大企業でのDX、特にコーポレート・トランスフォーメーションについては多くの企業で苦闘が続いている。組織や企業カルチャーをもっと自由で活気あるものに変革していく必要があるのかどうか。そのためには、社内での出世競争を軸とした人事制度のままでいいものかどうか。悩みは深い。現行ビジネスを継続していくだけなら、何も変革する必要性を感じないが、一方で、10年というスパンで見ると栄光は続かないリスクがあることにも気がついている。そして、それをブレークスルーできるカギは人財の有りようにあることにも気がつき始めている。
ESG投資の指標でも人財アセットの指標が大きくクローズアップされてきており、世界的に、無形資産である人財アセットの質が企業の将来を左右するという認識で一致している。
では、21世紀のVUCA時代に必要とされる人財の質とは何だろうか。
日本企業が持つ人財に関する課題認識に決定的に不足し、また、日本人の能力においても決定的に不足している要素がある。それが、「自立性・自律性」である。自分は何がやりたいのか、人生を賭けて何をしようとするのか、何のために生きようとしているのか、という個人の想いが不足している。典型的な例が、米国のビジネススクールで日本企業から派遣された方々のコメントだ。「日本人以外はやりたいものがあって勉強に来ているが、日本人だけは勉強した後は会社に戻って偉くなる、くらいしか考えていない。その違いに驚いた」と。DBICでも、メンバー企業の方の発言が「うちの会社では・・・」というもので、主語を自分にした発言がほとんどないことに気がつく。
20世紀の株主利益資本主義では、会社組織は軍隊のようなピラミッド型の組織として構成し、上意下達の一糸乱れぬ統制を利かせた形態が合理的であった。滅私奉公が美徳であり、あまり自分を表に出す人は嫌われる傾向にあった。
しかし、新しい時代ではそのような感覚では創造性は生まれないし、お客様の感性に寄り添うこともできないなど、マイナス要素が大きいと認識され始めている。
「ダイバーシティ」が強く叫ばれるようになったが、その基本は「個人の想い」を尊重することにあり、「自由な個人の想い」がイノベーションを育むという考え方に基づくものだ。新しい価値を生む企業になるためには、個人の想いを自由に発言する企業文化を醸成する経営が求められるし、想いを持つ自立した個人が求められる。
人財育成では定評がある米国のGE(ゼネラル・エレクトリック)は、育成の基本方針を「Know Yourself」に置いている。元々、自立性が高い人が多い国の企業でさえも、育成の基本を「自立」に置いていることにその重要性を感じる。幹部育成でも「あなたは10年後のGEをどうしたいのか」という問いがすべてだと聞いたことがある。自分はどうしたいのか、を常に考え、発信する力を養うことがリーダーシップの基本で、個人が個として強くなることがチームを強くし、創造性を養い、挑戦を推進し、失敗を許容する、という思想だ。しかし、日本では「自立」に着目した育成の議論を聞いたことがない。自分を前面に出すとチームワークを乱しかねないという考え方なのかもしれないが、極めて大事なことが決定的に欠落しているのは問題だと思う。
DXの議論でも、政府・民間を問わず、データ活用とか、AI、5Gなどの手段の議論ばかりが目立ち、肝心の「何がしたいのか」「目的は何か」が出てこない。まさに、日本人の「やりたいことがない症候群」がはっきりと症状として表れてしまっている。
日本の大企業がまずは着手すべき人財戦略は、自立した社員を育成することだと思う。そのためのトレーニングを開始すべきだと思う。DBICも数年前から「Discover Myself」という考え方に基づいて「トランスパーソナル・プログラム」を始め、その延長線上に企業内イノベーター育成のプログラム「DX Quest」を用意している。この「自立」が人財のすべての要素のベースになる大事な資質だと認識している。ただ、注意すべきは、トレーニングを受ければ誰でも自立するかというとそうはならない、ということだ。したがって、研修を受けている個人をしっかり観察し、個人別にコーチングしていくことが必要であり、かなり難しい研修になる。
日本の大企業は、偏差値が高い大学から採用した社員ばかりで運営しているので、「自社の社員にできないことはない」という「錯覚」に陥っている。山口周氏の著書「ニュータイプの時代」にあるように、偏差値が高く正解を出すことが得意な人の価値はなくなり、「問題を発見できる人」が価値を持つ時代が来ている。問題が発見できる「自立性・自律性」を持った社員が社内にはほとんどいないという認識を持ち、新しい人財を発掘・育成していく人事イノベーションに挑戦することが必要だ。
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