DX(デジタルトランスフォーメーション)研究の世界的な権威であるマイケル・ウェイドIMD教授をゲストに迎えてDBICメンバー企業の経営陣が集結し、自社のデジタルビジネスのリアルな状況や課題について直接ディスカッションする貴重な機会となりました。 本レポートでは当日の内容を再構成してお伝えします。
マイケル・ウェイド(以下、ウェイド):先日、私が所属するスイスのビジネススクールIMDから、2019年の世界デジタル競争力ランキングが発表されました。
今年のトップ5は、上からアメリカ、シンガポール、スウェーデン、デンマーク、スイス。続いてオランダ、フィンランド、香港、ノルウェー、韓国までがトップ10に入ります。日本は何位だったと思いますか? 63カ国中23位でした。 このランキングの主要な指標は「知識(Knowledge)」「テクノロジー(Technology)」「未来への備え(Future readiness)」の3つです。日本のスコアはそれぞれ25、24、24でした。更に、各指標のサブカテゴリーを見てみると、項目によって大きな振れ幅があることがわかります。世界トップクラスの項目もあれば、最下位に近いものもあるのです。
ウェイド:まず日本の「知識」のサブカテゴリーを見てみましょう。「人材(Talent)」では、数学の分野において日本は世界第4位です。ところが、「デジタル/テクノロジカル スキル(Digital/Technological Skill)」だと60位。また、「国際経験(International Experience)」では63位と、ほぼ最低ランクです。これは、どれだけの日本人が海外に出て働いているか、または逆に海外の人材を日本に受け入れているかという指標です。 [gallery link="file" columns="1" size="full" ids="10256"] 次に「テクノロジー」のサブカテゴリーです。「技術環境(Technological framework)」では日本は世界2位です。携帯電話、ワイヤレスブロードバンド、インターネットなどの普及率や速度が評価されています。一方で投資や企業に関する政府の規制の程度を示す「規制環境(Regulatory framework)」は42位と低い。 [gallery link="file" columns="1" size="full" ids="10258"] 最後に「未来への備え(Future readiness)」においては、「ビジネス・アジリティ」が世界41位と低調です。せっかく、ロボット産業のシェアでは2位と健闘しているのに、企業のアジリティ、ビッグデータやアナリティクスの利用といった他の項目が63位と低すぎて足を引っ張っています。 [gallery link="file" columns="1" size="full" ids="10259"] 皆さん、この結果を見て驚きましたか? 私は驚きました。日本はトップ10には入らないだろうとは予想していましたが、ここまで低いとは想像もしませんでした。 このランキングは主に日本企業の経営者へのアンケートを主要な調査対象にしているので、もしかしたら日本人特有の謙虚さから控えめな回答が多かった可能性はあります。ただ、それを考慮しても低すぎます。
マイケル・ウェイドIMD教授 ウェイド:このプログラムの冒頭で、出席者の皆さんから一言ずつ自己紹介とコメントをいただきました。その中で、カルチャー変革の難しさ、アジリティの欠如、硬直化した中間管理職、といった共通の話題がありましたね。もしかしたらそういった問題がランキングにも現れているのかもしれません。 確かにカルチャーの変革は難しいです。ただし、可能ではあります。正確に言うと、カルチャーは勝手にどんどん変わっていきます。この場に居る経営層の皆さんの役割は、その変化を意図する方向に向けるための舵取りをすることです。 日本の経営層の皆さんとお話すると、よく「カルチャーは非常に重要だ」とおっしゃいます。表面的には良いことのように聞こえますが、結果として「社員全員が同じようにしか考えることができない」というカルチャーを生み出しています。これを変える必要があるのです。 そのためには意図的に、自社のカルチャーと合わない、新しいタイプの人を採用することも必要でしょう。そして、採用した後に、経営層がしっかりサポートして、守らなければなりません。放っておけば、新しいタイプの人材もあっという間に既存のカルチャーに染まってしまうか、諦めて辞めてしまうでしょう。
ウェイド:硬直化した中間管理職は日本だけの問題ではなく、世界中の経営層から同じ不満を聞きます。顧客と直接対峙する若手の現場は変革を望んでいる。メディアや株主と対峙する経営層も変革の重要性を理解している。それをコンクリートブロックのように拒んでいるのは中間管理職だと。 しかし、中間管理職に責任を押し付けるのは安易すぎるのではないでしょうか? 中間管理職が変革を拒む唯一の理由は、皆さんのような経営層がそれを促すようなシステムをつくってしまっているからです。皆さんの手で既存のシステムを壊し、中間管理職が進んで変革を行うような新しいシステムをつくるのが最も効果的です。
