野中教授の「知識創造理論」は、その最初の論文が1991年「ハーバード・ビジネス・レビュー」に掲載され、書籍「知識創造企業」が1995年に出版されている。まさに日本企業が世界で活躍している1980年代に、その活躍の「極意」を実証的に調べ、抽象化し、モデル化したものだ。
この「イノベーション・プロセス」こそ、日本企業が生み出した戦法であり、日本の強みを生かした戦法になっているものと思う。加えて、私の「変革体験」を思い出すと、この戦法通りに企画し実行したように思う。そこで、あらためてこの戦法を整理し、みなさんの役に立てていただきたいと思う。
「メタファー」→「アナロジー」→「モデル」の知識創造プロセスで構成されている。
このモデルは、暗黙知と形式知を行き来する「SECIモデル」の陰に隠れてあまり語られていないが、こちらの方が大きな企業変革を行う戦法としてはわかりやすいと思うので、これを取り上げたいと思う。
事例で説明する。
1950年代、ホンダが新しいオートバイを開発する際、既存のバイク市場ではなく「日常生活で使える新しい移動手段」を模索していた。
経営トップが「バイクを「生活の道具」にしたい」という比喩で新しい商品のコンセプトを示す。「スポーツマシン」ではなく、「買い物カゴを載せられる道具」というイメージをまず明確に示す。
開発チームは「主婦が自転車を使って買い物をする」という状況を参考に、「誰でも簡単に扱える」「服を汚さない」「荷物を載せられる」などの具体的な内容に分析していく。
「軽量・自動クラッチ・荷台付き」という設計概念が整理され、"Super Cub" という新しいプロダクトモデルとして具現化。
2004年から10年かけたイノベーションで、私が実際に体験したプロセス。
CIOが「今の業務処理の実態は、血液がさらさら流れていない感じがする。このまま10年後は迎えられないのではないか」と比喩で問題提起した。
業務が滞っている理由を調べると、保険約款の複雑さ、保険料計算の難しさ、保険料集金の煩雑さ、代理店と保険会社との手続きの煩雑さ、基幹系システムの複雑さ、などが浮き彫りになった。
保険約款全面改訂、保険料キャッシュレス、代理店オンライン化、基幹系システムの再構築と具現化した。
このプロセスは、野中理論を知っていて真似したわけではなく、後から振り返ってみると、まさに野中理論そのものだったということだ。とてもぴったりはまるのだ。日本企業にふさわしいやり方なのではないか、とあらためて思う。
イノベーション・プロセスのステップ一つずつ、そのポイントを考えてみることにする。まずは、「メタファー」から。
このトップのメッセージが「変革」を始める狼煙の役割になっている。つまり、メタファーがなければ、何も始まらないということだ。変革しなさいとか、DXしなさいとか、新事業を始めようとか、あるいは、世界一になろうとか、そのような曖昧なメッセージでは誰も動かない。
「血液がさらさら流れていない。10年後は死ぬ。」という将来への方向性を示す強烈なメタファーがあって初めて、変革しようとの共感が生まれる。
日本企業でDXが進んでいないのは、このメタファーが発信されていない、ということが大きな理由ではないかと推察している。
メタファーは、データドリブンでもなければ、施策の積み上げでもない。経営トップの直観だ。「直観」というのは、単なる勘による「直感」と違って、実体験を積み重ねてきた肌感覚の想いであったり、長年の経験から出てくる信念みたいなものだ。つまり、暗黙知からのメッセージなのだ。言語化しにくいがつくり上げたい次世代のイメージや、言語では表現しにくいような深い課題感を表現したものだ。
だから、論理的なものでなければ、証明されたものでもない。しかし、共感を呼び、どの部門でも考えるべき方向性が一つになれる。
これこそ、日本人特有の強みではないか。「血液がさらさら流れていない」などと、欧米の企業で言ってみてもスルーされてしまうと思うが、日本人にはよくわかるし、趣旨が伝わるのだ。
野中教授は、トップが直感を題材に他の人と対話することで、「直観」に仕立てていくことが大事だと言っている。トップを支えるペアの存在や知識の共創チームが不可欠だ、ということを言っている。
ホンダは本田氏と藤沢氏との対話、ソニーは盛田氏と井深氏との対話、松下電器は松下氏と経営企画室との対話で、メタファーを紡いでいる。
野中教授も実は竹内氏との対話で知識創造理論を構築している。
トップと支援チームとの創造的対話が必須のキーだ。
次回は、アナロジーを考える。
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