【レポート】企業変革実践シリーズ第13回「人の未来をすべて背負える覚悟のある人だけがイノベーションの先にある世界へ踏み出せる」

2021年9月9日(木)、DBICでは企業変革実践シリーズ第13回として「人の未来をすべて背負える覚悟のある人だけがイノベーションの先にある世界へ踏み出せる」をオンラインで開催しました。今回の講師は、自称"おとなベンチャー"で「人間中心設計」を事業の核に据える株式会社シェアメディカルの峯啓真社長。聴診器というものを200年ぶりにアップグレードした峯さん。彼の信条は、「目の前の人を助けられなければ、また自分自身が楽しくなければお客さんにも響かない」というもの。峯さんからは主力商品のオンライン聴診器の開発をはじめ、その応用例など幅広い分野のお話しを頂きました。

峯さんの人生の転換点は、東日本大震災時に体験したITインフラの喪失だったと言います。それまでの峯さんは原理主義者と呼べるほどの医療IT推進者で、それこそ、電子カルテも使えないようなITリテラシーの低い医師らはとっとと引退せよと主張していたそうです。斬新な医療アプリを開発し、iOS向けで人気上位を記録、いけいけの時期だったことも影響していたようです。ところが東日本大震災を境に、「それまで培ってきたキャリアや考え方が自身の中で崩壊しました。人気アプリを作っても携帯が使えなくなっては何の意味もなさない」。それこそ、基地局を失うということはまったくの想定外の出来事で、携帯電話は元より、被災地にある医療IT機器は冠水し、1日にして無力化した。医療のIT化を進めてきた峯さんにとってすべてのキャリアを否定され、自分は何をやっていたのだろうと感じたそうです。

そんな中、福島県相馬市で出会ったドクターの行動が峯さんの荒んだ心に火を灯します。老練なドクターが泥だらけのカルテを水で洗って、ガラス窓に貼り付け、「これで、診察が再開できる」とつぶやく姿、彼から発せられた強い言葉、医師としての使命感に心を打たれたそうです。それでも、3か月以上は仕事が手につかない精神状況が続き、人生観についての自問自答の日々。天啓を得たのは、「それまでの自分は"人"を見ていなかった。制度やITツールにしか興味がなかった。これからは救う人を、そして社会を助ける仕事をしなければならない」と思えるようになったことだったそうです。

その後、勤務先ではBCP(事業継続計画)に応じた様々なIT機器やアプリ開発にシフト。基地局がなくなってもスタンドアローンで動くアプリの開発や医療従事者の立場に立った開発姿勢への転換、先生たちがどういう気持ちで仕事をしているのか、何に悲しんで、何に苦しんでいるのか、それらを理解するために人との関わりをより一層広げていったそうです。

そうして、勤務先の社長を説得し、2014年9月にシェアメディカルを創業。同社の行動原則として「人間中心設計」を据え、翌15年に医療者用コミュニケーションツール「メディライン」をリリース、その後、聴診音のデジタル転送を可能にするデジタル聴診デバイス「ネクステート」の開発に至ったとのこと。これは小児科の先生と学校検診の話しをしていて、1日に100人以上の児童を診察すると聴診器で耳が痛くなるという話しを聞き、これを峯さんは医師が抱える問題と捉え、解決に乗り出していったそうです。聴診音をデジタル化し転送できるようにする。そうすれば、オンライン診療で問診のみならず聴診も可能になるだろう。ここでは、あくまでも何も足さない、何も引かないということを基本のコンセプトにした。今、使用している医師の聴診器の品質をそのままにワイヤレス化することに徹し、音響機器メーカーの協力も得ながら、ノイズキャンセリング技術なども付け加えていったそうです。

ただし、簡単に出来ると思っていた当初の考えは甚だ甘く、実際の開発は難航を極めたそうです。ピンマイクを突っ込んだだけでは音を拾ってくれない。それで体の中の音というのは何Hz帯で体外に出てくるのかなどに的を絞って実験を重ねた結果、聴診器で聞いているのが10Hzから700Hzの間であることが分かってきたとのこと。多くの医師はこの範囲の音を1回聴いただけで、体の状態を聴き分けて、必要な音を頭の中でフィルタリングする能力を身につけている。ちなみに、一般的なビデオ会議システムは50Hzから14.4kHzで音を伝えており、生体音をビデオ会議システムで拾おうとすると2秒くらいで音が小さくなってしまう。700Hzまでの低く弱い音はちょうどエアコンの空調の音と同じ外来ノイズの扱いとしてフィルタリングされてしまうのだそうです。

