2022年2月25日(金)、DBICでは企業変革実践シリーズ第17回として「世界と日本のカーボンニュートラル」と題し事業を構造的に変えるカーボンニュートラルの潮流についてのセミナーをオンラインで開催しました。講師は、株式会社ニューラルCEOの夫馬賢治さん。カーボンニュートラルやESG経営などで多くの著書を執筆するほか、中央省庁におけるESG分野の有識者委員を歴任するなど、今、社外アドバイザーとして、また講演にも引っ張りだこの人物です。夫馬さんは講演の中で「日本の経済界もマスメディアも英語圏の情報に疎すぎる。気候変動対策、それに伴う世界の金融・投資家の動きなど何も知らないままの日本の姿」を浮き彫りにされました。企業変革実践シリーズには2回目の登場となる夫馬さんに、今、世界の経済がどこに向かおうとしているのかを解説して頂きました。
講演では、
について主にお話しを頂きました。
最初の話題は、世界経済フォーラム(通称:ダボス会議)。毎年1月に約2,500人の選ばれた知識人やジャーナリスト、多国籍企業経営者、国際的な政治指導者らがスイスのダボスに集まって開催しているもので、2022年の同フォーラムで発表されたグローバルリスクレポートにおけるリスク順位は、第1位が「気候変動対策の失敗」、2位が「異常気象」、3位が「生物多様性の喪失」でした。気候変動がリスクテーマとして最初に取り上げられたのは2011年から。それ以来、世界の経済界では気候変動が最大のリスクとして認識されており、企業も金融もかなり早くから対策に動いていたと言います。
世界の自然災害による保険損害額の推移では、1992年にアメリカで発生したハリケーン・アンドリューを境に災害の規模が増大し、2005年のハリケーンカトリーナ、リタ、ウィルマに至っては、保険損害額が1400億ドルに達しました。このカトリーナはアメリカの社会経済を震撼させ、気候変動に関して開眼させた。恐怖を実感させたものだったそうです。それ以来、アメリカではこぞって年次報告書に気候変動という言葉が多用されるようになりました。2011年の日本、ニュージーランド地震、タイの洪水の総額も同じ水準、2017年のハリケーン・ハービー、イルマ、マリアではそれを超える損害額になっています。
海面上昇についてのお話しでは、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)6次評価報告書で、「2150年に5m上昇」の可能性について言及されたことを強調。日本では海面上昇についての話題は少なく、それに引き換え、欧米政府ではすでに海面上昇リスク地図を作成し、当たり前のように議論がされています。ボストン市政府のHPではリスク地図が誰でも見られるし、アラート情報も出している。サンフランシスコやニューヨーク、欧州では沿岸地域の都市ではいずれも同様の地図を作成しているそうですが、日本ではやっと昨年になって、国交省が検討を始めた段階だと嘆息していました。
2020年1月に出たレポートで注目すべきは国際決済銀行の「グリーンスワン」。気候変動が進めば破壊的な金融危機が起こると予測したもので、金融当局が、あらゆる規制を動員して、気候変動を止めろと記載されているそうです。それから10か月後に発表されたのがアメリカ連邦準備銀行の「金融安定報告書」。初めて気候変動よる金融リスクに言及したもので、これらの動きがあったからこそ、日本銀行や金融庁が上場企業に対して気候変動に関するレポート提出を求めるようになったと言います。
日本でも2020年2月に投資家グループが日本の温室効果ガス削減目標引き上げを要請しました。これには機関投資家631団体が参加。2050年までにカーボンニュートラル(脱炭素)を実現すべきであると訴えたものです。ただ、残念ながらこの直後に日本もコロナ禍に陥ってしまったため、しばらく頓挫したまま。しかしながら、現在では2050年までにカーボンニュートラル宣言にコミットしている国は140か国を超え、GDP換算では90%に達したそうです。
第2テーマは「次になにをすべきか」。
政府や国際機関、NGO主導だったMDGs時代から、2016年から始まったSDGsでは、SDGsの達成は民間企業と投資家にかかっているという認識が強くなってきたと夫馬さんは解説します。多くの失敗を経て、SDGsには民間投資家や民間企業が本気で取り組まなければ、何も進まないという認識が広がっている。国際機関やEUもそれまでの進まない状況を反省し、民間セクターの役割を全面的に認めるようになっていると言います。
