私が最近気になっている二つの事例を使って考えてみる。
1.事例1
「月末締めの翌月末払い」という業務プロセスがあり、日本企業の多くが使っている。これは、「当月の取引によって生じた代金を、月末で締めて翌月末に支払う」という仕事の仕方だ。紙の請求書の時代のプロセスだと思うが、講演した後の講演料の入金を見ていると、多くの企業が昭和のままで固まっている。そして、それが問題だと認識している人はいない。
- このケースでの部分最適の取り組み例:
営業部門での請求書の事務について、お客様とのやり取りの郵送分をできるだけデジタルに切り替えて、ソフトウエアで業務の一部を吸収するとする取り組み。
営業部門の仕事が少し楽になるが、人を減らすところまではいかない。そして何よりも、「月末締めの翌月末払い」は変わらないので、取引先には関係がなく社内の取り組みに留まる。
- このケースでの全体最適の取り組み例:
「月末締めの翌月末払い」をデジタルの力で、取引が発生する都度支払う業務プロセスに変革する取り組み。現状では、取引発生時点から2-3か月は入金がないわけで、資金繰りや取引のスピードの観点で問題が多く、それを抜本的に改革する。
2.事例2
多くの企業で、お客様とのやり取りを紙からデジタルに転換する取り組みが行われている。
- このケースでの部分最適の取り組み例:
電力会社とのやり取りで、電気料金表のwebと自宅のソーラーパネルで作成した電気の売電webとが別アプリで、それぞれIDやPWを入力するなど煩雑。
保険会社の証券webで、自動車保険を購入した時と、海外旅行保険を購入するときで、操作は違うしIDも別だし、同じ会社とは思えない。
- このケースでの全体最適の取り組み例:
同じ企業内の別部門で個別にプロセスを開発するのではなく、お客様とのweb取引全体をデザインしたうえで、その仕組みの中で個別の取引を拡大していく方式にすれば、お客様への価値が全く違ったいいものになる。
3.部分最適と全体最適との違い
部分最適: 顧客とは関係がなく企業側の取り組み
(事例2のケースも、紙をなくしたいという企業側の要請)
全体最適: 顧客の価値を上げる取り組み
4.部分最適でも続けることで効率化されるのではないか
事例1のケースで考えると、営業部門の人にとっては少し便利になる取り組みなので、「いいこと」なのかもしれない。しかし、営業部門ごとにその事務処理方法が異なることを放置すると、担当者の転勤での引継ぎ問題とか、ERPを導入するときの例外対応など、禍根を残すことになるかもしれない。
事例2のケースでは、部分最適の取り組みがかえって顧客のストレスを引き起こしている。顧客との直接的なコミュニケーションでのストレスは、企業のブランドを下げてしまうリスクをはらんでいることを認識すべきだろう。
5.全体最適を目指すためには
以下の取り組みが必要だ。
- 各部門での改善活動や各部門からのIT化要請は、全体最適の観点での検証が必要。無駄なIT投資になったり、かえって問題を起こすことになる。
- 全体最適の業務プロセスを推進する「プロセスオフィス」を本社の社長直轄で設置する。そこに、強力なビジネスアナリストを配置し、部門横断での全体最適を実現する活動を実施し続ける。
全体最適の取り組みはかなり難しい。なぜか。
- 「プロセスオフィス」の指示を、各部門が理解し納得し協力する体制がつくれるか、という問題。そのためには、各部門長や役員の抵抗を抑え込める強い社長の存在が必須。そこまで全体最適を確信できる社長をどのように育成するかが難しい。
- 現場を納得させられるプロとしての能力を持つ強い「ビジネスアナリスト」が必要。社内の部門を説得させる行動を起こすためには、外部のコンサルに委託することは難しいだろう。社内でプロのビジネスアナリストを育成しなくてはならない。
6.全体最適がDX
事例1、2で部分最適とした取り組みはDXと言わない方がいい。なぜなら、企業の競争力向上になっていないから。全体最適とはお客様の価値を上げる取り組み。これを唯一のDXと定義して、それに取り組むことを推進すべき。
各企業の「DX推進室」が勢いをなくしつつあるようだが、「プロセスオフィス」としてよみがえることを応援したい。