峯さんは、そうした試行錯誤を経た結果、デジタル聴診デバイスとして「ネクステート」を開発し、その後、NTTスマートコネクト社と共同でDtoP with N型(遠隔地の医師と患者をオンラインでつなぎ、患者の側に看護師がいてケアできる形態)のオンライン診療・遠隔聴診プラットフォーム「ネクステート・シナプス」の開発にも取り組んで裾野を広げています。このうち、オンライン診療事業での導入例としては、成田空港検疫所、電力会社などがあり、AI・ヘルスケアデータの拡充については地方自治体などと連携し聴診音以外の様々な検査データの集約に取り組んでいるとのこと。このネクステートの発売は2019年12月からでしたが、折からのコロナ禍で医療従事者も非接触ツールとしても関心が高まっているそうです。

ネクステートの国内の導入事例では地方自治体との取り組みについての説明を頂きました。 長野県伊那市のモバイルクリニックの事例では実際に医師がモバイルで聴診している動画が披露されました。しっかりと聴こえる遠隔からの心音に感銘している医師の姿が分かるものでした。この事例は、NTTの子会社とソフトバンクの子会社が共同開発したもので、社会課題解決のためなら競合会社同士も手を組むべきと仲人役を買って出た結果だそうです。
次の豊田地域医療センターでは、患者に聴診器を持ってもらって医師は遠隔から聴診しているケースが紹介されました。岐阜総合医療センターの事例は新型コロナの重症者病棟における診療でネクステートを使ってスピーカー聴診を行っているもの。遠隔診療でのメリットだけでなく、同じフロアにいる医師たちが同時に生体音を聴けるため、自然とディスカッションがなされたことの意義は大きいと期待が高まっているとのことでした。
滋賀県近江八幡では、小児科の日常診療で活用しており、スピーカーとヘッドホンを使い分け、お子さんの呼吸音などを親御さんに聴かせることでアドヒアランスの向上に役立てているそうです。
法律で義務付けられている学校検診には聴診に不慣れな分野の医師が起用されることが少なくないのですが、峯さんからは整形外科医がネクステートを使うことによって、女子中学生が体操着を着た姿で効率良く聴診している事例も紹介されました。医療分野だけでなく、工業製品製造や食品、非破壊検査などの分野にも広がりをみせているネクステートの活躍が今後、楽しみです。

<ネクステートご紹介>

200年ぶりに聴診器が超進化。
1日に100人以上の児童を診察すると聴診器で耳が痛くなるという話しをきっかけに生まれました。
コロナ禍で非接触診療ツールとして注目され、遠隔診療だけでなく複数人が同時に生体音を聞くことでディスカッションが現場で起こったり、アドヒアランスの向上に役立ったり、活躍の分野は広がりを見せ、大きな可能性を秘めています。
WEBサイト:https://www.nexstetho.com/

【スピーカーご紹介】

峯 啓真(みね よしまさ)氏
株式会社シェアメディカル代表取締役CEO
2006年、株式会社QLifeの創業メンバーとして口コミ病院検索QLifeを始めとした同社のWebサービスの立ち上げに参画。
『収益を生む制作チーム』をコンセプトとして、医療ビジネスを多く立ち上げる。
2008年iPhone上陸と同時にスマートフォンの医療分野での親和性をいち早く見いだし、添付文書Pro、医療ボードProなど医療アプリの事業化に成功。
より臨床現場に近い医療サービス企画を目指し2014年、株式会社シェアメディカル創業。
2019年、画期的なデジタル聴診デバイス「ネクステート」を開発。さらに遠隔聴診システムの特許を取得し、映像だけではなく聴診音を加えることで遠隔診療での医師の診断精度を上げる試みを行っている。

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