狙い ①デザインシンキングの基礎を学ぶ ②実際に生活者を観察し課題を見つける ③プロセスを体得しシンガポール実践に備える
今回のフィールドワークを開催した福島県田村市は、2005年3月1日に田村郡滝根町・大越町・都路村・常葉町、・船引町の5町村が合併し発足しました。福島県中通りの中心部に位置し、古来から交通の要衝として発展してきました。しかし2011年に東日本大震災が発生し、福島第一原発から半径20~30kmに該当する地域に避難指示が出されました。2014年にすべての避難指示が解除されましたが、遠方に避難した住民の一部は元の住居に戻らず、市の人口は震災前と比べて10%減少しました。また高齢者と生産年齢人口の比率が1対2になっており、高齢化が進んでいます。人口減と少子高齢化、まさに日本が抱える社会課題を象徴した地域と言えます。 DBICディレクターの岩井秀樹が田村市の地域活性化を支援しているご縁で、田村市のみなさまのご理解とご協力をいただくことができ、今回の実践型デザインシンキング合宿を開催する運びとなりました。 DBICディレクター 岩井 秀樹 今回のプログラムをコーディネートしていただいたのは福島の復興活動に取り組まれている本田紀生様です。「NPO法人 元気になろう福島」理事長、「NPO法人 大熊町ふるさと応援隊」理事・事務局長、「株式会社アソシエイト」代表取締役など、幅広い分野で福島の復興に向けた活動をされています。 本田 紀生 様 初日は活動拠点となる「花の湯」においてデザインシンキングの考え方と手法を学びます。なぜデザインシンキングが必要とされているのか、デザインシンキングを実践するためのポイントは何か。デザインシンキングの原則は生活者中心のアプローチであることです。自らの視点でプロダクトやサービスを設計するのではなく、生活者を理解しながら課題を見つけ、生活者に合わせて設計していく。この考え方の転換が最大のポイントです。ユーザーだけを観察するのではなく、生活者を幅広く観察することで、いままで気付かなかった新たな課題を発見することができます。 基礎を学んだあとは、翌日のインタビューに向けた準備をします。今回は練習ということもあり、テーマを「地方で暮らす人たちが医療に関して心配しないで暮らせるために我々ができることは何か?」に設定しました。過疎地域から病院に通うのが大変なのではないか、病院が足りていないのではないか。参加者からはそういった疑問が挙がりました。
翌日からはいよいよフィールドワークです。午前中は田村市北東部にある中山地区公民館に伺いました。中山地区は田村市中心部から北東に約10kmの山間部に位置しています。人口は1984年の593人をピークに減少を続け、2016年4月1日現在で371人、37.5%の減少となっています。また高齢化率も36%を超え、過疎・高齢化が顕著な地域と言えます。 中山地区集会所でおこなわれたインタビューの様子 現在は地域活性化に向けてエゴマ栽培に取り組まれており、今回はその活動の中心となっている地区役員のみなさま、女性部のみなさま、そして中山永寿会のみなさまに、中山地区集会所でお話をうかがいました。 中山地区集会所 インタビューにご協力いただいた地域のみなさまから見れば、参加者は子供や孫の世代にあたります。大きな年齢差があるにも関わらず「まるで孫が来たようだ」と親切に迎えていただき、なごやかな雰囲気でインタビューが始まりました。途中ではエゴマ栽培のお話も伺いながらみなさまの困りごとをヒアリングしました。 中山地区の新たな特産品である「えごま油」 参加者の様子 午後は須賀川市に移動し公立岩瀬病院を訪問しました。須賀川市の中心部に位置する地域の中核的医療機関です。 須賀川市の市街中心部に位置する公立岩瀬病院 新生児集中治療室(NICU)などの設備が整った周産期医療センターと、患者さんの在宅復帰を支援するための地域包括ケア病棟があることが特徴です。今回は院長の三浦純一様にお話をうかがいました。 三浦 純一 院長 岩瀬病院では、少子高齢化が他の県より早く進行する福島県において、未来の街づくりをするためには「安心して子供を産み育てられるまちをつくる」ことを最優先課題と設定し、2017年4月に産科婦人科病棟が開設されました。開設後は当初計画を上回る数の患者さんが病院を訪れ、そのうちの20%は里帰り出産を選択されています。これは予想していなかった嬉しい効果だと三浦院長はおっしゃります。 病院内視察の様子 そして今後のビジョンをうかがった際に印象的だったのは「これから毎年1歩ずつ階段を降りる準備をしていくこと」。