ときどき、「緊張感を持って改善に努める」とかいうフレーズを耳にする。緊張感という言葉を使って誠実さを打ち出す意図かもしれないが、緊張感では改善は徹底できないことは誰もが知っている。日本のリーダーで「業務プロセス」という感覚を持つ人が少ない。「緊張感」といういい加減な対応ではなく、業務プロセスの中に問題やミスを起こさせない仕組みを加えて、全員の行動を改善していくというセンスが重要だ。「業務プロセス」に関して、少し問題提起をしてみたい。
1.素敵なプロセスの眼科 夏目漱石の小説に出てくる井上眼科で勤務していた医師が、我が家の近くで独立したとの情報をゲットして受診した。白内障の進行チェックだ。 この医院のプロセスに感銘した。常時20人くらいの患者が待合室にいるのだが、実にスムーズに流れている。フロントで受付や精算をする人、初診の人の相談を聞く人、検査をする2種類の人が順次患者の対応を行い、すべて情報がそろったところで医師の診察になるというプロセスで設計されている。患者はときどき呼ばれて検査を受けるので待たされている感がない。そして、医師は医師でなければできない診察に専念でき、医師の診察は平均5分くらいのサイクルでどんどん回っている。 手術も受けたが、準備・事前検査・事前診断・麻酔・手術と、これも洗練されたプロセスで回っている。他の眼科は知らないが、とても快適な経験だった。 まさに、「眼科」という「技術」を「快適なプロセス」でデザインすることによって、恐怖の手術という暗いイベントを、新しい旅立ちという明るいサービスに変革しているという印象だ。プロセスのデザインがいかに価値をもたらすかをよく表している事例だと思う。
2.業務プロセスのデザイン 「技術とか製品を一つの業務プロセスとして適切に組み立てることで、価値のあるサービスをつくる」、これが業務プロセスの意義だ。保険で言えば、リスクを説明し、どのように準備をしておくかをアドバイスし、それをお客様が選択し、一定の期間内にリスクが起これば実際にサポートする、という一連の業務プロセスが保険商品となっている。製造業で言えば、例えば脱炭素の技術とその製品を組み合わせたプロセスをつくり、お客様の業務プロセスの一部に加わって、お客様の脱炭素を実現する、といった感じだ。単品の技術・製品でなく、プロセスとしてデザインすることで大きく価値が上がっている。さらに、そのプロセスをデジタル化することで価値が高まる。 しかし、日本企業や行政は業務プロセスのデザインが下手だ。行政を例に挙げると、海外から帰国した際の空港でのコロナ対応の検疫プロセスがうんざりするほど複雑で手間なことは多くの方が経験している。私の娘が驚いたのは、マイナンバーカードを受け取るためには0歳児でも本人が市役所に出向かないといけないプロセスになっていることだ。
3.業務プロセスとデジタル 欧米では、20年以上前から「BA」(ビジネスアナリスト)と言われる職種が確立している。BAが業務プロセスをデザインし、全体最適を考え、顧客の快適性を追求し、適切なデジタル化を企画している。 IT化・デジタル化は、業務プロセスの適切なデザインなしには効果を発揮しない。紙の時代のプロセスのまま、紙をデジタル機器に代替させるような取り組みではデジタルの効果は実は発揮できない。しかし、そういう事例ばかりを目にすることが多い。 日本には、業務プロセスのデザインを学んだBAが少ない。これはかなり大きなハンデになっている。ビジネスに詳しいビジネス側の担当がデジタル化の要件を決めるという役割になっているが、ビジネス側の担当は業務プロセスという発想さえ知らない人が多く、実施している現行のプロセスを前提にデジタル化を構想するから下手なものができる。 「教育のデジタル化」を例にとると、今までの教科書を紙からデジタルに変えるのではデジタルの効果は受け取れない。デジタルによって、本来やりたくてもできていなかった生徒個人への個別のフォローが実現できるように、教育のプロセスを大きく刷新しながらデジタル化を図ることが必要だ。果たしてどうなるのだろうか。
4.日本の課題 日本がIT後進国と言われる要因の一つに、業務プロセスをデザインする能力の欠如があるのではないだろうか。キャッチアップすべき能力の一つだと思う。そのための課題を挙げてみる。 ・日本のリーダーに「業務プロセス」の重要性を学んでいただき、経営戦略の一部として「業務プロセス」の高度化にコミットできる能力を持っていただく ・業務プロセスをデザインする能力を持ったプロ人財(BA)を育成する ・誰もが仕事をプロセスと認識し、日々無駄を省くセンスを持つような土壌を育てる
難しいけど、これやらないと永遠の三流国になってしまうかも。
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