2019年度からDBICは新たに「ソーシャルイノベーション by デザイン」を活動指針に自らがリードするプロジェクトをスタートしました。第1弾として6月から「発達障がい・睡眠障がい」をテーマにしたプロジェクトが稼働しています。今回はその第2弾として、ディレクター岩井秀樹がリーダーを務める「働く女性の健康問題プロジェクト」をキックオフしました。 説明会では、岩井からのプロジェクト概要説明に加え、女性の健康問題に関するスペシャリストとして株式会社ライフサカスCEO/FOUNDERの西部沙緒里様にご講演いただきました。参加者の大半が女性というDBICでは貴重な今回のイベント。本レポートでは講演内容を再構成してお伝えします。
DBICディレクター 岩井秀樹 岩井:DBICディレクターの岩井です。私は10年ほど前まで保険会社に勤務していて、グループ会社の人事部門の責任者を務めていました。当時、大きなテーマだったのは女性社員がどのようなタイミングで離職してしまうかということで、結婚、出産、介護という3つのライフステージがその代表格でした。 私は担当者としてそれぞれに対して施策を打って、女性の退職率を下げることに成功しました。それだけでよかったと思っていたんですね。 ところが、つい3ヶ月ほど前に、働く女性にとっては退職は問題の一面でしかなく、その背景にある30代から40代にかけての女性特有の健康問題が本質にあることを知りました。働き盛りの女性の問題の本質に、どうして10年前の人事責任者の時代に気づけなかったのかと悔やんでいます。 そういった個人的な思いもあって、今回の「働く女性の健康問題」プロジェクトを立ち上げました。社会としても、会社としても、男性も女性も誰もが活躍できる社会になるように少しでも貢献できればと考えています。
岩井:プロジェクトの目的はふたつあります。ひとつは、「女性の健康問題」に対応するためのサービス、製品、システムなどの「プロトタイプ(試作品)」を複数作成し、実際にテストしてみることです。スマホのアプリになるかもしれないし、物理的なプロダクトになるかもしれません。とにかく、実際にユーザーが「これなら効果がある」と感じてもらえるようなプロトタイプ作成をゴールにします。 もうひとつの目的は「女性の健康問題」について情報発信し、認知度を上げることです。先程お話したように、私自身も3ヶ月前までこのこの問題を認識できていませんでした。社会全体や男性中心の企業の認知が足りないのはもちろん、当事者である女性自身においても、理解が進んでいないことがわかっています。 [gallery link="file" columns="1" size="full" ids="9737"] 手法としてはデザインシンキングの基本プロセスを忠実に踏襲しながら進めます。デザインシンキングでは最初に「問題を発見すること」から入ります。ですから今回、初期テーマは「企業で働く女性が健康問題に関して適切な支援を得て望むキャリアを築いていくために私たちにできることは何だろうか?」という広いものを設定します。 これをベースに、専門家が既にどんな調査をしているかをリサーチする定量調査、そして、実際に女性個人にインタビューする定性調査を行います。こうした観察・調査の中から、「もしかしたらこれは有効かもしれない」というアイデアを見つけ、すぐにテストして、うまくいけば本番に、失敗したらまた他のアイデアに、というサイクルを繰り返します。
ライフサカスの西部沙緒里様(左)、NPO法人ハナラボの角めぐみ様(中央)と藤本真希様(右) 岩井:2019年9月にスタートして、3ヶ月後の12月末までをアイデア出しの期間とします。その後、2020年1月から3月までがプロトタイピングの期間になります。 プロトタイピングの結果「これだったら事業化できるかもしれない」というものが出てきたら、参加してくださっているDBICメンバー企業の中で事業化していただきたいと考えています。もちろん、1社だけでなくジョイントで取り組んでいただくのもよいと思います。 [gallery link="file" columns="1" size="full" ids="10190"] プロジェクトのリーダーは私が担当し、メンバーは本日参加してくださっているDBICメンバー企業の中から募ります。それ以外に女性の健康問題のスペシャリストとしてはこの後講演していただくライフサカスの西部沙緒里様、デザインシンキングのプロセス支援にはNPO法人ハナラボの角めぐみ様と藤本真希様に入っていただきます。加えて、アイデア決定後に来年プロトタイピングを行なう際には、その内容に応じたプロのデザイナーに参加してもらう予定です。 日本のビジネスパーソンが苦手な「試行錯誤」に慣れていただきたいです。特に役職が上がるほど、効果は、事業性は、予算は、と気になって動けなくなってしまいがちです。このプロジェクトではそれを一度忘れて、「女性が何に困っているか。それをどう解決するか」だけに半年間集中していただければと思っています。
株式会社ライフサカス 西部沙緒里 様 西部:西部沙緒里と申します。新卒から12年と少し博報堂の社員として働き、2016年に株式会社ライフサカスを創業しました。弊社を一言で表すと「働く女性の健康支援」をしているベンチャー企業です。創業メンバーが30代で癌、または不妊治療を経験しているという特徴があります。 主な事業は、不妊・産む・産まないについて個人の実体験を実名、顔出しで紹介する日本で初めてのウェブサイト「UMU」の開発運営。そして、私が博報堂で人事や人材開発に携わっていたことから、ビジネスコーチやキャリアメンターとして企業や自治体、教育機関に対して女性の健康問題に関する研修やワークショップを行っています。 それに加えて、個人の活動として働く女性のウェルビーイングをテーマにした「edamame talk」というポッドキャストも始めています。よかったらぜひ聞いてみてください。 まず、数字が示す事実として、女性の癌患者は30代で男性の3.3倍、40代でも2.8倍います。30代の入院率は女性が男性の1.5倍。このタイミングがちょうど、女性がいちばん働き盛りの時期にリンクしてしまうことがわかります。
