【横塚裕志コラム】「会社が主」から「社員が主」への大転換が 競争力を上げる ~JALOODAという企業変革~

2010年1月日本航空は破綻したが、その後見事な回復を遂げている。その回復の源になっている経営哲学が「JALOODA」だ。10月20日DBICにて、JALOODAの社内への浸透活動を行いながら「76」の機長を務める片桐氏からその取り組みを教えていただいた。その取り組みは、一言で言えば、「会社が主」から「社員が主」への大転換という企業変革だ。私が感じたことを書いてみようと思う。

1.米軍の戦略の大転換

JALOODAのベースの考え方は、米軍の「OODA」という戦略だ。このOODAの背景を確認しておく。
米軍は、ベトナム戦争後、「技術力」に頼る戦略から、「機動性・柔軟性・意思決定速度」を重視する方向へ大転換を行った。その理由は、戦場が従来とは大きく違って、敵の攻撃は予測不能だし、戦況はリアルタイムで変化していくので、中央での計画重視型では負けてしまうからだ。

要すれば、PDCA・トップダウン・階層構造戦術という考え方から、前線の現場が自律してOODAループを高速で繰り返す、という考え方に転換した。これは、「適応性(Agility)」や「学習の早さ」、「状況の変化への柔軟な対応」を重視して、より早く、より賢く変化できる者が勝つという思想だ。

2.「会社が主」から「社員が主」へのJALの大転換

JALOODAも、「会社が主」という計画重視の上意下達型を改め、「社員が主」の社員自律型に変革するプログラムだ。その趣旨を書いてみる。

  1. 指揮命令型組織の限界

    「会社を主」に意思決定すると、会社が経営目標を決め、それを遂行するために社員がどのように仕事をするかという順に、上から下に行動を決めていくことになる。このような上下関係の組織では、社員が能力を発揮できないという大きな問題がある。


    〇自律性の欠如
    ・上司の指示がなければ動かない
    ・現場で起きている変化に対して即応できない
    〇責任の分散・依存
    ・「上が決めたから」「指示どおりにやっただけ」
    ・課題や改善に対して受け身になりがち
    〇萎縮した風土
    ・ミスを恐れてチャレンジを避ける
    ・発言が抑制される

    このような状態では、たとえ個人に能力や意欲があっても、それを「発揮する環境」が整っていないため、組織としての潜在力を活かしきれない。

  2. 社員が主で、会社が社員を支えるという組織への変革

    社員は「上司の目を気にして従う」のではなく、企業の存在意義に基づき、自分は経営者という覚悟と勇気を持って、自律して、自分で考え行動するという文化に転換する変革だ。まさに、OODAそのものだ。自律型で行動できれば、個人の能力が十分発揮され、組織は強くなるという考え方だ。

    • 目の前の現象をしっかり「観る」:Observe
    • 自分の言葉で「わかる」=意味づける:Orient
    • 他人任せではなく自分で「決める」:Decide
    • 決めたら「動く」:Act


そして、最初の「観る」は「直観」が大事だという。「直感」ではなく「直観」で、過去の経験や学びで育んだ暗黙知で意思決定することを言う。想定外のときの決断、新しいことを選択するときの判断、それはマニュアルやデータから導けるものではなく、身体に宿っている知恵が大きな能力となる。そして、この能力は、自律して自分で判断することを繰り返すことで大きくなっていく。だから、自律することが重要なのだ。
この考え方は、まさに「機長」の意思決定行動そのものだ。想定外の事象が起きたとき誰も助けてくれない。600人の命を背負いながら瞬時に自分で意思決定し行動する姿、これが自律だ。つまり、OODAを真似したのではなく、「機長」の行動そのものに「社員が主」という自律分散の哲学あったとのこと。

3.「愛」と「信頼」

経営を「社員が主」に180度転換するためには、マインドの変革が必要とされる。片桐機長のお話の中で、私が特に感じたことを3つ書く。

  1. 役員が自ら変わる覚悟がなければ会社は変わらない

    JALOODAの活動を行うかどうかを決める役員会のときに、片桐氏は意識改革チームのメンバーとして、役員に向かってこう言ったそうだ。「勘違いしていただいては困ります。社員の意識変革などできません。役員のみなさんが自分を変える覚悟があるかどうかを聞いています。」と。
    社員が自分でOODAする会社を実現するためには、会社の中を「自律・信頼」という風が心地よく吹いていないといけない。お互いが自律し、お互いに信頼してリスペクトし合う風土が必要なのだ。そのためには、役員が自律し、信頼し合っているかが最大の分岐点だそうだ。

  2. 「プラス受信」

    問題が何か発生したときに、「それは改善のチャンスをいただいた、ラッキー」という感覚で受け止めるマインドを持とうというもの。問題が問題なのではなく、問題を受け止める自分が問題だと考え、常にポジティブに捉えようという思想だ。
    たぶん、このマインドが持てれば、失敗が許されるし、挑戦がしやすくなるし、心理的安全性が確保されるのだろうと思われる。

  3.  
  4. 「利他の心」

    JALOODAが目指すのは単なる業績向上や効率的な経営ではなく、「人間性」を重視した全人的な経営だ。つまり、社員を歯車のように扱うのではなく、「心」を大切にする経営で、そのベースには「利他の心」がある。
    会社の売上や自分の出世を考えるのではなく、顧客や社会の幸せを考えることが、持続的な成長と変革を可能にするという思想だ。「利他の心」を持つためには、「自利」すなわち「自分が幸せ」でないとできないそうだ。自己肯定感が強くないと、人のためなど考えられないというのはうなづける。

  5.  

    4.「信頼」が競争力の根源

    JALOODAは、組織をフラットにして上下をなくし、信頼という心をベースにして個人への権限委譲をおこない、自由と創造性を引き出す経営ということができる。
    これって、実は、IMDの世界競争力ランキングで上位5か国の日本大使に、競争力向上の秘訣を聞いた結果と全く同様なのだ。5人ともに、「「自律・信頼」に基づく権限委譲」と語っているのだ。(VISION PAPER 2に詳しく書いている)
    日本企業復活のために、目指す姿はこれだ、ということを改めて確信させていただいた。

     

    5.日本航空・植木社長がDBICに来られたとき

    2016年DBICが発足して間もない時、当時メンバーだった日本航空の植木社長が虎ノ門のDBICに来られた。オフィスを一回りご案内した後、奥のソファーでお話しした。そのとき、今でも鮮烈に記憶している言葉が以下の通りだ。
    「機長をしていたが、はからずも経営者になって驚いた。役員会では、どうやったら早くできるかを議論しているだけで、何をやりたいかの議論がない。DBICという場で、何をやりたいかを皆で話すのはいいことだ。」
    稲盛氏が自分の後任に植木氏を指名した理由が、「自律」にあったのだと今思う。

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