ウェイド:カルチャーを変えるためには、まず自身のカルチャーを正しく把握する必要があります。ここで、ディスラプションの影響を大きく受けて低迷していたドイツのメディア企業の事例をご紹介します。彼らは自らベンチマークした「現状のカルチャー」を左側に、右側に「変わるべき姿」をマッピングし、明確化することで変革に取り組みました。 例えば「完璧主義からスピードへ」の変革。メディアですから、一字一句間違えてはいけないという文化が根強く、リリース前に何度もチェックするプロセスがありました。これは印刷の時代には重要でしたが、今はそうやって時間を使っているうちに、他のメディアに先を越されてしまいます。 そして「ヒエラルキーからネットワークへ」の変革。これまでは、平社員が課長に話して、課長が部長に話して、という階層構造でしかコミュニケーションができませんでした。それを、組織横断型の複合チーム制に変えました。これもアジリティのために必要な変革だったわけです。 カルチャーの変革を例に出しましたが、どんなトランスフォーメーションであっても、まずは自分たちが現状どうなっているのかを徹底的に分析しなければなりません。次に、変革したい姿を定義し、そこに向かうために必要なプロジェクトやトレーニングを導入していきます。トランスフォーメーションは魔法ではありません。地道な作業を積み重ねて達成するのです。 ここからは皆さんからの質問やコメントにお答えします。
DBICメンバー企業:私はインフラ系の企業に所属しており、大規模なプラントでベテランのオペレーターが重厚長大なオペレーションを長らくやっている現場のコストダウンに取り組んでいます。 外部からカイゼンの専門家を招いたところ、最初は現場から「門外漢に何がわかるか」という反発が強く出たのですが、徐々に成果が出始めて、何十億、何百億というコストダウンにつながっていくと、現場の人間もその成功体験が面白くなって、積極的に取り組むようになりました。 先ほどの競争力ランキングで日本の国際経験やビジネス・アジリティが低かったのは、異文化を拒絶する日本のカルチャーの悪い面が出てしまった結果だと感じます。異文化を受け入れて新しい価値を生み、その成功体験をいかにして社内に拡散して広げていくか、というのが経営層にとって重要だと改めて思いました。 ウェイド:その通りです。先日、グローバルにも成功している日本の大企業を訪問し、デジタル部門の皆さんとお話する機会がありました。驚いたことに、その部門は、全員が外国人でした。日本人は他の部門から遠巻きに見ているだけで、中に入り込んでコラボレーションすることはないのです。成功している会社だったとしても、異文化との融合がいかに難しいかわかる事例でした。 もうひとつ、カイゼンについて重要な指摘があります。DXは「革新的な、未知のビジネスモデルでなければならない」と誤解されますが、これは間違いです。カイゼンこそがDXの本質です。デジタルツールを使ってプロセスをデジタル化し、ベネフィットを最大化することがDXなのです。 私がこれまで見てきた中では、短期的で小さなベネフィットを産むDXと、長期的でラディカルなDXを組み合わせるのが、最も成功率が高いです。短期的なものだけだと「そんなことは既に部門内で取り組んでいる」と言われます。長期的なものだけだと「いつまで経っても結果が出ない」と批判を受けます。DXに成功している企業は、その両方をバランスさせたポートフォリオを上手に使っています。
DBICメンバー企業:ウェイド教授の新刊「DX実行戦略」に書かれていた「組織のもつれ」を生んでいる日本企業特有の原因が複合的に存在していると感じています。本日のこのプログラムの参加者を見渡しても、私も含めて、日本人・男性・50歳以上で統一されていて、ダイバーシティやインクルージョンが進んでいません。 そういった本質的な問題を解決するために、DXは良い機会になるのではないかと思っています。 ウェイド:おっしゃる通り、複雑化が進み、予想が困難になったビジネス環境において「組織のもつれ」は深刻度を増しています。 一昨日、六本木のシスコシステムズで「DX実行戦略」出版記念イベントを開催していただいたのですが、パネルディスカッションでの鈴木和洋シスコシステムズ会長のお話が非常に興味深かったです。鈴木会長は「日本の組織はまだ本当には複雑化していない。サイロ化が進みすぎて、個別のサイロの中でそれぞれのもつれを体験しているだけだ。サイロを壊して初めて、真に複雑化したもつれの全体像が見えてくる」と言ったのです。 私は世界中の経営者と対話をしていますが、日本以外の30〜40人居る会場で「この中で生涯一社でしか働いたことがない人は?」と質問すると、ゼロか多くても1〜2人です。ところが、日本で同じ質問をすると、ほぼ全員が手を挙げます。これが直ちにネガティブなことだとは言いませんが、皆さんが直視しなければいけないサイロの原因のひとつではあります。
