講義の冒頭、デンマークの病院で乳がんの疑いがある患者さんが検査を受けるプロセスについて説明を受けました。検査の種類も多く、複数の医師や技師が関与することから、当初は平均90日間を要していました。この状況を「デザイン思考」を使ってどのように改善したかが、講義の要点でした。 改善担当チームは、実際の患者さんに付き添って、病院の医師、技師、看護師、窓口などとのやり取りや、検査の実情などをビデオで撮影しながら観察をしました。すると、一連のプロセスの中で患者さんが一番つらいと感じているのは「自分が乳がんかどうかわからない不安な状態が90日間続く精神的ストレスだ」ということがわかりました。
そこで担当チームは、この90日をいかに短縮できるかに挑戦しました。そして、病院の中のプロセス、組織の役割、組織間のコミュニケーションなどを徹底的に可視化してデザインし直したところ、なんと3日に短縮することに成功しました。これは、画期的なイノベーションではないでしょうか。 90日という時間は病院が特定の患者さんのためにだけに必要な長さではなく、純粋にひとりあたりの患者さんにかかる時間だけを抽出すれば、実際はもっと短いであろうことは想像できます。そこに多くの組織や担当者が関係することで、結果的に90日間にまで引き延ばされていたのでしょう。 その証拠に、仕事のプロセスを「デザインし直す」ことで、期間を1/30にまで短縮してしまったのです。私が驚いた点は主にふたつ。「デザインの力のすごさ」と、「リーダーの辣腕(らつわん)」です。
まず「デザインの力のすごさ」から説明します。前述したように、病院内のプロセスを「病院ファースト」から「患者ファースト」にデザインし直すことで、診察結果が出るまでの時間を1/30に短縮することができました。 そのためには、医師や技師、看護師、事務方の論理でつくられたプロセスを、すべての固定観念を捨てて患者のためだけにデザインしたそうです。固定観念を捨ててデザインし直すとイノベーションが起きるということに改めて衝撃を受けました。 私は、損害保険会社の出身ですが、自動車事故に関わる保険金の支払期間は事故発生から30日以上が平均だったと記憶しています。もしかしたら、事故調査から保険支払いまでのプロセスについても、同じように「契約者ファースト」でデザインし直せば大幅に短縮できるのかもしれないな、と思いを馳せました。 他の業界で既存ビジネスを担当している皆さんも、「デザイン思考」を使ったり、固定観念を捨てたデザインの考え方を学ぶことが、イノベーションにつながるのを広く知っていただきたいです。
もうひとつの「リーダーの辣腕」について。プロセスの改革はあたり前のように抵抗勢力の強力な反発が起きます。現状調査をするだけでも、「私たちの聖域に入ってくるな」という反発があることは容易に想像できます。 反発を回避しながらむしろ改革の味方にしていくには、リーダーの辣腕が不可欠でしょう。この病院の事例では、調査過程で患者さんを撮影した映像を多くの関係者に見せることがその反発を抑える大きな効果を発揮したと、ベイソンCEOは語っていました。患者さんの生の姿のアピールが関係者全員の心を揺さぶったのでしょう。 2020年2月に、DDCのベイソンCEOによるプログラムをDBICで開催する準備をしています。ぜひ、多くの方々にデザインの力を感じていただきたいと思っています。
他のDBIC活動
他のDBICコラム
他のDBICケーススタディ
一覧へ戻る
一覧へ戻る
一覧へ戻る