第2回のゲストスピーカーは、多摩大学社会的投資研究所教授の堀内勉様です。講演では、資本主義に対する疑問についてのお話から、経済格差はどのように拡大しているのか、ファイナンスの10大概念とは何か、新しい金融のあり方まで、資本主義に関わる幅広いテーマでお話し頂きました。本レポートでは講演内容を再構成してお伝えします。
堀内 勉様(多摩大学社会的投資研究所教授) 堀内:自己紹介ですが、いま、3つの分野で仕事をやっています。文化面では、三重県にあるアクアイグニスという会社で、教育分野では多摩大学の大学院、研究分野では社会的投資研究所、資本主義研究会などです。 それ以外ではマイクロソフト日本法人の元社長が主宰している書評サイトのHONZをメインに経済分野の書評を連載しています。 大学卒業後、日本興業銀行に入行しました。現在のみずほFGです。1997年から1998年には興銀の総合企画部にいまして、正直、血へどを吐きながら不良債権処理をしていました。その後、ゴールドマンサックス証券に転職したのですが、人生を再度やり直そうと思い立って不動産業界に転じました。 それで森ビルに入って、森ビル・インベストメントマネジメントの社長として不動産ファンドマネジメントの仕事をやっていました。それでひょんなことから、森ビルのCFOをやってくれと言われ、2007年に森ビル本体のCFOに就任、その仕事は8年間やっていました。その間、ファイナンスだけでは面白くないので、六本木ヒルズにあるアカデミーヒルズとか森美術館の担当をさせてもらいました。ここを通じてアカデミックな世界とアートの世界で知識と人脈を広げることができました。 堀内:金融を15年くらい、そして不動産を15年くらいやって、それで55歳でした。あと15年経つと70歳なので、あとの15年は自分の好きなように生きようと、それで2015年に森ビルを退社して個人事業主兼研究者の道を歩んでいます。 ここから本題なのですけれど、興銀にいた時も、ゴールドマンにいた時も、森ビルにいた時もいつも同じことを疑問に思っていました。それは、「どうして企業は成長しなければならないのか」ということです。 こんな質問を自分にすること自体、病んできている証拠だと思うのですが、金融危機とかリーマンショックに直撃されると、下りのエスカレーターを全速力で駆け上がっているような気持ちになってきたのです。ゴールドマンに至っては富士山をダッシュで駆け上がるという世界でした。 そうして、資本主義に対する根源的な疑問が生じてきたのです。主な疑問は、「資本主義とは何なのか」「何故、我々は資本主義というゲームに参加しているのか」「僕は参加したくありません」といったら降りることはできるのか」「経済のゲームのルールは、資本主義だけしか存在しないのか」「無限の経済成長は可能なのか」「資本主義という仕組みは、我々人間の本性に適っているのか」などです。 もういやでいやでしようがなかった。こんなことを考えているのはボクだけかな。そんな思いから、「資本主義研究会」という団体を立ち上げました。7年前です。公開講座もあります。登録して申し込んで頂ければタダで参加できますので、皆さんも是非、ご参加ください。 ちなみに資本主義研究会の2020年のテーマは、次のようなものです。今年からはフォワード・ルッキングのテーマにしています。
堀内:さて、「資本主義とは何か」ということはいろんな人が議論しています。一般的な理解としては次のようなものですね。15世紀以降の大航海時代には商業資本主義(商品の流通過程から利潤を得るもの)が存在していて、それが18世紀のイギリスで産業革命によって封建制という制約が打破され、産業資本主義(商品の生産過程から利潤を得るもの)に転換したと、こんなざくっとした教科書的な説明です。 一番よく引用されるのがマックス・ウェーバーの「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」です。要は、ストイックにひたすら働いてお金を貯めれば、来世で救われるということです。プロテスタントの世俗内禁欲が資本主義の精神に適合性を持っていたという理論です。 本研究会のコーディネーターを務める江上広行様(株式会社URUU代表取締役) 堀内:次に新自由主義の話です。ミルトン・フリードマンなどが提唱したもので、政府の規制を緩和したり、撤廃して民間の自由な活力に任せて成長を促そうというものです。この主義に基づく政策を実行した主な政治家には、ロナルド・レーガンやマーガレット・サッチャーなどがいます。この新自由主義というのが現在の世界の経済です。 