、新規事業のネタが見つからない、とか、マネタイズできる事業が見つからない、とかという声を多く聞く。
会場から「万博のチケット・オンラインは、なんであんなに複雑にできるのか」というご質問が出たが、日本企業に「顧客視点」に関する関心が少ない、という「社会ペイン」が存在するようにも思われる。このペインを解決しないことには、デジタル時代は迎えられないようにも思うのだが、大丈夫なのだろうか。

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