2020年12月10日(木)、DBICでは企業変革実践シリーズの第6回オンラインセミナーを開催しました。講演テーマは、「富士通のジョブ型を中心とした人事制度のフルモデルチェンジ」。講師は、富士通執行役員常務 総務・人事本部長の平松浩樹さんです。平松さんは富士通入社以来、一貫して人事畑で活躍。人事部の前半20年間は、営業・マーケティングなどの現場に張り付いた人事、後半の10年間は本社機構のグローバルコーポレート部門の人事などを経験され、現在は「DX企業への変革を目指す」富士通にあって、人事面からも様々な制度・仕組みを変えていく必要があると提唱し、同社独自のジョブ型人材制度改革を推進中です。今回は、その実体験の中での苦労話をはじめ、ジョブ型人材制度導入による成果や新しく始めたオンデマンド型の教育・研修などについて語ってもらいました。
本レポートでは講演内容を再構成してお伝えします。
平松浩樹さん :こんにちは、富士通の平松です。今日は、フルモデルチェンジした富士通の人事制度についてお話ししたいと思います。その前に私の簡単な経歴をお話しします。1989年、平成元年に富士通に入社しました。入社して以来、ずっと人事畑を歩んでおり、通算で約30年になります。前半の20年間はマーケティング本部やプロダクト事業推進本部など現場に近いところでの人事をやっていました。後半は本社機構の人事部門で人事制度の企画やグローバルコーポレートの人事などを担当していました。富士通は1993年に成果主義、いわゆる目標管理制度を日本企業の中では比較的早く導入しました。ただ、年功序列から思い切って成果主義に舵を切ったこともあり、目指す方向や狙いは良かったのですが、なかなか現場の理解を得られずに運用が形式的になってしまった経緯があります。
その後ですが、富士通がグローバル化をどんどん進めていくぞという時代を迎えました。グローバルマトリクス体制に移行していくぞと当時の社長が宣言したわけですが、グローバル経営を目指すのであれば、グローバル共通の人事の仕組みが必要であろうと。そこで、エクゼクティブから上級幹部社員以上の層に対しては、グローバル共通の職責の格付け、ジョブグレーディングの仕組みを導入しようとしました。ところが、これにはいろいろな部署で反発がありました。「いつかは必要だと思うけれど、何故今やらなければならないのか」や、「グローバル企業を目指すからと言って、グローバルな人事制度を導入するのはあまりにも短絡的なのではないか」などいろいろなことを言われて、これは強行しても無理だなと判断しました。
そうした風土の中、今回は何で思い切ってやれたのかですが、昨年(2019年)の6月に社長が交代して現社長の時田になりました。その時田が人事制度改革に対して、全面的にサポートしてくれたのが今回の改革の最大の成功要因だと言えます。ここまでがイントロです。
富士通ですが、もともとはデバイスや携帯電話、それにサーバーやスーパーコンピューターまで幅広い事業を展開していたのですが、徐々に「テクノロジーソリューション」という領域、具体的には、ソリューションSI、インフラサービス、システムプロダクト、ネットワークプロダクト、これをコア事業と位置付けて、LSIや電子部品、パソコンなどは現在ノンコア事業になっています。
今、富士通単体の人員は3万2,600人、うち約半分の1万7,300人がSE職です。国内グループ会社で約8万人、グローバル全体では13万人の規模になっています。
ところで、時田は社長に代わる前段階から、「富士通はIT企業からDX企業に変わる」と言い続けていました。時田が社長になる株主総会の前ですが、急に自室に呼ばれました。1時間以上ゆっくり話をすることができたのですが、時田からは「富士通がDX企業に変わるには、今までの延長線上ではなく、カルチャーそのものも変えなければならない。そのためには外部の人材を積極採用するし、今いる人材には相当な覚悟をもって意識を変えてもらわなければならないだろう。それには人事制度改革が重要な要素になってくる」と言われました。それも「長い時間をかけてやるものではなく、スピード感を持ってやらなければ実現できない」と。時田は社長になる前の2年間、イギリスに居て、まさにグローバルスタンダートのジョブ型マネジメントでやっていました。それで、なぜ日本とそれ以外の地域で、2つの人事制度が運用されているのだと問われたので、過去の成果主義への移行時の苦労話などを説明しました。もともと、時田に言われたことは人事担当としてずっと考えてきたことだと。是非、やらせて下さいと懇願した次第です。
そうして、制度改革をやる時には、スピード感と全体的な整合性を重視して、本当に大事なところに絞って改革を進めよう。ガイドラインや細則などはアジャイル型で行こう。やっていく上で現場からいろいろな声を聴きながら、徐々に良いものにしていくというやり方でやっていこうということになったわけです。
