DBICでは、コロナ前まで、シンガポールで「デザイン思考」をリードしてきた方に来日いただき、5日間の「デザイン思考研修」を実施してきた。その研修の最初の日のお昼休みに定番のイベントが用意されていた。4、5人のチームで、車いすに交替で座りながら昼食をとって帰ってくるというものだ。車いすに座ってみてわかるのは、車いすからの景色が歩いているときとは全く違うこと、そして少しの坂でも暴走してしまうのではないかという大きな恐怖、道路のちょっとした段差でも動けなくなるストレス、物理的に入店できるお店が限られること、お店でトイレに行くことのストレスなどなど、想像していた体験とは全然違うことに驚かされる。これがデザイン思考の真髄で、お客様側から見た景色は企業側から見ているそれとは全然違っており、想像するだけでは理解できない、ということを体験する。決定的なことは、お客様側から見た景色は頭の中だけでは想像できないので、実際に体感しないとわからない、ということだ。
患者に焦点を当てた病院改革事例が、デンマークデザインセンターにある。ある病院で、一人のガン患者と家族の方に焦点を当てて、病名をはっきりさせる検査フェーズから、ガンと診断されて治療を行うところまでを観察し分析する。患者本人や家族をよく観察したり、インタビューしたりして、患者側の問題を浮き彫りにしていこうというプロジェクトだ。患者本人さえ自分の感情を正確に把握できない状況のなか、プロのデザイナーがいろいろな手段を使って客観的に分析する。結果、最初の「ガンかどうかの診断が出る3か月の検査期間が最大のストレスだった」と分析された。そして、病院の検査プロセスを見直して、3か月の検査期間を3日間に短縮した、という。この事例から二つのことを私は感じる。
まさに、お客様側からの視点がビジネスの大きな変革を起こした事例と考える。
さて、身近なところで気になることが最近あった。少し前に、孫が保育園で感染したウイルスで息子一家が全員新型コロナに感染してしまった。医療事情もあり、全員自宅療養でしのいだ。後日、息子が知り合いにこの一件をぼやいたところ、それは医療保険を請求すると、入院と同じ保険金をいただけるということを知り請求できた、とのこと。また、所属しているゴルフ場の職員に、お客さんが練習場でクラブを破損したがそれに関する保険がないかと聞かれた。お客さんが会社の団体保険でゴルファー用の保険に入っているかもしれない、と答えたところ、後日、感謝された。
この二つの事例が示しているのは、お客さんは自分がどんな保険に加入しているかをよく覚えていないから、せっかく請求できる保険金をみすみす逃しているかもしれない、という事実だ。もちろん、保険会社やその代理店の方々がそのようなことがないように努力されていることは十分承知しているが、一方、保険に関心が薄い方も多いと思われる。お客様側からの景色でいうと、何かこういうことが起こった時に、身近なスマホか何かで保険の請求ができるかもしれないと知らせてくれたらとてもありがたい、ということだ。具体的な解決策は簡単ではないと思うが、大事な課題解決だと思う。保険会社は、保険金の請求ありきから始めるのではなく、お客様が請求することに気付くところから拡大して考えることで、もしかしたら大きな改革ができる可能性があるかもしれない。
お客様の行動や感覚を、自分たちのビジネス範囲の少し外まで拡大して観察・分析することで、意外と大きな企業変革のヒントが得られるのではないだろうか。ただ、その時、自分のビジネスという色眼鏡をかけている人では、ほんとうの事実を観察することができないことに注意する必要がある。無意識のうちに、それはうちのビジネスとは関係がないとか、本来は行政がやるべきこととか、余計な邪念が入り混じる。もっと純粋な気持ちで真の課題を見つけることに注力できる専門の体制をつくることができれば、先ほどの病院のように、お客様の大きな課題に気づくことができるのではないだろうか。
他のDBIC活動
他のDBICコラム
他のDBICケーススタディ
一覧へ戻る
一覧へ戻る
一覧へ戻る