DBICメンバー企業:先ほどの、ドイツのメディア企業の事例にはとても共感できました。私もカルチャーを変えるための取り組みをしている当事者なのですが、そのためには数値化して、計測可能にして、評価する、というのが重要だと日々痛感しています。 それをやらないと、現場は意図しない方向に走ってしまう可能性があります。気をつけるべき点や、事例があれば教えてください。 ウェイド:ビジョンの明確化は非常に重要です。数週間前、有名なホテルチェーンと話す機会がありました。私が「御社のトランスフォーメーションのビジョンは何ですか?」と質問すると、先方は「ビジョンならとても明確にあります」と前置きした上で、「ホスピタリティの温かみに満ちた世界をつくりたい」と答えました。 たしかに美しいフレーズですが、これは計測可能でしょうか? 現場が迷ったとき、判断基準になるものでしょうか? 彼らのビジョンはファジーだし、広すぎますよね。 私は効果的な変革のビジョンについて「PRISM」と呼ばれる基準を推奨しています。「Precise (正確)」「Realistic(現実的)」「Inclusive(包括的)」「Succinct(簡潔)」「Measurable(測定可能)」の頭文字を取ったものです。 例えばシスコシステムズは「40/40/2020」というビジョンを掲げています。これは「2020年までに」「利益の40%を販売ではなくサービスからに」「利益の40%をハードウェアではなくソフトウェアからに」を意味しています。ここまで明確であれば、R&D投資のバランス、人材採用、インセンティブ、マーケティングそれぞれをどう変えていくか、自ずと判断できるようになります。これが良いビジョンです。
DBICメンバー企業:先ほど、日本の会社員は転職経験がないことがサイロ化の要因のひとつだというお話がありました。私自身、転職経験はありませんが、社内では複数の部署を経験しています。 一方で、海外の企業の人材を見ていると、たしかに転職を重ねているのですが、IT人材はITだけ、財務人材は財務だけ、という感じで職種が固定化しているように見えます。それはそれで「職種のサイロ化」ではないかとも感じました。 同じ会社の中でも複数の部署を経験することで、サイロを壊せるとお考えですか? ウェイド:多くの企業がアジャイル化のために部門横断チーム制を導入しています。職種が云々というより、チーム制であることが重要です。システム開発で使われる「DevOps」のビジネス版、つまり「BizDevOps」とでも呼んだらよいでしょうか。 DX実行のためにIT部門だけではなく、PRや人事やコンプライアンスといった異部門からも人材を入れたチームを編成するのです。彼らが親密に働き、アジャイル開発のように短い期間でスプリントを回していくというイメージです。それだけで視野がかなり広がります。 私の新著「DX実行戦略」でも、組織構造とインセンティブの両方が重要だと書きました。組織構造だけを変えて、インセンティブを変えないと、社員の働き方は変わりません。従来のインセンティブを追い続け、混乱を生むだけです。本当に変えたいならば、インセンティブも変えてください。 皆さんのような経営層は、オーケストラの指揮者のようなものです。オーケストラであれば、ひとつの楽器だけではなく、複数の楽器が同時にハーモニーを奏でるのが聞きたいですよね。とはいえ、必ずしも指揮者がすべての楽器のリーダーである必要はないのです。 経営者の役割は社員に楽器を渡し、キーを教えて、音楽のジャンルを示すことです。そこから先はジャズのように、社員がお互いの奏でる音を聞きながら、自発的に演奏していける環境を整えるのが経営者の役割です。
DBICメンバー企業:PRISMについて質問です。ビジョンを作成するときに、長期的なもの短期的なものをバランス良くポートフォリオ化するのがよいというお話がありました。その通りだと思う一方、実際に社内で議論すると「総論賛成」にはなるのですが、個別のプロジェクトについては意見が分かれてしまいます。 厳しいビジネス環境の中で、既存のビジネスを守りつつ、どうやって新しいチャレンジをするのか。シスコシステムズ様の「40/40/2020」のようにビジョンとして明確化することがとても難しいのですが、アドバイスを頂けないでしょうか? ウェイド:グーグルが掲げる有名なキーワードに「私たちは自社製品と恋に落ちないように注意しなければならない。顧客の問題と恋に落ちるのだ」というものがあります。自社製品に執着しだしたら、それは終わりの始まりです。 顧客の問題に執着していれば、成長を続けることができますが、そのためにはまず顧客が何を問題に感じているか知る必要があります。ところが、大企業ではIT、人事、財務、オペレーション、どの部門も顧客と一切対話をしていないケースが多いので、顧客の問題を知りようがありません。 