時田が変革を進めていく上で言ったことは、まず、「パーパスから見直す」でした。それでわたしたちのパーパスは、「イノベーションによって社会に信頼をもたらし、世界をより持続可能にしていくことです」と表明しました。このパーパスを実現するために取り組むべき7つの課題も決めました。それが価値創造分野では、1)グローバルビジネス戦略の再構築 2)日本国内での課題解決力強化 3)お客様事業の一層の安定化に貢献 4)お客様のDXベストパートナーへ 自らの変革としては、1)データドリブン経営強化 2)DX人材への進化・生産性の向上 3)全員参加型、エコシステム型のDX推進――という課題です。
この課題を解決するために人事も変革していくという見せ方ができたのは大きなポイントだと思っています。人事改革と同じくらいのペースで進めているのが社内DX推進プロジェクトの「フジトラ」です。富士通トランスフォーメーションの略ですけれど、このプロジェクトのリーダーが元SAPジャパン社長の福田譲さんで、2020年3月末に同社を退社し、同年4月に富士通に入社。早速、このプロジェクトのリーダーに就任するという早業でした。彼がこのDXプロジェクトを立ち上げて、今も強力に推進してくれています。
各部門から1人DXオフィサー、全部で15人いますが、彼らをコアメンバーとして社内のビジネスプロセスやシステムやカルチャーなど、富士通がDX企業になるために何を変えるべきかの課題をどんどん集めています。さらにVOICEプロジェクトというのがあって、ここでは社員やお客さまの声を積極的に聞きまわっています。それをデータ分析して制度改革のためにフィードバックしています。
さきほど、成果主義を導入する時にうまくいかなかった話しをしました。その時に、日本型の年功序列は限界を迎えるとか、グローバルスタンダードでなければダメだと否定から入っていく言い方をしていたのですが、「何のために」というところが欠けていました。それが大きな反省点です。だから腹落ちしていなかったのだなと。それで今回は、DX企業になるために変わるのだというパーパスの定義からスタートできたので、社内外に発信する時に常にここを起点に話すようにしています。
その中でお話ししているのが、「ありたい姿を実現するために」なのですが、それには、1)全ての社員が魅力的な仕事に挑戦 2)多様・多才な人材がグローバルに協働 3)全ての社員が常に学び成長し続ける――ことが必要で、グローバル・グループワイドな人事基盤がそれを支えていくという仕組みです。
さきほど、DX企業への変革を進めるにあたってスピード感と全体的な整合性が必要だというお話しをしました。今、触れた、ありたい姿を実現するためには部分的な制度の見直しではダメだろうということで、「ジョブ型人材マネジメントのフルモデルチェンジ」において4つの柱を掲げました。その1つは、「チャレンジを後押しするジョブ型報酬制度」です。ジョブ型というとどうしてもジョブディスクリプションを精緻に書いて、責任を明確にするのだと、それに合わせて報酬を払うのだというところにフォーカスされがちです。今回の制度改革では、社員が常に上のレベルのジョブに挑戦する、そして人事制度は社員のチャレンジを促すものにしたかったのです。そのチャレンジも自ら手を挙げるのですよという風にしたかった。従来のような評価は上司がする、自分の昇進や異動も上司が握っているのだというサラリーマン的なマインドではなくて、一人ひとりが自分で挑戦をして、より難易度が高い仕事を掴みにいって、そこには相応な報酬が用意されている。それを目指すために自分で勉強するというプロ意識を持ってもらうということを考えてやりました。そのために、1)職責ベースの報酬体系 2)高度専門職系人材処遇制度 3)評価制度見直し――を実施しました。
次にご説明する柱は、事業部門起点の人材リソースマネジメントです。これは成果主義の時の反省からですが、当時は現場の幹部社員が成果主義をきちんと理解して運用できるようになっていなかった。そのため、人事が現場に対してリソースを渡したり、昇格の枠を渡したり、人事がかなりコントロールしないと運用出来ないという発想があったのです。それだと、現場のやる気が失せたり、主体性がなくなると思ったので、今回はなるべく現場に権限移譲しようとしたのがこれです。そのために、1)人員計画の見直し2)ポストオフやダウングレードの実施3)ポスティングの大幅拡大――を図りました。
富士通の従来の報酬体系は、資格・職能という切り口で幹部社員区分というのがあり、幹部社員は下からM、GM、GPという3段階に分かれていました。ざっくり言うとMが課長・部長クラスで、GMが統括部長クラス、GPが本部長くらいのイメージです。役職と完全にリンクしているわけではなく、あくまでも人に資格を付与する形です。
