【横塚裕志コラム】故きを温ねて新しきを知る ~コンピュータ初導入時の宣言~

東京海上火災保険(現:東京海上日動火災保険)が63年ほど前、まだIT産業が存在しない時代、1961年8月に、コンピュータ利用方針となる「事務機械化9原則」を常務会(現:経営会議)で定めている。これは、1962年4月から本格的なコンピュータである「IBM 1401型電子計算機」を導入するにあたって定めたものだ。
コンピュータを導入する意味・意義を全社的な視点で定義したもので、63年を経過した今になっても味わい深いものがある。以下に9原則を紹介する。

① 当社の事務機械化は経営管理の高度化に資することを主たる目的とする。
② 長期の機械化計画に基づいて総合的に実施する。
③ 機械化の効果は、短期的な採算をみるにとどまらず長期的採算をも十分考慮する。
④ 機械化に適する業務はすべて機械化する。
⑤ 機械の購入には、実験費ないし研究開発費的支出を認める。
⑥ 部門ごとに機械化担当のスタッフを組織上明確にする。
⑦ 機械化の効果を高めるために、事務組織および手続きを根本的に改める。
⑧ 機械の処理能力を増強する。
⑨ 機械化に関連した人事管理を充実する。

みなさん、これを読んでどのようにお感じでしょうか。
当時としては高額な投資になったであろうと推察され、多くの反対派も想定される中、コンピュータ導入の本質をしっかり学び、経営の柱に据える強い気持ちを持ったリーダーが体を張って頑張ったのだろう思うと胸が熱くなる。
そして、63年たった今でもすべての項目が色あせていないことに驚いている。私なりに、この9原則をデジタル時代風に解釈し直して以下に書いてみた。色あせないどころか、DXブームに浮かれて疎かにしてしまいそうな、デジタルの基本的な経営指針が書かれており、改めて真摯に学ぶべき原則だと感じている。

  1. デジタルは、経営課題の解決に向けて、長期的な計画を策定すべし(①、②)
    デジタル戦略を考えろ、とか経営が言ってはいけない。経営課題が目的であり、デジタルは手段だと言っている。つまり、AIで何かできないか、とか、工場にセンサー技術を適用できないか、というような技術からの検討は慎むべきと言っている。そして、長期計画を立てるべきで、各事業部門が思いついた順に個別最適でデジタル化してはいけないという主張だ。
  2. デジタル投資は、短期的な採算にとらわれず、ビジネスプロセス全体の視野でとらえ、実験・研究などを含めて長期的な視野で行うべし(③、④、⑤)
    デジタル投資は、経営課題を本質的な視点から解決していく戦略投資であり、ビジネスを大きく変革していくものだ。つまり、これまで経験をしたことがない、新しいデジタル化したビジネスに挑戦することだ。従って、実験や研究への投資は採算など考えずに実施すべきだ。そして、中途半端にやるのではなく、徹底したデジタル化を長期的な姿を描いてやるべし。
  3. デジタル化は事業の変革であるから、事業部門すべてに「組織上明確に」責任者を置き、事業そのものの組織とビジネスプロセスをデジタル時代に合わせた姿に根本的に変革すべし(⑥、⑦)
    事業部側のデジタル化への検討体制を、組織上も明確にせよとの号令をかけている。加えて、デジタル化するからには、少し便利とかという程度ではだめで、根本的に事業の組織とプロセスを変革せよとも号令している。デジタルが持つ本質的な意味合いを的確に理解した指示になっている。そして、デジタルにかける覚悟・気迫を強力に示している。
  4. デジタル投資はケチらずに行い、専門人材を育成すべし(⑧、⑨)
    デジタルに関わる機器やソフトウエアへの投資は、積極的に行うべきで、これで十分ということはない。間違いなく、その利用状況は増加し、ニーズも継続して増加するから、どしどし投資すべき。そして、デジタルを扱う専門人材を育成すべし。従来の人事制度とは別に、専門人材の枠組みをつくり、育成するスキームを作るべし。ここでの専門人材は、事業部側での専門性とIT部門側での専門性と両面から人材のあり方を考えるべきと言っている。全体の9原則の文脈からすると、技術面もさることながら、組織やビジネス自体の変革を企画できる能力に主眼を置いていると考えられる。

以上、63年前の「故きを温ねる」ことで、「新しいDXと経営」について改めて思いをはせてみた。
こういう覚悟を経営会議で議決する経営者に感動する。「コンピュータ化」を経営の「自分ごと」としてとらえていることが凄い。そして、当時すでにデジタルの本質を見極めていたことにも驚かされる。時は経過しているが、この当事者意識と眼力はむしろ現在の方が衰えているようにも見える。

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