ESGにコミットする機関投資家の数はここ数年、急増し、投資家も自分たちが動かないと意味がないという認識で一致しているとのこと。PRI(国連責任投資原則)の署名機関数をみると、2010年前後には世界最大の資産運用会社のBlackRockやJPモルガンアセットマネジメントなどが参加したものの、"日本は何も知らない時代"が数年続き、そうこうするうちにパリ協定やSDGsが採択された。日本はようやく2018年になって、「これからはSDGsらしいよ、ESG投資らしいよと関心を持つようになった。それでも日本ではまだ怪しいよね」というスタンスだったそうです。真剣に取り組み始めたのは2021年くらいから。「12年とか15年遅れていると言わざるを得ない」と夫馬さん。ちなみに、PRIの署名機関数は2021年に3,800、運用資産総額では120兆米ドルを超えたようです。
実際に動いている運用資産で言うと、2020年時点では、世界で36%がESG投資に向けられていますが、その内訳をみると、欧州で42%、北米33%、日本は24%とまだまだ動きが小さいのが現状です。
昨年11月に開かれたCOP26(国連気候変動枠組条約第26回締約国会議)ではグラスゴー金融同盟(GFANZ)が結成されました。全投融資・損保先に2050年カーボンニュートラルを要求するというものです。それも投資・損保先の「取引先」にまでカーボンニュートラルを要求されることになるわけです。カーボンニュートラルを達成していないと、投資も融資も受けられない、保険も掛けられないという時代がすぐそこに迫っているのです。
3つ目は、「どうやって事業機会に変えるか?」です。
現状について、夫馬さんは、デロイトの調査データ「社会課題解決の取り組みに注力する理由」という調査の中で、海外企業は収益創出のために実施しているのに対して、日本企業は「周りがやれというから、仕方なくやっている」ことが明らかになったと指摘します。
従来のトレーサビリティは主に食の安全性確認でしたが、米Walmartでは環境面と人権面、自分たちが扱っている食材がどれだけカーボンニュートラル型になっているのかを証明するために活用。そのために農園から店舗に届くまでの過程を調査・確認している。そうして、2018年以降は、業界を超えて多くの企業がWalmartのトレーサビリティの輪の中に入ってきている。これを仕掛けたのがIBMです。
世界最大の化学メーカーであるドイツBASFのブロックチェーン型トラッキング「reciChain」。ここでは、原油を使わずに廃プラからプラスチックをつくるリサイクル事業にブロックチェーンを利用しているとのこと。日本では、廃プラがどこにどれだけ存在しているのか、誰も知らない状況が続いたままです。このブロックチェーン型では、材料がつくられてから、商品化され、消費されて、廃プラになるまでの循環を把握し、高品質の廃プラの存在を把握し、集められるようにする。これ以外にも量子コンピューティングによる素材開発の時短やスマート農業を実現する栽培管理支援システムなどはカーボンニュートラルの動きの中で注目の案件だと言います。通信の5G利用については、日本ではエンタメ分野に話題が集中していますが、世界の主戦場は製造業・エネルギー・輸送・金融分野と明らかに明暗が分かれています。
最後に夫馬さんは、不確実性の時代に必要なのは、「両利きの経営」だと強調。
両利きとは、「知の探索」と「知の深化」をバランス良く使いわけ、未知の領域の研究を広げつつ、これまで馴染みのある領域を深化させる経営のことで、合わせて、世界の生の情報を収集する努力を怠らないことこそが重要だと訴えていました。
夫馬 賢治(ふま けんじ)氏
株式会社ニューラルCEO
サステナビリティ経営・ESG金融コンサルタント。著書『超入門カーボンニュートラル』『ESG思考』(以上、講談社)、『データでわかる 2030年 地球のすがた』(日経BP)他。東証一部上場企業や金融機関を数多くクライアントに持つ。スタートアップ企業やベンチャーキャピタルの顧問も務める。環境省、農林水産省、厚生労働省のESG分野有識者委員。ハーグ国際宇宙資源ガバナンスWGの国際委員も歴任。ESGニュースサイト「Sustainable Japan」編集長。Jリーグ特任理事。国内外のテレビ、ラジオ、新聞、雑誌で解説担当。全国・海外での講演多数。ハーバード大学サステナビリティ専攻修士、サンダーバードグローバル経営大学院MBA、東京大学教養学部国際関係論専攻卒。
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