今回はこれを職責ベースの報酬体系に移行させました。格付けは、下は11から15、その上はVPとSVPまで7段階の職責レベルがあります。これに伴って、2020年の4月1日に国内1万5,000人の幹部社員を一気に職能ベースからこの職責ベースに切り替えました。当然、人ではなくて職責を格付けしたわけですが、それで報酬についてはレンジを設けずにレベル別の定額制にしました。
ご想像の通り、若くして課長や統括部長になっている人は報酬が上がるし、年齢が高く、ずっと同じ課長のままという人は報酬が下がります。
この報酬体系の変革と同時に宣言したのが、ポスティング制度の大幅な見直しです。今のポストで報酬が下がった人はこのポスティング制度を利用して下さいと。自分の強みが活かせるポジションに移籍し、頑張れば報酬も上がりますと表明しました。
もう1つ、セットで行ったのが「役職離任」。いわゆる役職定年の運用の見直しです。従来は幹部社員の区分ごとに、役職離任年齢を設けていました。このジョブ型に移行するタイミングで年齢による役職離任は廃止しました。同時に、年齢に関係なくポストオフする制度も導入しました。ポストオフをすれば、そのポスト、椅子が1つ空きますので、他の人が昇進できるという仕組みに変えました。
次は、何故、ジョブ型かという話しです。その中の大きな理由をご説明します。
これまで日本は終身雇用であり、新卒一括採用だったこともあり、簡単に解雇できません。なので、今いる人を最大限教育したり、ローテーションしたりして対応していくというのが一般的でした。どういう問題があったかというと、中期計画や年間目標をつくる時に今いる人材を前提にして、そのリソースでやれるビジネスプランをつくることになっているわけです。本来はマーケットを見ながら、どれくらいのビジネスをやるのかという戦略があって、それを実現するために外部人材を積極採用する、必要であればM&Aをやりますというのが本来あるべきです。そういう風に戦略から落とし込んでいって人材マネジメントを考える、ポジションを考えるのというのが正しい姿なので、それをこれからやっていきましょうというのが今の富士通です。人事の機能もHRビジネスパートナーと位置づけ、人材マネジメントができるように職場と一緒に考えるという役割をアサインしています。
先ほど4月に1万5,000人の幹部社員にジョブの格付けをしたと言いましたが、ジョブディスクリプションについては今、作成中です。実はここに、もの凄い時間がかかるのだろうなと思っています。そもそも、日本以外は当たり前のようにジョブディスクリプションがあるのですが、日本では必要なかったわけです。ないところに白紙で1万5,000人分のジョブディスクリプションをつくれといっても、とんでもない時間と労力、それにバラバラのものができて、つくったのは良いけれどメンテナンスはどうするのだろう、何に使うのかなど、きっと混乱の極みだろうなと思っています。
日本人は、仕事の中身については皆の頭の中にはありますよね。なので、慌ててやる必要はないよねと。やるなら、効果的なものをちゃんと考えてつくろうと思っています。
ジョブディスクリプションには2つの問題点があると良く言われます。こんな変化の激しい時代にジョブディスクリプションを作ったとしても直ぐに見直しになると。結局、見直しが面倒くさくなって、使えないものになるのではないか。
また、ジョブディスクリプションを書いてしまうと、そこに書いたことしかやらなくなってしまってチームワークが発揮できなくなるのではないかと良く言われます。
そういうこともイメージしながら、今どうしているのかと言いますと、まずジョブディスクリプションを一人ひとり書くのですが、かなりの部分は共通的な記述になるのだろうなと思っています。いわゆるロールレベル、例えばアカウント営業職、マーケティング職みたいなロールのレベルと職責のレベル、この縦横でまず雛型を作ります。これを富士通の「ロールプロファイル」と言います。これを共通データとして、例えば、ソリューションというロールのレベルやそれに具体的な職責、具体的な担当マーケット、提供するサービス、必要な専門知識などを記述したものがジョブディスクリプションになります。
このロールプロファイル自体は全社にオープンにしようと思っていて、そうすると若手も次のステージを目指す時にどんなスキルを身に付ければ良いかが分かります。
ジョブディスクリプションについては、ポスティングを考える時の次のジョブの内容が分かるし、外部から採用する時も説明がしやすいと思っています。
現場への権限移譲ですが、これまで人員計画については、毎年1月から2月にかけて、富士通グループの国内で新卒採用何人、中途採用何人やりますというのを公表して、それを各本部にほぼほぼ均等に割り振っていました。もちろん伸びるところには若干多めに配置しますが、基本的には労務構成を維持する上で、ある程度均等に配置しなければというルールもあって公平に配分していました。