ヨーロッパの歴史ある大手銀行の事例をご紹介します。彼らも皆さんと同じように縦割り組織のサイロ化に苦しんでいました。そこで、先ほど私がお話したようなIT、法務、マーケティングといった組織横断型の複合チーム制を導入して、アジャイル化し、顧客視点でのカスタマージャーニーを分析して問題を発見しようと試みました。 まず彼らのチームは大きな鉄道駅の近くにオフィスを移転しました。そこで、駅の利用者を観察したり、直接インタビューし始めたのです。もちろん、駅の利用者は自社の顧客とは限りません。具体的にテーマにしたのはデビッドカードのユーザー体験向上でした。 彼らの国では年間約100万枚のデビッドカードの紛失届けが出ているというデータがありました。とはいえ、実際にはユーザーは紛失したと思ってパニックになって届けて、それが後日、ズボンのポケットやカバンの底から見つかることもよくあります。 それまでデビッドカードの再発行に10日かかっていたのですが、インタビューしたユーザーからは「長すぎる」という声が多く聞かれました。そこで、銀行はIT部門やカードの製造工場と話し合って、再発行期間を3日に短縮しました。その日数を持って改めて駅でインタビューしてみたところ、ユーザーは「3日でも長すぎる。カードを無くしたとわかったその瞬間に、利用できなくしたい」と答えたのです。 そこでチームは根本的に視点を変えました。銀行のスマートフォンのアプリに「デビッドカードを一時停止」のボタンを追加し、それをタップするだけで停止ができて、カードが見つかったり再発行されたら「利用再開」をタップするだけに変更したのです。この場合、ユーザーの本当の問題を解決するためには、カードの再発行にかかる時間をカイゼンで短縮することではなく、全く新しいプロセスを導入することでした。 これは、オフィスに一日座っていたら見つからない視点でしょう。組織横断型の複合チームと顧客との直接対話、その両方が重要なことがわかります。
DBICメンバー企業:DXに向けたPoCまでは社内でたくさん生まれています。一方で、それをスケールして事業化することが難しいという相談を社内でよく受けます。ウェイド教授だったらそんなとき、どんなアドバイスをしますか? ウェイド:私も現場のDX担当部門から頻繁にそういった相談を受けます。彼らは結果を出すためにたいへんな努力をしていますが、成功しない主な理由のひとつは、必要なリソースを与えられていないことです。DXのために外部から専用人材を採用したり、社内の優秀な人材を選んでCTOやCDOに登用しても、経営層が単に応援するだけでは足りないのです。 ほとんどの大企業の経営層は、サイロ化した社内でどれだけDXのプロジェクトが動いているか把握できていません。DX部門が実際に調査を進めると、数百個規模でプロジェクトが動いていることがわかってきます。そして、その多くは重複しています。 そうなると、CTO/CDOは「あなたの部署のDXプロジェクトは他と重複しているのでストップしてください」と言いにいかなければならないのですが、素直に言うことを聞くわけがありません。始めることより、止めることの方がよほど難しいからです。 そこで、既に動いているプロジェクトの中から組織横断型のチーム制を取り入れて成功しつつあるところを見つけて、そこに対して予算や人員を追加して促進させる方が早く結果が出ることになります。これは一例ですが、CTO/CDOにそういった意味での本当の権限やリソースを与えるのが、経営層である皆さんの重要な役割なのです。
DBIC代表 横塚裕志 DBIC代表横塚裕志:ウェイド教授のお話を受けて、最後にDBICの立場からメンバー企業の皆さんにいくつかお願いをさせてください。 過去30年間、日本の大企業は新規ビジネスをほとんど立ち上げていないと私は思います。ですから、ビジネスを立ち上げてスケールさせるノウハウがない。社内の先輩に聞いても知らない。 そんな状況で現場や中間管理職に対して「早くスケールしろ」と迫っても、やりようがないのではないでしょうか。DBICではウェイド教授のような一流の講師を招いたプログラムを提供し、フレームワークを学べる場をつくっているので、もっと参加していただきたい。 もうひとつは、現場や中間管理職が新規ビジネスに専念する時間をつくっていただきたい。先ほどのウェイド教授のインセンティブの話にもあったように、「既存ビジネスの対前年比を達成せよ。新規ビジネスも早く立ち上げろ。両方やれ」と指示しながら、実際には給与が前者ベースで決まるのであれば、誰も後者を真剣にやりません。 皆さんのような経営層から、DX担当者に対して、本当の意味での時間、スキル、ノウハウを提供してサポートしていただければと願っています。 IMD北東アジア代表 高津尚志氏 DBIC副代表 西野弘
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