【レポート】企業変革実践シリーズ第22回「世界の進化と日本の停滞〜私たちの活路はどこに?」

2022年99日(金)、DBICでは企業変革実践シリーズ第22回として「世界の進化と日本の停滞〜私たちの活路はどこに?~」をオンラインで開催しました。講師は、IMD北東アジア代表の高津尚志さん。IMDはスイスに拠点を置く世界トップクラスのビジネススクールで、DBICとは多岐にわたる分野で協業関係にあります。直近では、「VISION PAPER」の国際競争力ランキングの作成でも協業。 今回は、そのIMDがコロナ禍という向かい風にどのように立ち向かってきたのか、その体験をベースに今後どのような進化を遂げようとしているのかについて、2つのセッションに分けてお話しを頂きました。

最初のテーマは「IMD自身のBCPDXの実践」についてでした。IMDは、グローバル経営幹部の教育に特化しており、DXの研究教育でも世界をリードする存在。コロナ禍前のIMDの事業モデルは対面型集合教育だっただけに、コロナ禍発生で事業モデルの大幅な変革を強いられたのは言うまでもありません。コロナ禍前は、ローザンヌのIMDキャンパスに世界各国から受講者を招く集合教育がメインでしたが、コロナ禍で国境を越えた旅は完全にストップ。その困難な壁を前にして、IMDでは防御と攻撃両面における4つの戦いに挑んだそうです。 キャッシュの確保、参加者・スタッフの安全と健康、技術を媒介とした教育手法への投資、先見的知見への投資の4つがそれで、「コロナ後の世界で成功し続けられる、より強い組織」を目指しました。 それまでの対面集合型の授業からテクノロジーを媒介とした手法への転換を図るため、IMD一丸となって変革に取り組む過程の中では多くの発見がなされたそうです。対面集合型ではできなかった価値の設計や提供が可能になったといいます。例えば、ゲストスピーカーについて、時間やコストをかけないで簡単に招くことができる。あるいはバーチャルな企業訪問ができるようになった。また、30人のプログラムだと思って設計していたものが実際には200人とか300人に拡大しても十分に耐えられることが分かったりした。チャットを使うことによって、多くの人から一度に知を得ることができることも実感したようです。

そうした経験から、IMDでは学習様式を拡張し、自在な組み合わせをすることで受講者の満足度を向上させていったとのこと。例えば、対面集合とライブ・バーチャルの参加者が混在する形態なども展開。なかでも、「The Hub」ではマルチスクリーンで128人と画面上で「目を合わせて」対話や議論ができるシステムを構築したそうです。また、現在、実験中なのが、VRゴーグルを活用したグローバル経営幹部の育成。米メタ傘下のQuest社のゴーグルを装着して世界のどこからでも参加できるようにしたもので、宇宙船が墜落した世界でチーム全員が協力して脱出計画を構築するというエクササイズを行いながら、コラボレーション、コミュニケーション、戦略的思考について学んでもらうプログラムが進行中とのことです。高度なITを使えば世界のどこでも手に汗握るプレッシャー環境でパフォーマンスを磨く経験ができるわけです。 また、データをもとに個人にカスタマイズした教育の提供にも着手しているといいます。自己アセスメントを行い、そのアセスメントをベースにコーチと対話し、IMDの基幹プログラムであるOWP(Orchestrating Winning Performance)のどのセッションに参加すべきかなども示唆できるようになったそうです。

一方、バーチャルの部分では、「IMD Sprint」というプログラムを積極的に活用。例えば、DX講義についても、2週間という短時間で、しかも一度に数百人が参加できるように改良。価格もそれまでの対面型講義に比べて、格段に安く設定できるようになったと言います。 ここで、高津さんは、IMDのマイケル・ウェイド教授が12役の講師をこなすパフォーマンスビデオを紹介しながら、IMDでは教育手法の改革に取り組んでいることを披露し、これまでよりもエンターテインメント色を強めた教え方も計画中だとのこと。また、商品サービスの分野では、脳神経科学の知見を活用し、脳に優しいバーチャルセッションの提供も決定したそうです。脳神経科学では、脳の注意力は20分と言われていることから、その前に再活性化を図るためのセッションの設計にも着手しているとのことです。

コロナ危機発生直後にIMDは何に全力を傾けたのか。それは、ウェビナー開催やビデオ・記事を積極的に配信することだったそうです。無料のウェビナーを開催することでクライアントや参加者との間のエンゲージメントを高めていく。その行動を通じて、IMDのスタッフがバーチャル環境下でのスキル磨きに注力していったのです。そうして、2020428日の会議では、2か月後の6月に「OWP liVe」を開催するという決断を下しました。3日間で130のセッションを展開し、世界43か国、18の業界から350人が参加する大イベントを成功させたのです。

