不朽の名著と言われている「学習する組織」(ピーター・センゲ著)を恥ずかしながら初めて手に取った。今まで敬遠していたのは、「学習」という言葉の意味を誤解していたからだ。しかし、彼が主張する「学習」の深い意味・意義に触れた瞬間に、私の中を一筋の熱いものが走り、もやもやしていた霧の向こうに新しい街が見えたような気がした。以下、センゲの主張を〇の記号で書き、私の感じたことを●の記号で書いてみたい。
1.本書の基本的な主張
〇「伝統的なマネジメントの一般的体系」が、組織の創造性を破壊している。この旧来のマネジメント体系を変革しないことにはイノベーションが生まれる余地はない。そして、その変革を推進するのが「学習する組織」だ。
1990年初版時のデミング博士の書評が、本書を一文で言い尽くしている。 「私たちのマネジメントの一般的体系は職場の人たちを破壊してきた。人は生まれながらにして、内発的な動機づけ、自尊心、尊厳、学びたいという好奇心、学ぶことの喜びを備えているものだ。しかし、それらを破壊する力は、幼児期に始まり(ハロウィーンの仮装大賞、学校の成績、そして「よくできました」の金星シールなど)、大学卒業までずっと続く。職場では、人もチームも部門も、ランクづけされ、上位なら報酬がもらえ、下位なら罰が待っている。MBO(目標管理)やノルマ、奨励金や事業計画は、部門ごとにばらばらに積み上げられ、わからないものやわかり得ないものまで含め、ますます多くのものが破壊されていく。」
「マネジメントの一般的体系」の課題を8つの要素に整理する。 ①評価によるマネジメント:目に見えないものが評価されていない ②追従(忖度)を基盤にした文化:上司を喜ばせることで出世する ③結果による管理:経営陣が目標を設定して押し付け、責任を取らせる ④正しい答えと誤った答え:意見が分かれる問題は軽視される ⑤画一性:予定調和が保たれるべき ⑥マネジメントとは管理:計画・組織化・管理がマネジメントの三種の神器 ⑦過剰な競争と不信:人々の間の競争は業績を達成するうえで不可欠 ⑧全体性の喪失:個別最適の連続
●センゲの「マネジメントの体系が生み出す弊害が組織の機能不全を起こしている」との問題意識に大いに共感する。自分も含め、企業内の多くを占める大企業病の人々の症状を見ていると、今のマネジメント体系を変革することなしに組織の未来はないと考えざるを得ない。創造性が破壊されている組織が、イノベーションや両利き経営など実行できるはずがない。
2.目指す「学習する組織」とはどういうイメージなのだろうか
〇「人々が絶えず、心から望んでいる結果を生み出す能力を拡大させる組織であり、新しい発展的な思考パターンが育まれる組織、共に抱く志が解放される組織、共に学習する方法を人々が継続的に学んでいる組織である。 従来の権威主義的な「管理を基盤とする組織」との根本的な違いは、5つの基本ディシプリンを社員が身につけているかどうかだ。この5つのディシプリンは、それらが個人のディシプリンであるという点で、よりなじみ深い経営のディシプリンとは異なっている。5つのディシプリンとは何か。
①自己マスタリー:自分のビジョンを明確にしてエネルギーを集中させること。学習する組織の欠かすことのできない要。しかし、これを人財育成として進めている組織はほとんどない。 ②メンタル・モデル:私たちの認識に深くしみ込んだ常識・概念・イメージ。これを内面から掘り起こし、新しい時代や世界に合わせたものに変革する必要がある。 ③共有ビジョン:私たちがつくりたい未来の共通像。 ④チーム学習:個人では得ることのできない洞察をグループとして発見することを可能にするような、共に考える能力。 ⑤システム思考:全体を明らかにして、それを効果的に変える方法を見つけるための概念的枠組み。
●「マネジメント体系を新しく変革する」こととは、「個人の生き方・考え方・認知を素の姿に解放すること」だという主張が胸に刺さる。DBICが北欧から学んだ「信頼経営」も経営者と社員とをフラットな信頼関係で結び、社員の自由な想いに権限委譲するという考え方であり、両者に共通する思想を感じる。組織の変革は、組織の構造を見直したり、人事制度を修正したりすることだけでは達成できない。組織行動は要は人が活動する行為であり、人が変わらなければ組織変革はできないということなのだ。
3.「学習する組織」の核心は何か
〇「学習する組織」の核心にあるのは、「認識の変容」である。発生している問題を「外側の」誰かが引き起こすものだと考える態度を改め、いかに私たち自身の行動が自分の直面する問題を生み出しているのかに目を向けることへの変容だ。「学習する組織」は、「いかに私たちの行動が私たちの現実を生み出すか、そして私たちはいかにそれを変えられるか」ということを人々が継続的に発見し続ける場である。
●私の経験から卑近な例を挙げる。例えば、「DXが進まないのはDX人財が不足しているからだ」という経営の「認識」ではDXは進まない。DX人財という外側の問題と考えるのではなく、経営が掲げる「パーパス」が具体性に欠けるからだ、とか、経営が持つ危機感が乏しいからだ、など、経営自身の問題だと認識を変容しない限り、DXは進まないということを言っていると理解すべきだろう。
4.「学習する組織」(新しいマネジメント体系)をどのようにして構築していくべきか
〇目指すべきマネジメント体系は、組織を「自然」と同じ体系にしていくことだ。人間の身体は、歩くことや消化することはそれぞれの現場が機能し、中央の脳の働きと現場の行動をうまく融合することで効率的に機能している。森の生態系も同様で、森に責任者はいないが持続可能性が高い。誰かが管理するのではなく、人間本来の学習意欲を尊重し、個人の行動を信頼する体系が理想と考える。 そのためには、実践と振り返りしかないが、参考となるノウハウが8つある。 ①学習と仕事を一体化する ②自分のいる場所から始める ③旧・新の二つの文化を併せ持つ ④練習の場をつくる ⑤ビジネスの中核とつなげる ⑥学習するコミュニティを構築する ⑦「他者」と協働する ⑧学習インフラを構築する
●本書が不朽の名著と言われている割に、「個人の変容」に焦点を当てた改革事例を目にした経験がない。しかし、「個人の変容」が組織変革の基盤をなしており、「個人の変容」なしにいくら情報を取り込んでも変革の行動は生まれない、ということにDBICでの経験から強く共感する。企業の「管理下」にある個人では、せっかくデザイン思考のスキームを学んでも、ポストイットに書く中身に創造性が全くないことをずっと見てきている。一方で、「変容」した人が生まれ変わったようにポジティブに活動するさまを見ていると、人は心の持ち方で大きく変わっていくことを実感する。この変容の重要さを、多くの経営者に伝えていきたいと思うのだが、なかなか理解していただけない。地道な努力を続けていかねばと思う。 もう一つ大事なことは、変容しかかった個人と組織との関係だ。組織側が旧態依然としていたら、変容しかかっていた個人が元に戻ってしまう。組織側も、個人の変容を推進する仕組みを意識して作ることが欠かせない。だから、個人の変容とは言いながら、「学習する組織」という組織・体系が必要だ。 また、5つの要素を推進する具体的な「学習」の実践方法を生み出していくことも大変なテーマだ。1社でそれを実現することは難しいだろう。 総合的に考えて、真の「学習の場」「学習のコミュニティ」を日本に作っていくことが日本再興のための大きな戦略になるものと考えている。
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