第1回のゲストスピーカーは、社会システムデザイナーの武井浩三様(元ダイヤモンドメディア代表取締役)です。武井様は、「ティール組織」など、日本における自律分散型経営の第一人者としてメディアへの寄稿や講演活動、組織支援などを行っています。 2018年7月に武井様はこれらの経営を「自然(じねん)経営」と称して一般社団法人自然経営研究会を設立し、代表理事を務めています。組織論に留まらず、自律分散型で持続可能な社会システムや貨幣経済以外の経済圏など、社会の新しい在り方を実現するための研究・活動を行っています。 講演では、給与・経費・財務諸表などのすべてを公開し、会社の代表も選挙で決めるダイヤモンドメディアの経営思想、自律分散型で持続可能な社会システムの在り方、東京・世田谷区など30近く関与している地域コミュニティー活動の内容をお話し頂きました。本レポートでは講演内容を再構成してお伝えします。
江上広行様(株式会社URUU代表取締役) URUU江上広行様:今回の「非連続経営研究会」のコーディネーターを務めている江上です。 現代は「VUCA」の時代と言われています。これは、「Volatility(激動)」「Uncertainty(不確実性)」「Complexity(複雑性)」「Ambiguity(不透明性)」の頭文字をつなげた言葉です。 こうした時代にあって、今、リーダーシップの在り方にも変化が求められています。同時に、人間の全体性をどう発揮できる社会を導き出せるかといったテーマも重要になっています。 人間は男性性と女性性、論理的側面、無意識の自己、意識している自己など多彩な能力を持っていますが、現代社会ではそのほんの一部しか活かされていません。もっと多くの人間の能力を発揮させるためには、現在の社会システム、とりわけ組織の在り方が大きく変化しないといけないでしょう。 私はそう遠くない未来に、資本主義は新しい姿にアップデートされ、利益だけを追求してきた「ビジネス」もやがて終焉を迎えると思っています。「非連続経営研究会」ではその先のビジネスを再定義するチャレンジを行います。「非連続経営」とは、新奇な経営スタイルを指すものではなく、未来に非連続な変化をもたらす新しい経営スタイルのことを指します。 30年後の未来の人たちが、令和のはじまりの頃を指してこんな会話をしているでしょう。例えばこのようなイメージです。
こんなことが囁かれている未来とはどんな世界でしょう? 「非連続経営研究会」では、そんな世界を多彩なゲストとみなさんとの対話を通して創作していきます。では、社会システムデザイナーの武井浩三さんに、「新しい社会システムの兆し」というテーマでお話し頂きたいと思います。
武井浩三様(社会システムデザイナー) 武井浩三様:社会システムデザイナーの武井です。私は現在、複数の会社経営に関わっています。地域通貨のプラットフォーム運営会社「eumo」をはじめ、NPO法人で理事をやっていたり、「AFRIKA ROSE」というエスニック系の会社の取締役をやっていたりして、一言で表現できないので、社会システムデザイナーという肩書にして、「詳しくはFacebookを見てください」で通させてもらっています。 これからいろいろな仕事を同時にする時代になると「○○会社の武井です」ではなく、「武井です。これとこれとこれ、やっています」という方がむしろスタンダードになるだろうなと感じています。 12年前にダイヤモンドメディアという会社を創業して、いま言った複数の事柄を手掛ける仕事をしていました。この会社は「ティール組織」の日本における第一事例と言われていたのですが、今年、この会社は第三者に譲渡しました。 最近の著書で言うと、「社長も投票で決める会社をやってみた」とか、「管理なしで組織を育てる」という本のほか、共著では、「自然経営 ダイヤモンドメディアが開拓した次世代ティール組織」があります。これはソニーでCDやアaiboを開発していた天外伺朗さんとの共著です。それ以外では不動産のテクノロジーの本も書いています。 武井:私の経歴について少しお話しします。アメリカLAの音楽学校を卒業後、2005年に帰国して、2006年5月にアパレル系ITメディアの会社を起業しました。ただ、この会社、1年で倒産寸前になりました。幸いにも事業譲渡できたのが救いです。これが社会人1年目です。 友人も含めて、多くの人に迷惑をかけました。その経験を踏まえて、社員もその家族も取引先も、お客様もみんなが幸せになる組織をつくって、社会幸福度が増す方向に持っていこうと思い立ったのです。その目的で創業したのが、ダイヤモンドメディアという会社で12年前に創業しました。 経営方針の基礎としたのが、リカルドセムラーの「奇跡の経営」という本でした。