2つ目のテーマは「世界の進化と日本の停滞~私たちの活路はどこに?」でした。 まず、2022年のIMD世界競争力ランキングでは日本は総合34位。このランキングは「企業が持続的な価値創造を行う環境を、その国がどの程度、育めているか」という視点で調査したもので、日本の経済パフォーマンスは20位、政府の効率性39位、ビジネスの効率性51位、インフラ22位を総合したものが34位となっています。なかでも、ビジネスの効率性が51位と低いことが気になる点だと高津さんは指摘。そのビジネス分野の項目を掘り下げると、生産性と効率性が57位、経営慣行が63位、姿勢と価値観が58位であることも懸念材料。もう少し、具体的にみるとグローバリゼーション(外需の取り込み)、イノベーション(製品、生態系、事業モデル)、起業家精神(へこたれずに突き進む力)、エンゲージメント(コトに取り組む力)の面で大いに問題があると語っていました。 さらに、高津さんは日本では、構造的な課題については政治的タブーで議論すらされない。人口減少への対応でも、婚姻制度の見直しや移民の受け入れはほとんど何も行われていない状況。また、エネルギー問題にしても酷暑の中で節電要請をするものの、原発再開など根本的な議論は立ち遅れたまま。日本市場だけに固執した事業運営では立ち行かなくなるだろうと悲観的な見通しを示していました。一言で示せば、「日本は崖っぷちにいる、のではなく、すでに崖から落ちている」と強調していました。

高津さんは、今年、3年ぶりにIMDの拠点があるスイスを訪問、6都市を巡ったそうです。そのスイスの経済のお話しですが、高津さんがIMDに参画した2010年は、1スイスフランが85円だったが、今は147円。つまり為替だけで1.6倍になっている。マクドナルドのビッグマックセットが15スイスフラン(約2,200円)、スイスの大手スーパー「MIGROS」の従業員の最低賃金は4,100スイスフラン(約60万円)。いかに日本が安くなってしまったのかを感じざるを得なかったそうです。 このセッションの後半は、「日本の地方の活性化は解になりうるのか?」でした。 その中で、京都大学の広井良典教授の著書「人口減少社会のデザイン」を参考に「2050年、日本は持続可能か?」 について問いかけました。同書によれば、都市集中型シナリオでは、出生率は低下、格差は拡大、健康寿命は低下、幸福感も低下、政府の財政は持ち直すとされ、一方、地方分散シナリオでは、出生率は持ち直し、格差は縮小、健康寿命は向上し、幸福感は増大、財政は悪化するという予測を紹介。広井教授と日立との共同研究の成果も踏まえ、2027年から29年ごろまでに地方分散型への移行を選択し、機能させるべきという提唱内容についても触れられました。 このような内容を紹介するとともに、今年、島根県隠岐諸島の海士町に3日間滞在し、大手企業の人事部幹部や大学教授らとともに、自然を満喫しながら地元の方と交流した話しや京都の妙心寺退蔵院の住職・松山大耕さんが主催した「NFT×宗教」というパネルディスカッションに参加した話しも披露。ちなみに、パネルには、元MITメディアラボ所長の伊藤穣一さんやバチカン司祭、ダライラマ系チベット仏教者らが集っており、宗教関係者らがNFT(非代替性トークン)やWeb3.0のことを真剣に勉強している姿、NFTを使うことによって、より豊かな宗教活動が可能になると目を輝かせて議論していた姿に感銘したそうです。

最後は、「コンバージェンス(融合)で教育はどう変わる?」というテーマの講義が進められました。3D環境での学習体験は、2Dに比べて、短期記憶から長期記憶に遥かに移行しやすいことが実証されている。AR(拡張現実)を使えば、教室に居ながら、AR散歩で歴史の勉強が可能。VRでは、大きな行動変容やエンゲージメントが起こることが確認されている。AI革命によって、分散型で個人カスタマイズ可能な加速度的な学習環境の提供が可能になるとのことです。さらに、5Gが融合すると何が起こるのか。世界的な教育問題の見え方がまるで変ってくると高津さんは言います。例えば、「不遇な子供たち数億人のために、教師を育成、学校に十分な資金をまわす」という課題も「最高のバーチャル教育システムを構築、ヘッドセットと共に全ての人に無料配布」することで解決されるのではないだろうか。

バチカンやダライラマなどの宗教家たちが真剣に変革に取り組もうとしているのに、我々がやらない選択肢はないだろうと締めくくっていました。

【スピーカー紹介】 高津尚志(たかつなおし)氏
IMD北東アジア代表

スイスのビジネススクールIMDの日本・韓国・台湾における代表。日本興業銀行、ボストン コンサルティンググループ、リクルートを経て2010年より現職。多くの日本企業のグローバル経営幹部の育成施策の設計や提供、 リーダーの成長支援に携わってきた。自らまたはIMD教授陣と共に人材育成、競争力、DX、リーダーシップ、多様性と包摂、持続可能性などのテーマに関する提言、寄稿、講演などを重ねてきた。共著書「なぜ、日本企業はグローバル化につまずくのか」、訳書「企業内学習入門」ほか、IMD教授陣の著書の日本語版実現にも貢献。国際的な知見と洞察の交流に取り組む。

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