第1回目に、野中教授が知識創造理論の中で提示している変革プロセス「メタファー → アナロジー → モデル」を紹介した。そして、変革の出発点である「メタファー」について考えた。トップの直観から生まれる強いメッセージが組織のエネルギーを点火すること、そしてその直観は対話を通じて磨かれることを確認した。
第2回目は、その次のステップ、「アナロジー」に焦点を当てた。
アナロジーとは、メタファーで示された課題を具体的に構造化し、本質を掘り下げるプロセスだ。既存の常識や業界の慣習を一旦棚上げし、「なぜそれが当たり前なのか」を問い直すことで、真の問題を浮き彫りにしていく。この過程では、現行派と問題派の激しい「知的コンバット」が生まれ、暗黙知が引き出され、本質的な議論が進んでいき、真の問題が浮かび上がる。
こうしたアナロジーの実践には、忖度しない文化、社員の自律、そして健全な知的議論を支える思考力が欠かせない。心理的安全性を確保し、個人が常識やバイアスを超えて考える力を養うことで、組織は初めて本質的な知識創造に踏み込むことができる。
第3回目の今回は、この「アナロジー」を経て生まれた洞察をいかに具体的な「モデル」として結晶化し、組織の変革へとつなげていくかを考えていきたい。
私自身の変革体験を例にすると、以下のプロセスだ。
「メタファー」で明示された変革テーマである「血液がさらさら流れていない」という問題を「アナロジー」で具体的に分析した結果、真の問題は、保険約款の複雑さ、保険料計算の難しさ、保険料集金の煩雑さ、代理店と保険会社との手続きの煩雑さ、基幹系システムの複雑さ、だと結論づけた。
これを受けて、「モデル」では、具体的な解決策、例えば、保険約款全面改訂、保険料キャッシュレス、代理店オンライン化、基幹系システムの再構築を企画する。
真似するお手本がない中で、アナロジーでの分析結果をもとに、新しい姿を描くことが求められる。そのためには、各個人の内側にある暗黙知と既知の形式知を行ったり来たりしながら全身全霊で対話・議論するしかない。それを強力に推進するエンジンは、メタファーを熱く共感していることだろう。
イノベーションは既知の組み合わせだ、という説があるが、それは結果的には正しい事実かもしれないが、それを思いつく創造力というのは、強い意志と技術力だろう。
現場の業務を大きく変革することを目的にするプロジェクトになるので、完成形の姿は現場が共感するものでなくてはならない。現場が共感するかどうかは、形式的な文字や図だけではわからない。現場の人の暗黙知でプロトタイプを体験していただく方法しかない。その体感のフィードバックを得ながら改善を繰り返す手法が必要だろう。
全体最適な業務プロセスのデザインは、end to endで一貫した業務プロセスを俯瞰し、構造化して構築するものだ。それを実施するには、関係しているプロセスの担当者をすべて集めて、丹念に最適を創造していく地道な取り組みが必要であり、プロセスデザインのプロが、多くの担当者をファシリテーションしながら紡ぐ必要がある。
加えて、デジタルやAIも、技術的な知識があるプロが最初から解決策の検討に加わることが大事だ。解決策のコアに新技術を導入することが、根本的な問題解決になるからだ。「内製」というより「協働」する必要がある。
企業のビジネスモデルを大きく変革するプロジェクトだから、全部門の強いコミットがなければ成功しない。また、全部門の検討が一貫性を持つものにしなければならない。経営トップの強い意志とプロジェクト推進チームの確固とした論理性が必要だ。
私が、日本的と思う理由は以下の通りで、日本の強みが生かせる適切な変革プロセスだと思う。
「変革」の姿は、ビジネスモデルキャンバスに書いたり、DXモデルを当てはめてみたりするだけの表面的な活動では描くことはできない。いわんや、形式知しか持たないAIが、既知の組み合わせだけで自社に適切な変革を形成できるわけがない。
自社で長年経験してきた暗黙知を持つ人間同士で、わいわいがやがやと対話を繰り返す中で、適切な新しいものが湧き出てくるものなのだ。転職を繰り返す欧米とは違い、日本では自社での経験が深く長いところに強みがある。これを徹底して生かす道があるはずだ。
野中教授も警鐘を鳴らしていた。「オーバープラニング、オーバーアナリシス、オーバーコンプライアンスは、やめた方がいい」「もっと野生になれ」と語っておられた。ガバナンス、四半期決算、成果主義人事制度など、欧米から形だけを取り入れた経営手法が、日本企業を変に短期的な視野しか持たない企業に貶めてしまったように私には見える。社員がみな委縮して好きなことが言えなくなっている。
1970年、80年代は、自由闊達で上下の壁がなく意見を言い合えていた。短期的な利益より「いい仕事がしたい」「本来こうだよね」という雰囲気だった。そんな日本を取り戻したいと思うのだが。
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