今回これを大幅に見直して、中期計画を立てる時に、1年後、2年後、3年後にはどのくらいの人数でこのビジネスをやるのだという人員計画も一緒につくってもらうことにしました。当然、人件費もビジネスプランの中に織り込んでもらいます。本部長の申告だけでなく、全社の申告を並べて議論するようにします。人を増やせば、ビジネスが伸びるのだったら、もっと増やしたらどうか、逆にビジネスが伸びない見通しなら、今の人数でやる意味がないだろうといった議論になります。
ポスティングはこれまでも社内募集という名前で存在していたのですが、非常に限定的な範囲でやっていました。というのも過去に社内募集をスタートした時には割と大々的にやったのですが、人を抜かれた方の組織から猛烈なクレームが来るわけです。なので、これもかなり覚悟を決めて全社的にコンセンサスを得てやらないといけないなと。したがって、ジョブ型を推進していくためには、このポスティング制度も積極的にやらないと効果が発揮できないということを社長のサポートも得て大々的にやる方向で進めています。
これまでは組織が業務都合や本人の成長、年齢などを考えて、配置転換やローテーションを計画し実行していたのですが、今後は、本人が実現したキャリアプランを自律的に考え、このポスティングで異動申請や幹部社員への昇格を目指してもらう環境に変革しようとしています。
これには2つ意味がありまして、1つは自分でより上のグレードの仕事にチャレンジをするということを促したかったことです。もう1つ大きいのは上司と部下の関係、もしくは会社と社員の関係を対等な関係でお互いに緊張感を持ってコミュニケーションするように変えないといけないと思っていたからです。
自分が目指すポジションやキャリアが多様化してくると、学ぶべきことが多様になってくるし、意識が高くチャレンジ精神が旺盛な人は若くしてどんどん昇進していくと思っています。そうするとオンデマンド型な学び方でないとダメだろうなと思い、新しい学びの場として「FUJITSU Learning EXperience」というサイトを立ち上げました。
その中で、Udemy(ユーデミィ)という世界最大の学習動画コンテンツを全社員が無料で学べるようにしました。これはスマホでも勉強できるものです。それから大前研一さんがやっているBBT(ビジネス・ブレークスルー)やその他の有料コンテンツ等も見られるようにしています。何を勉強したのかという履歴も本人と上司が確認できる仕組みです。
また、社内の多様な人材が自身の経験やナレッジを伝える場として「Edge Talk」というものがあります。これは富士通版TEDと呼んでいるもので、社内の人に15分くらいのプレゼンテーションをしてもらうものです。例えば、スパコンで世界一になった富岳の開発リーダーに開発に至るまでの苦労話を語ってもらったり、社内功績賞の代表受賞者に話してもらったり、富士通社員でオリンピック出場経験のある選手にどのようにセルフマネジメントしているのかを紹介してもらうなど多くの動画があります。
もう1つ、ジョブ型を推進するにあたって、もっとコミュニケーションの質を上げなければと思い、月に1回の上司と部下による1on1ミーティングを導入しています。これは社長から新入社員まですべてのレイヤーで、今はコロナ禍なのでオンライン開催してもらっています。スタートして3か月くらいで従業員にアンケートを取ったのですが、8割くらいの人は満足の回答をくれました。
今回、ジョブ型人材マネジメントを導入したことで、本部長が主体的に考えることが増えてきています。それは、ビジネス戦略を実現できる組織にするためのリソースマネジメントで、キャリア採用新任幹部社員の登用など人事に関する仕事が増えているからです。
最後になりますが、ジョブ型人事制度というのはあくまでも手段です。適材適所ではなく適所適材、ダイバーシティの向上、エンゲージメントの向上、組織風土改革などを行うことが目的です。それで不具合があるのでしたらどんどん言って下さいと社内にお願いしています。
ジョブ型の人事制度で目指しているのは、社員が自律的に仕事をし、自律的にキャリアを形成していく、そのためには会社や上司は社員を信頼する、その信頼関係は質の良いコミュニケーションをしっかりやってはじめて成り立つものである。「自律」と「信頼」を制度の中にも埋め込んでいく。そうした言い方を繰り返しています。
以上です。ご清聴ありがとうございました。
【平松 浩樹氏】
富士通株式会社 執行役員常務 総務・人事本部長
1989年 富士通株式会社に入社、主に営業部門やプロダクト部門などのビジネスパートナー人事を担当。2009年より、役員人事の担当部長として、指名報酬委員会の立上げに参画。
2015年より営業部門の人事部長として、営業部門の働き方改革を推進。2018年より人事本部人事部長、2020年より現職。Job型人事制度、ニューノーマル時代の働き方・オフィス改革に取り組んでいる。
以上
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