前回のこのコラムで「部分最適と全体最適の違い」を書いた。その分析の中で、全体最適が企業としていかに重要な取り組みかを再認識した。そこで、「全体最適」を志向しようと奮闘している方々に、勇気を持って取り組んでいただこうと思い、私の具体的な事例を参考までに紹介することとした。
1980年、東京海上火災保険が「大衆化路線」という経営戦略でB2Cに舵を大きく切った時、契約件数の大幅増加による事務量拡大をコンピュータの活用で吸収するべく、新しい事務体制の検討が進んだ。そのとき、「変革チーム」が「システム部」につくられ、SEをしていた7年目の私も参画するように命じられた。 チームで検討した案は、最前線の営業拠点400か所に端末を置いて、そこから契約内容を社員がインプットすることで、即座に契約の不備を発見して顧客対応できる事務体制が最大の効率化を実現するというもの。 しかし、ビジネス側は猛反対。現行は、集中事務センターに申込書を送付して外注でインプットしている。その仕事を社員に戻す、それも営業という忙しい社員の仕事にするなんてありえない、という感覚。 半年くらい社内を二分する大議論になった。私は、システム部の案が正しいと思ったので、その根拠を実際の事務を想定した時間計測などの数字で説明する資料を作成して、先輩方の議論をかたずをのんでみていた。 結局、仲裁に入った経営企画部門がシステム部案をベースにしながらも、営業ではない支店・業務センターをつくる案を示し決着した。
「外部に委託する方が安い」という過去の常識にとらわれずに、現場がコンピュータを使い込む新しい事務プロセス・体制を企画したことは大きな進歩だった。社内の戦いはハードだったが、「正しい」ことを主張するチームの存在は貴重であり、全体最適を主張するチームの価値を深く認識した。 実は、この6年後には、OCRという機器の進化もあり、最初の案である営業部門からインプットするプロセス・体制が実現している。
1997年、パソコンやインターネットが普及し始めたころ、代理店のパソコンでのオンラインによる保険料の計算などが始まった。BAとして考えるのは、代理店から契約内容をインプットしていただければ、代理店も社内も、より効率的なプロセスになるという案だ。しかし、代理店は別の事業体であり、社内部門とは全く違う。 ビジネス側に提案をしてみると、案の定、猛反対だ。代理店に募集活動をお願いしているのに、インプットの作業までお願いすることは難しい。インプットをお願いするのなら委託料金を支払う必要がある、などけんもほろろだ。 しかし、保険料を試算するだけでもかなりの項目を入力しているので、あとはお客様の住所・氏名程度を入れるだけで済む。 諦めきれずに、米国の世界一の保険会社を訪ねてみたら、すでに、代理店からのインプットをやっていた。申込書をきれいに印刷することができるメリットもあり、そんなに実負担はない様子だった。 そこで、再度提案したが、やはり受け入れていただけない。そこで秘策を練って、システムだけ開発させていただき、あとは実験的に一部の代理店だけで試行させていただくことで了解がいただけ実行した。その試行を継続している中、7年後の2004年には全店で100%実施しようということを経営会議で決断することになる。
2004年、IT企画部長になっていた私にCIOから質問があった。「システムが使いにくいという評判が現場から聞こえてくる。どう考えているのか。」と。 私は、まさにBAとして、「システムが使いにくいのは、商品・業務のルールが複雑だからだ。」と答えた。それが正しい答えだからだ。 これをきっかけにして、商品やルールを抜本的にシンプルにし、ビジネスプロセスも大幅にシンプルにするなど、業務ルールとシステムの抜本改革を行った。 これはかなり哲学的な議論だった。お客様の要望に対応することを続けてきた結果、保険料の支払い方法が50通りに増えたり、自動車の保険なのにホールインワンの特約を可能にできるなど、業務のルールが複雑化し、人の理解を超えたものになり、システムも迷路のようになってしまった。これをシンプルに戻せばわかりやすくはなるが、お客様の要望を捨ててしまうことになる。どちらが顧客本位なのか。大論争の結果、ルールをシンプルにして業務プロセスの品質やスピードを上げることの方が、本質的にはお客様の価値になるのだ、という結論で、大改革が行われた。
全体最適の議論はいつも大論争だ。それは、それまでの常識を外れるものだからだ。それゆえ、生産性を大きく上げるものだし、お客様の価値を上げるものになる。 その旅はハードだと思うが、やりがいが大きなことなので、ぜひ多くの方に挑戦を続けていただきたいと思う。白馬のナイトがやってくるまで、執念深く、あきらめない力が大事だ。
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