ブラジルのセムコ・パートナーズのCEOが書いた本です。このセムコという会社は、働く時間が自由で、みんなニックネームで呼びますとか、管理職の人たちは自分の給与を自分で決めるということなどを紹介していました。 このセムコを参考に起業したダイヤモンドメディアでは「管理なしで組織を育てる」という方針のもと、給料はすべてオープンにし、上司・部下なし、決裁権なし、稟議なし、代表役員は毎年選挙で決める、というのを12年間やってきました。それでも機能する仕組みをつくったのです。 武井:ところが理想的な経営手法を追求すればするほど、法律の壁が立ち上がってくる。労働基準法とか会社法とか、税法が邪魔してくる。税金ってオーナー社長が会社を私物化すればするほど節税できる仕組みになっている。健全な経営をすればするほど、税法的には不利になるのですね。税金の役割、違うでしょって思いました。 そんな経験から、いい会社づくりではなくて、いい社会づくりをしなくてはならないと決心して、会社をまるごと譲ったのです。今は、社団法人をつくったり、官僚と一緒にコミュニティーやワーキンググループをつくって新しい法律づくりのため提言、企画・検討の行動をしています。
武井:今、世界が向かうべき方向性は何かというと、「持続可能」、「自律分散」、「循環経済」、この3つです。結局、循環する経済の中で、自律分散型で支配がない状態をつくらないと持続可能にならないと考えています。 武井:私は、現在、30ほどのコミュニティー活動をやっていて、そのひとつが世田谷区におけるふるさと納税のエバンジェリストです。税金は、中央集権的に集めると、分配できるのは3割くらい。7割が棄損しているのです。分配効率がめちゃくちゃ悪いです。これからの税金というのは、ふるさと納税みたいに、必要なところで必要なだけ集めて分配していく。そうすると無駄な道路工事に使われない。 その他のコミュニティー活動では、ゴミ拾いだったり、不動産テック関係だったり、持続可能な暮らしを考えるリビングテック協会という団体にも関わっています。このような活動をしていると、誰がどんな組織に所属して何をやっているのかは二の次、三の次で、「どういう社会をつくりたいか」が軸になっています。 自然(じねん)経営研究会という社団法人もやっています。私たちは、新しいティール組織のことを自然経営と呼んでいます。あるがまま、自からなるという意味です。会社も全体性(ホールネス)を持っていないと単なるキャッシュマシンにしかならない。キャッシュマシンになって、昔からとんでもない事件が起きているわけじゃないですか。アメリカでは、エンロン事件とか、ワールドコム事件とか日本でもいろいろ起きています。 横塚裕志(DBIC代表) 武井:だから、この社団法人では、全体性のある経営とは何だろうというのを研究しています。立ち上げて2年くらいで、代表理事が8人いて、メンバーはすでに1400人に膨れ上がっています。この会自体がティール組織でまわっていて、誰も権限を持っていません。 その会で2018年末に日本中で新しい組織を模索している会社25社を対象にアンケートをとりました。この中には、サイボーズ、面白法人カヤック、ほぼ日といった上場企業3社が含まれていました。回答で面白かったのが、情報公開にみんな積極的だということでした。実際、65%くらいが給与を公開していました。 また、経営スタイルの特徴を聞いてみたところ、以下の8つのキーワードが明らかになりました。。「経営権限の移譲」「フラットな組織」「自己組織化する組織」「給与・報酬の自己関与」「社員の自律性」「情報の透明性」「ITの活用」「理念経営」の8つです。この回答の中で、給与・報酬については自己決定ではなく、自己関与というのが重要ですね。
武井:少し、ティール組織についてお話ししたいと思います。「ティール組織」の著者、フレデリック・ラルーによれば、これまでの人類の組織形態は、力と恐怖によって支配する「衝動型(レッド)」から始まって、教会や軍隊のように規則・規律・規範によって階層構造をつくる「順応型(アンバー)」、多国籍企業をはじめ現代の企業の多くが採用する「達成型(オレンジ)」、多様性と平等と文化を重視するコミュニティー型組織の「多元型(グリーン)」と、段階を踏んで発達してきたと説いています。そして、今、生まれつつあるのが「進化型(ティール)」というわけです。 会場の様子 武井:ティールって、メタファーで言うと分かりやすいのです。レッドは腕力が強い方が偉い、その人についていく。アンバーというのは軍隊や宗教みたいなヒエラルキーで、上意下達。それでこのヒエラルキーは動かない。奴隷の子は奴隷、商人の子は商人みたいなカンジ。