【横塚裕志コラム】AIエージェントを絆創膏で使ってはいけない

「AIエージェントは絆創膏ではない。体質改善を行うためのものだ。」と語っている映像を見たが、まさにその通りだと思う。

一部門の一部業務だけを自動化する、いわば傷口に絆創膏を貼るようなレベルでは宝の持ち腐れだ。部門をまたぐ一連の業務プロセスを対象とし、ビジネス全体の競争力を高める仕掛けとして活用することこそが、AIの重要なポイントだ。

 

1.部門横断の業務プロセスをAIで変革する例

製造業の例を考えてみる。私は製造業の経験がないため若干ずれているかもしれないが、典型的なケースを想定したつもり。

受注〜在庫〜生産〜出荷のサプライチェーン
現行では以下のように、部門ごとに最適化されたプロセスが構築されている。

  • 営業部:顧客から注文を受け、在庫や納期を確認するため、生産管理や物流へメール・電話で問い合わせ。
  • 生産管理部:営業からの情報をもとに納期を計算し、製造計画を修正。
  • 購買部:必要な部材が不足していれば仕入先に発注。
  • 物流部:出荷計画を組み、営業へ納期を回答。
  • 全体:部門ごとに異なるシステムを使い、人的な橋渡しが多く、納期遅延や在庫過剰の原因となる。
 

AIエージェント導入後の姿
AIエージェントは「全体の意思決定」を自律的にサポートする。

  • 営業が注文を入力した瞬間に、AIが「在庫 → 生産能力 → 部材調達状況 → 配送枠」を自動で評価。
  • 最適な納期をその場で提示し、生産スケジュールや部材手配も同時に調整。
  • 設備故障や仕入遅延などの異常が発生すると、AIが即座に再計算し、関係者へ連絡と代替案を提示。

その結果

  • 在庫過剰・欠品の減少
  • 納期回答のスピードと精度向上
  • メール・会議・Excel調整の大幅削減
  • 部分最適ではなく、サプライチェーン全体の最適化が可能に

2.どのような手順でAIによる業務改革を実施するのか

AIを活用して新しいプロセスを実現するには、以下の手順が必要となる。

  1. 現行プロセスの棚卸し(As-Is)
    • 部門横断の業務フロー作成
    • 例外ケースの洗い出し
    • データ項目の棚卸し
  2. 課題とKPIの整理
    • 滞留ポイント(査定待ち、書類不備、再照会など)
    • 業務コスト、顧客の手間、リードタイム
  3. To-Beプロセス設計
    • AIエージェントの役割定義
    • 人とAIの判断境界の設計
    • 利用シナリオとUXの設計
  4. AIエージェントのプロトタイピング
    • プロンプト設計
    • 判断ルール(ガードレール)作成
    • データ連携(API、DB)
  5. PoC(実証)
    • 一部業務(例:給付金の初期査定)でテスト
    • KPI計測(正確性、時間短縮、コスト削減)
  6. 本番展開
    • 全社教育
    • 運用ルール(モデル更新、例外対応)の整備
    • 継続改善ループの構築
 

3.今の体制で実施できるか

現状の組織・人材では、ほとんどの会社が実施に苦労するだろう。

DXの失敗が示すように、「変革」と掲げながら、実際は「現場の細かい業務のIT化」で終わってしまうパターンが、AIでも再び起こりつつある。今の体制ではできないだろうと思われる理由が二つある。

  1. 実施する役割を担う部門がない

    企業の組織はピラミッド型の権限構造で動いており、各部門は業務プロセスの一部分だけを管理している。そのため、エンドツーエンドの業務全体を見て変革を進める役割の部門が存在しない。
    
部門がなければ、誰もその役割を担わない。これはDXでも起きた。

  2.  実施できる能力を持つ人材がいない

    経産省が示すDXスキル標準における「ビジネスアーキテクト」と「ビジネスアナリスト」の能力を持つ人材がいなければ、先述の検討タスクを進めることは難しい。
    
AI活用とは、人の意思決定領域に踏み込み、業務プロセスを「人とAIでどう分担するか」を再設計する作業である。業務プロセスの専門家とAIの専門家が協働しなければ成立しない。デジタル化以上に深く難しい取り組みだ。
    絆創膏を貼っているだけでは、何の効果も生まれず、コストだけがかさんでいくものと思われる。

 

AI導入の成否が企業の将来を左右することになると考えると、経営としてどのような体制で取り組むべきか、今責任を持って検討するべき時ではないだろうか。

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