前回のコラムで、ヒント1を書いた。
その前提は、20世紀には企業が持つ強みを生かすというサプライサイドからのアプローチで事足りていたが、モノがあふれている21世紀の新しい時代はそのアプローチは通用しなくなった。また、顧客に焦点を当てて顧客が持つ真の課題を見つけることが大きなポイントで、それがなかなか難しい、というものだ。
今回の提案は、本業のサービスをご購入いただいているお客様を対象に、そのサービスの前後のタイミングを改めて見直して、他にもお客様が困っていることがあるのではないか、という視点で観察してみてはいかがでしょうか、というものだ。
まずは、デンマークデザインセンター(DDC)が行ったフィンランドの病院の病院改革の事例をご紹介する。
乳がんの患者を対象に、最初に乳がんの不安を感じたところから、病院で検査を受けて乳がんを確認し、治療を受けるまでの数か月を観察して、患者が真に困っている課題を探求した、というプロジェクトだ。
一言で「観察」といってもただ傍観しているのではない。いろいろなタイミングで本人へインタビューして胸の内を聞いてみたり、ご家族にインタビューしたり、映像を撮影したり、徹底して「観察」する。結果、患者が一番困っていることは、「乳がんかどうかの検査結果がわかるまで3か月もかかることのストレス」であることが分かった。そこで、病院側のプロセス改革を行って、3か月を3日に縮める改革を実現して、大きな成功に導いたというものだ。
もう一つは保険会社の事例だ。就業中にケガをした人に対して、保険会社はご本人が加入している保険内容に沿って保険金を支払ったが、その人がそのケガに関して、当該保険会社との関係以外にどのような経験をしているかを追跡調査してみた。すると、自治体とか国の機関とかへの手続きのために膨大な紙の資料の作成で、とても大きなストレスを感じていることが分かった。そこで、保険会社は自社が持っている情報でそうした書類作成を代替することによりお客様の困りごとを解消することができた、という事例だ。まさに、本業のサービスの周辺を観察してみると、まだまだお客様が感じている課題、ストレスは多くあるという事実を見つけることができた例だ。
二つの事例ともに、お客様の困りごとが「ストレス」だということにも着目したい。自動車保険の事故時のサービスでも、事故処理という大変ストレスがかかる処理を保険会社が代替してくれるというサービスがあるが、保険金がいただけるというサービスとともに、大きな価値を提供しているように思われる。
DXは、本来、全社の屋台骨である事業の「顧客価値(顧客に提供するバリュー)」の変革から始まる。したがって、本業サービス周辺を改めて「顧客の経験」という視点で観察し直すことに、大きな可能性がある。特に、20世紀の商品はモノ・現金を対象としていることが多いので、21世紀型の「意味」や「価値」という精神的な視点であらためて顧客が抱える課題を深堀してみると、今まで見過ごしてきた隠れた事実に遭遇するかもしれない。上記の事例で言う「ストレス」などの課題は今日的かもしれない。例えば、保険会社の火災保険では洪水での家屋の損害がカバーされるが、加えて、快適な避難スペースが提供されたり、年配者のスムーズな避難をサポートできたりすれば、新しい価値提供につながるかもしれない。
本業の顧客体験を観察する仕事は実はとても難しい。なぜなら、今までの固定概念がどうしても邪魔するからである。そのプロセスは既存のチャネルの利益を奪うことになるとか、そのプロセスは社員を大きく減らしてしまうことになるとか、そのプロセスは当局から規制されているとか、長い本業の経験が偏った認知バイアスを知らぬ間にかけてしまうからだ。DDCも、この点から二つの注意点を強調している。
(1)固定概念を持たない人(UNLOCKされた社員、デザイナー、生活者、マイノリティを含んだチーム)が、観察する必要がある。
(2)観察した映像や音声、などを記録しておく必要がある。社内を説得するときに、証拠となる映像が一番役に立つ。
6月10日に開催した企業変革実践シリーズのゲストの澤田智洋さんが主張されている「マイノリティデザイン」という考え方もご紹介したい。マイノリティと思える一人の方に心底寄り添ってその方の困りごとを感じその解決策を模索していると、新しいサービスにたどり着き、それが意外と大きなマーケットを持っているという事実が多く示された。私も、東京海上とは絶対契約しないという「東京海上マイノリティ」の方を探して、じっくりそのお気持ちを伺いたいという意欲がわいてきた。
本業のカスタマージャーニーを改めて作成しながら、顧客の本音を観察することが、DXの基本中の基本かもしれない。
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