西部:近年、社会全体でダイバーシティの重要度が認知されるようになりました。それは素晴らしいことですが、現時点でのダイバーシティは人種、性別、年齢、障がいの有無といった、比較的「目に見えやすい」属性で語られる範囲のものです。 ところが、その周辺に取り残されている「目に見えづらい」属性、例えば家族の介護、メンタルヘルス不調、婚姻状況といったダイバーシティは依然として当事者が声を上げづらい、「サイレント」な状況にあります。その最たるもののひとつが、女性の健康問題ではないでしょうか。具体的には月経障害、PMS、更年期、不妊治療といった領域です。 少しずつですが、企業にとって女性の健康問題が重要な「経営課題」であることが報道などを通して認知されるようになってきました。データを示すと「働く女性2500万人のうち、17.1%が婦人科疾患になることによる、医療面、生産性面合わせた経済的損失額は6.37兆円(出典:日本医療政策機構『働く女性の健康増進調査2016』)」と言われています。 他にも、「女性ホルモンが体に与える影響について知らないことにより招いている労働損失額は約5,000億円(出典:「15~-49歳の2万1477人の女性を対象に2011年に行ったオンライン調査。Tanaka E, Momoeda M, Osuga Y et al.)」という調査があります。 この規模になると、女性の健康問題を「個人の自己責任」としてではなく、経営課題、社会課題として扱うべきであることがよくわかります。
西部:男性ホルモンの変動は生涯を通して緩やかですが、女性ホルモンは山なりに大きく変化します。その中で更に、月経、排卵、次の月経という小刻みな変動が毎月女性には起こっています。 [gallery link="file" columns="1" size="full" ids="9735"] 内閣府による2018年の調査では、20〜30代の女性のうち約8割が月経に関する何らかの不調を抱えています。また、40代後半から50代の女性が、女性ホルモンの急激な減少によって直面する更年期は、40代で約40%、50代で50%が不調を感じています。 これだけの女性が会社に言えないトラブルを抱えながら生きているのです。まさに「サイレント・ダイバーシティ」、語られてこなかった真実ではないでしょうか。
西部:2018年の経産省の調査では、約43%の女性が、女性特有の健康問題によって「あきらめなくてはならない」と感じたことがあると回答しています。具体的には正社員になるのをあきらめたり、キャリアアップ、管理職をあきらめています。 また、同省が「女性従業員」を対象に勤務先で困ったことを調査したところ、トップは「月経関連の症状や疾病」でした。ところが、「管理職」を対象に女性従業員への対処で困ったことを調査すると、トップが「メンタルヘルス」になっているのです。 このギャップは職場だけの問題ではないかもしれません。夫婦間や家族間でも、同じようなギャップが存在するのではないでしょうか?
西部:ヘルスリテラシー、という言葉をご存知でしょうか。自分の身体を知り、適切な情報を入手・活用できることを指します。健康経営の文脈で盛んに使われるようになりました。 このヘルスリテラシーが高いと、仕事のパフォーマンスが有意に高い。不調状態であっても、パフォーマンスが下がりにくい。なぜなら、ヘルスリテラシーが高ければ、自発的に服薬や受診をするので、重篤化する前に対策ができるのです。 先進国18カ国の男女に「妊娠のしやすさ」の知識を聞いた国際研究論文で、日本人女性は正答率40%以下、ワースト2位でした。35歳を境に、妊娠力が急激に落ちることを日本の女性自身が認知していないのです。
西部:このようにヘルスリテラシーの話をしている私自身も、ライフサカスを始める前までは本当に無知でした。若い頃から生理不順で通院していて、こんなに面倒なら、いっそ生理なんて一生来ないでくれたら良いのに、と思っていたくらいです。 冒頭でお話したように博報堂に勤務し、33歳で結婚して、このまま定年までいくのかなと考えながら楽しく仕事をしていた37歳のとき、乳癌が見つかりました。最初に頭をよぎったのは、そのとき自分がリーダーとして進めていたプロジェクトのことでした。上長に相談して同僚には病名を伏せたまま、治療のために入院することになりました。 幸い早期であったため抗がん剤を使わずに手術で対応できることになって、ほっとした矢先に待っていたのは医師からの不妊の宣告でした。正直なところ、子供はいつか当たり前に産めるとばかり思っていたので、ある意味、癌以上の衝撃を受けました。
西部:癌の治療が終わって職場に復帰し、働きながら不妊治療を進めたのですが、それは甘い考えだったことがわかります。癌は疾病ですから休職制度を使えますが、不妊治療は病気ではないから休職できない。そもそも、癌の治療でさんざん会社を休ませてもらった直後に、また面倒をかけて「やっかいもの」だと思われたくない。 癌を治療していたときより苦しい状況で働きながら、少しずつその思いをつぶやいていたら、周囲の友人が「実は私も」と次々にカミングアウトしてくれ始めたのです。働きながら妊娠適齢期を逃してしまった女性がいかに多くいて、それに対するサポートがいかに希薄か。それに気づいたときが私の人生のターニングポイントでした。 女性が各ライフステージで抱える特有の生き辛さ、これを解決するために残りの人生を捧げよう。そう思って2016年9月に法人化したのがライフサカスです。その半年後の2017年5月には奇跡的に第一子を授かることができました。 このような私のカスタマー・ジャーニーを聞いて、みなさんが私だったら、周囲に何を望んだでしょうか? もしくはみなさんが私を支える支援者や友人という立場だったら何をしたでしょうか? みなさんが感じたことを今回のプロジェクトの題材にしていただけたらと思います。
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