日本の人口減少や高齢化は避けられない動向であり、いまから手を打っても劇的な改善は見込めない。であればその緩やかな変化に少しずつ対応していくこと、それがこれから必要な行動であるとおっしゃっていました。 夕方はふたたび田村市に戻り、芦沢地区にある蓮笑庵にうかがいました。蓮笑庵は民画家である渡辺俊明氏によって作られたアトリエです。平成17年没後、奥様の渡辺仁子様によって「くらしの学校」として開放され、現在はアトリエ兼地域のコミュニティの場として活用されています。 蓮笑庵には渡辺俊明氏の作品がところ狭しと並べられています。アートに囲まれた落ち着いた空間で、芦沢地区に住まれている方にお集まりいただき、医療だけでなく介護や子育てについてもお話をうかがうことができました。 様々な地域でインタビューをしてきた結果として見えてきたことは、それほど医療に関して困りごとがないという点でした。確かに近場には医療機関が少ないものの、自家用車や乗合タクシーなどの車さえあれば都市部の医療機関に通うことができ、必要な医療を受けられる体制が整っていました。しかしその背景を深堀りすると、車を利用できる環境がないと一気にコミュニティから疎遠になり生活品質が落ちること、また医療や介護にかかわる人材の人手不足とやりがいの欠如、といった真の課題が見えてきました。 渡辺 仁子 様 蓮笑庵でのインタビューの様子
翌朝は田村市役所の保健課で田村市の取り組みについてお話をうかがいました。保健課では地域保健・医療・健康に関する取り組みをされています。 田村市役所 田村市には入院が可能な医療センターがなく、住民が大きな病気をした場合は車で30分ほどかかる郡山市の病院まで行く必要がありました。その課題を解消するために、現存の民間病院の事業を承継し、2019年7月に市立病院の開業が予定されています。 田村市 保健福祉部 保健課 渡辺 春信 課長 またもう一つの重要な取り組みが予防医療です。市民の健康寿命を延ばし医療負担を減らすことが地域の医療におけるもっとも効果的な課題解決方法です。病院に行く機会がない市民に対しどのように予防医療を拡げていくか。これも大きな課題の一つと言えそうです。 田村市役所でのインタビューの様子 続いて福島第一原発が立地する大熊町に向かいました。同町は全域避難指示の対象となっていましたが、4月10日午前0時に一部地域の避難指示が解除されました。今回の解除対象は町西側の大川原地区と中屋敷地区。すでに町役場が建築されており、周辺では復興支援住宅の建築が始まっています。 大川原地区に建築中の復興住宅 周辺には居住可能地域と帰宅困難地域を隔てるフェンスが目立ちます。見た目ではその違いは分かりませんが、フェンスの向こうに立ち入ることはできません。満開の桜並木も途中から先に進むことはできません。この目に見えない障壁がいまも震災の傷跡として残っています。 夜の森地区の帰宅困難区域を望む 午後は2チームに分かれてインタビューの結果をまとめ、夜遅くまで課題定義のワークショップが開催されました。生活者のインタビューから見えてきたものは様々ですが、意外と医療では困っておらず介護に課題があること、そして車などで移動できるかどうかが生活のクオリティを大きく左右していることに気付かされました。各チームは「どうすれば介護従事者がやりがいを感じることができるか」「どうすれば高齢者の骨折を防ぐことができるか」という課題を定義しました。 深夜まで続いたワークショップの様子
最終日は朝からアイデア出しのワークショップです。定義した課題に対してどのような解決策があるかを探っていきます。チーム内でアイデアを出し、それをプロトタイプとしてアウトプットしていきます。 DBICディレクター 真鍋 薫子 できあがったプロトタイプを共有し、フィードバックを受けて課題とアイデアを繰り返しブラッシュアップしていくという、デザインシンキングの基本的なプロセスを体感することができました。 各チームからは「介護食の情報を共有するコミュニティサイト」「運動しながら移動するシェアモビリティ」といったアイデアが提案され、現地コーディネーターの本田様からもフィードバックを頂きました。 以上で4日間の合宿が終了しました。参加者からは「実際のインタビューをすることで固定概念が崩れた」「課題設定が難しいことを痛感した」といった意見がありました。本プログラムで得た経験と知識を元に、いよいよ実際の課題定義に取り組みます。
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