著者のフレデリック・ラルーさんによれば、今の世界の企業の7割、8割がオレンジ型(機械)だって言っています。ただ、最近はグリーン型(家族)が増えてきているような気がしますね。 グリーン型は家族的ですから、みんなでできるだけ優しい会社を作っていこうよ。みんなで決めようということですから、負の側面としては、意思決定が遅くなる。最後に、決定されたことをひっくり返すケースも出てきます。 ティールというのは自律分散型と呼ばれていて、やりたい人がやればいいでしょうというカンジ。ダイヤモンドメディアの時には、採用したい人が勝手に採用する。それに関わる人が面接する。僕は最後の3年くらいはほとんど、何もしていないので、新しい人が入社してきて、「初めまして」ということはザラでしたね。
武井:ヒエラルキーの強い組織の情報の流れは、イメージで言うと、例えば、小学校の連絡網ですね。先生から、学級委員長に、「明日雨が降ったら、運動会は中止です」と流れる。それが副委員長に行って、次々に伝言ゲームみたいに伝わっていく。ところがその途中で、「小雨だったらどうするの」という質問をする人が出てくるわけです。「小雨だったらやる」と誰かが答えるとそうすると雨でもやるってなって、最後の人は、次の日、大雨でも行っちゃう。これって笑い話じゃなくて、大企業の中でも、特にヒエラルキーの強い組織で起こっていることなんです。 会場の様子 武井:しかし、自律分散型組織の情報伝達はLINEグループのノリなのですね。奥さん同士で、LINEグループをつくっていて、例えば、「今日、インフルエンザでヤバイらしいから、幼稚園閉園だって」という連絡がポーンって来る。以上、それでお終い。情報伝達の形がN対Nなのです。これで成り立っているのがティール組織です。 もうひとつ、新橋の飲み会の話です。「今日早めに仕事が終るから、誰か飲みにいかない」。ある人がLINEグループにこう投稿すると、「俺もいきたい」、「私も行きたい」、「僕は9時からなら参加できる」とか、「焼肉だったら行きたいけど」という発言が集まってきます。 そうしていたら、「新橋で安くていろいろつまめる焼肉店、知ってます」という発言が追加され、それで誰かが「そこ予約とっておいてもらえます。4人プラス9時から1人ね」で終了です。ところがヒエラルキーの強い組織だと最初に、「いつ、どこで、何人で、予算がいくらで、どこに集合して下さい」が決まっていないと情報が伝えられない。ところが、LINE的なやりとりだとコミュニケーションをとりながら、着地点に収斂していくわけです。 会場の様子 武井:だから、ティール組織においては予算というものがない。話し合いながら、その都度決めていくので逆に予算が決められない。もちろんざっくりとしたシミュレーションはできます。損益分岐点とかはここだよねとか。しかし実際どうなるのかというのはやっていくうちに、変わっていく。 今の話、みなさんプライベートとか社会人サークルとかで当たり前のようにやっている話です。ダイヤモンドメディア時代、社員35人で外部スタッフもいれると50人くらいの規模だったのですが、それをやっていたのです。
自然経営では、人間関係が円滑になるデザインとして、「透明性」、「開放性」、「流動性」の三要素を説いています。これがあればどんなコミュニティーも関係性が良くなります。 武井:昔の日本家屋には縁側がありました。これが開放性の象徴です。知り合いが通ったら、「おーい、お茶飲んでけ」。この繰り返しで関係性が深くなる。ヨーロッパでカフェテリアの多い街って、街が意図的にデザインされていて、人と人の出会いが増えるので、カップルが増えたり、友だちの数が増える。 この仕組みを学校でできないかと。開放性の反対は閉鎖性ですが、閉ざされた人間関係の中に押し込まれるとそれぞれの役割が固定化して、全体性とか全人格性が発揮できなくなる。だから小学校で何故、いじめが起こるのかというと、閉ざされたクラスの中に変わらない面子でいつも集まっているからなのです。だからいじめられっ子が転校しても別のいじめられっ子が出てくる。いじめっ子がいなくなっても、別の子がいじめっ子になってしまうのです。 それは、いじめっ子が悪いとか、いじめられっ子にも原因があるのではなくて、100%環境が悪いのです。面白い試みとして、小学校でドアがない教室とか、壁のない幼稚園とかが出てきています。教室のドアをなくすだけでいじめが減るのですよ。 武井:自分のクラス以外で人間関係をつくっている人、習い事をたくさんしている小学生はいじめられにくいという統計データがあります。それが開放性です。これを組織の中でどうつくるのか。それのひとつが副業です。収入源が複数に分散している方が精神的な安定性が高いというデータ、予防医学の世界で言うと友だちが多い方が長生きするというデータもあります。 だから、副業禁止を謳っている会社は危ういと思います。極端なことをいうと基本的人権を棄損しているぐらい、高圧的な取り組みだと思っています。機密情報といいますが、今の世の中、転職するのが当たり前で、機密情報なんてあるかって話で、むしろ倫理観とか、健全な人間関係の方がそれを守る上で重要であって、契約書で縛ったからといってそれを守れるかという話ですよ。
