5月22日、CeFILの理事の集まりで、理事長をコニカミノルタの山名理事にバトンタッチすることにした。2014年に富士通の黒川氏からバトンを受け継いでから9年間務めたことになる。理事長になり、2年間の準備でDBICをCeFIL内に創業し、7年が経過する。
CeFILでの私の問題意識は終始一貫している。
「日本の生産性が30年停滞しているのは、日本の大企業が30年同じことを繰り返しているだけだからだ。ビジネス、組織、人材、どれをとっても根本的な変革をしてこなかったから停滞している。このままでは次世代にバトンを渡せない、何とかしたい。」
この問題意識でDBICを創業し、30社のメンバー企業や提携先のIMD、デンマークデザインセンター、CapitaLandと議論を重ねている。この9年間で私が感じる日本企業の課題は以下の二つで、二つとも強烈で深刻だ。しかし、有力企業の役員をされているCeFILの理事の方々も同じ課題認識で奮闘していただいているし、またこの二つの課題を自分ごととして感じて活動を開始した中堅・若手の仲間が多くいる。皆さんのお力になれるように、引き続き、理事・DBIC共同代表として活動を続けていこうと思う。
30年停滞している本質的な課題は以下の二つだと考えている。
- ビジネスを変革するには、「自己変容」して大企業病を治すことがスタート
「デザイン思考」のトレーニングを始めたが、ステークホルダーが持つ悩みを掘り下げることができないとか、解決の方向性に既存の枠を超える発想が全くない、などシンガポールから招へいしたコーチが日本企業の人たちの感受性のなさにあきれる状況が続いた。
また、スタートアップとの対話の場をつくっても、自社の話はできないとか上司に相談するとかで、何も新しいものが生まれる雰囲気がない。こんなDBICの経験から、日本の大企業病の深刻さを知り、その最大の理由を以下のように分析している。
ほとんどの企業人は、日本という習慣・常識・雰囲気の中で暮らし、自分の会社という洞窟の中だけで働いている。そのようなある意味偏った認知の世界に没入していると、本来人間が持っている創造性や自由、五感などを無自覚のまま失っている。こんな状況では、市民の課題を感じることはできないし、「変革」など思いも及ばない。
まずは、偏った認知の世界から自己を解放し、本来の人間の「五感」を取り戻し、一人の人間として自律することが、大企業病を治す唯一無二の対策だと7年の活動で学んだ。そしてその活動に取り組んでみると、初期の治療だけでも数か月を要し、そして寄り添ってくれるコーチが必要だということがわかってきた。特に、自分の意見を持つ習慣が薄い日本人には必須のプロセスだということもわかってきている。
この日本人特有の大きな課題に言及するメディアやアカデミアがほとんどないのも失われた30年をつくってしまった要因かもしれない。
- 世界から遅れている自覚がなく、世界に学ぶ意欲や学ぶ力を失っている
一人当たりGDPがOECDで最下位クラスだとか、世界競争力ランキングではビジネスの効率性が足を引っ張って34位だとか、日本企業の凋落を示すサインはあちこちで見られるが、それに対して反応する姿が見られない。
それらの指標が上位の国はどういう変革を進めているのか、それらの国の企業は何を変えることで生産性を上げたのか、とか知りたくならないのだろうか。DBICでは、それらの警鐘として「VISION PAPER 1」「VISION PAPER 2」を書き下ろしたが、残念ながら一緒に学びに行こうというご提案はいただけていない。
日本でも最近になって人的資本とかリスキリングという言葉は踊っているが、その内容はといえば、断片的で表面的で、流行の言葉だけを追いかけている状況だ。人材育成の方法論について世界の潮流を学ぶと彼我の差が歴然だ。
世界レベルの企業は、人事部長や部門に教育学や脳科学などのPhDを持つ方がおられ、経営戦略に合わせた人材のケイパビリティを明確に定義し、パーソナル・ケイパビリティでのスキルマップ、業務のプロとしてのスキルマップ、組織としてのスキルマップを定め、それらの能力の育成方法をデザインし、KPIを定めてトレーニングを実行するというスキームが構築されている。その内容の広さ・深さに驚くとともに、それを科学的に実行する方法論の進化にも日本との次元の違いを感じる。
世界に学ぼうとする意欲がなぜないのか、学ぶ力をどうやって取り戻すべきか、この視点で本質的な課題を議論していかないと、日本の遅れをキャッチアップすることは難しくなっていると感じざるを得ない。
「変革」を起こすためには、まずは世界を学ぶ意欲や学ぶ力を取り戻し、人材も組織もその基礎体力を鍛え直すことから始めなければならないと思う。