武井:私は不動産とITが専門で、世界中の人口動態とか調べていて、わかったことなのですが、新しい組織とか教育とかは日本とヨーロッパで生まれている。人口が減少していて、経済成長が頭打ちで、国土が限られていて、ITが社会インフラ化しているところで、新しい経済とか新しい社会とか、福祉とか、政治が生まれてきているんです。同じ現象が同時に発生しています。 その中で、興味深いのがエストニアです。エストニアはすでに電子国家と呼ばれていて、サイバーテロでハッキングされても致命傷にならないようにデータベースを分散化させる技術を生んだ国としても知られています。 武井:国民の98%が電子IDを持っていて、この電子IDで何でもできてしまうのです。日本は引っ越ししたり、結婚して苗字を変えると銀行口座やクレジットカードの名義などすべて変えないといけませんが、エストニアでは民間のサービスと国のデータが必要に応じてつながっているので、電子IDの住所、氏名、電話番号などのデータを変えると連携して変更してくれます。 不動産の話しでいうと、例えば、僕と江上さんとで、僕が保有していた不動産の譲渡契約をします。その際、まずスマホで個人認証ができます。国の登記所と繋がっているので、スマホで登記簿の内容が変更できるのです。 となると司法書士がいらない。収入印紙ってなにって話です。そういうサービスはすべて無料。不動産の登記が移転したタイミングで、お金も移しましょう。そうするとエスクロー取引がいらなくなる。次に何が起こるかというと、ほぼすべてがキャッシュレス取引で、二人の収入を国がほとんど把握している。 従って確定申告の必要がないのです。不動産の売却益に対する課税がいくらというのも把握されている。エストニアでは国家を回す仕組みの精度が高く、それでいてコストが低くできているんです。 武井:最後に、オムロン創業者の立石一真さんが50年前に発表した「未来予測シナリオ」を紹介させて下さい。これがびっくりするぐらい当たっていて、社会と技術、科学はそれぞれお互いに相関しながら発展していく、それがサイクルになっていくと言っているのです。 重工業の後に、機械化社会があって自動化社会、情報化社会、それで彼の見立ての通り、2019年は最適化社会というところにいる。この次に自律社会が2025年くらいに来て、2033年に自然社会が来ると言っています。 まとめますと。世界は持続可能、自律分散型社会に向かう、ビジネスは人間関係のデザインに向かっていく。これから生まれるべきビジネスとは、機能的なモノはあって当たり前で、どうやったら人間関係が豊かになって、その人の心が豊かになるかというデザイン性がないと面白くもなんともない。 金融、経済の根底がこれから15年くらいで変わっていく。教育、働き方、企業、政治、すべてがほぼ同時に変わっていくと思っています。
武井 浩三 様(元ダイヤモンドメディア代表取締役) 1983年、横浜生まれ。2007年にダイヤモンドメディアを創業。 会社設立時より経営の透明性をシステム化。「給与・経費・財務諸表を全て公開」「役職・肩書を廃止」「働く時間・場所・休みは自分で決める」「起業・副業を推奨」「代表・役員は選挙で決める」といった独自の「管理しないマネジメント思想」は次世代型企業として注目を集める。 2018年7月にはこれらの経営を「自然(じねん)経営」と称して一般社団法人自然経営研究会を設立、代表理事を務める。不動産領域におけるITサービスの普及活動にも尽力し、2018年に一般社団法人不動産テック協会を設立、初代代表理事を務める。一般社団法人LivingTech協会理事、公益財団法人日本賃貸住宅管理協会IT部会幹事、国土交通省公益遊休不動産活用プロジェクトアドバイザーなどを歴任。 現在は、鎌倉投信創業者の新井和宏氏が立ち上げたコミュニティー通貨のプラットフォームを運営する株式会社eumoのボードメンバーとして、新しい金融や地方創生に関わりながら、組織開発やシェアリングエコノミー関連の多数の企業にてボードメンバーを務める。 著書:「社長も投票で決める会社をやってみた」(WAVE出版) / 「管理なしで組織を育てる」(大和書房) / 「自然経営」(内外出版)
他のDBIC活動
他のDBICコラム
他のDBICケーススタディ
一覧へ戻る
一覧へ戻る
一覧へ戻る