もうひとつ、リバタリアニズムというのがありまして、これ、日本語にはあまり訳されていないのですが、完全自由主義とか、自由至上主義とか、自由意志主義と言われています。なぜ、リバタリアンの話をしたかというと、リバタリアンという考え方が新自由主義の根底にあるからです。 私は、資本主義の勉強を始めるまで、アイン・ランドという思想家がいることを知らなかったのですが、皆さんはどうでしょう。「肩をすくめるアトラス」とか「水源」という本をご存知ですか? この「肩をすくめるアトラス」は、アメリカ出版社のランダムハウスが調査した「アメリカの一般読者が選ぶ20世紀の小説ベスト100」で第1位なのです。米国会図書館調査では「20世紀の米国で聖書の次に影響力を持った本」とまで称賛されています。 それで第二位が「水源」。アトラスは、もの凄く分厚い本なので、わたしは映画を観ました。要は、経済的自由を求めて、個人が徹底的に戦うというそれだけの内容です。ランドの思想は、神も国も共同体も信用せず、人間の理性と合理性だけを頼りに徹底的に生き抜こうというもので、このリバタリアニズムはアメリカを中心にした新自由主義のベースになっています。 [gallery columns="1" link="file" size="full" ids="11052"]
堀内:ところで、世界銀行が調査した資料に実質所得がどれだけ伸びたかを所得分布階層によって整理したものがあります。通称、エレファントカーブといいます。1988年から2008年のちょっと古い調査ではありますが、それによると、20年間で実質所得が伸びているのは、中国などの新興国の中間層で、それに比べて先進国の中間層は驚くべきことにぜんぜん所得が伸びていません。一部、マイナスになっている層もある。先進国の富裕層の伸びは尋常ではなくて、ものすごい勢いで伸びています。それでエレファントカーブと言われています。 同じような報告書に国際NGOのオックスファムの資料があります。2016年に発表した「1%のための経済」というもので、2015年、世界の最も豊かな1%の人たちが保有する資産が残りの99%の人の資産を上回り、62人の富豪の資産が世界の最貧層36億人分の資産と同じになったことを明らかにしたものです。 報告書は、スイスの金融大手クレディ・スイスの資料をもとに作成されたものです。2010年には最貧層50%の資産が388人の富豪の資産に相当していたのが、この5年間で集中が進み62人となった。要は上の方にどんどんどんどん富が集中しているということです。ちなみに、その総額は同期間に5000億ドル増えて1兆7600億ドルになったのに対し、最貧層50%の資産は1兆ドル減っています。 もうひとつ、世界の個人富裕層の調査があります。コンサルティング会社のキャップジェミニが発表した「World Wealth Report 2018」によると、 2017年の全世界の(持ち家を除く)資産100万ドル以上の個人富裕層の資産額が初めて70兆ドルを上回ったと言っています。これは6年連続の増加であり、 増加率も10.6%と、2011年以来2番目に高い水準になったようです。
堀内:銀行の経営企画部にいて、銀行が生き残る道は何かを考えた時、自分なりに達した唯一の結論が「too big to fail」でした。でかくなったら国は銀行をつぶすわけにはいかなくなるからでかくなる以外にない。 いま、メガバンクの経営者はこれが染みついているので、ここから抜け出すのは難しいのではないかと個人的に思っています。とにかく、それが金融の本質だとすると、つまらないなと思いました。それで私が立てた仮説がこれです。ファイナンスとその基礎にある経済学が人間とのつながりを失ってしまい、ファイナンスが単なる「算盤」になってしまったからではないか? ところがですね。私が勝手に仮説を立てる前に、マックス・ウェーバーが同じようなことを言っています。さきほど、紹介した「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」の中で、「精神のない専門人、心情のない享楽人。この無のもの(ニヒツ)は、人間性のかつて達したことのない段階にまですでに登りつめた、とうぬぼれるだろう」と。 要は、「勝った負けたしかないじゃん、そこに何も精神がない」とマックス・ウェーバーも指摘しているのですね。(注:無のもの:ドイツ語でニヒツ) 本研究会のコーディネーターを務める横塚裕志(DBIC代表) 堀内:そこで、真面目に議論しようと思って、ファイナンスの概念を私なりに10個整理してみたのがこれです。おカネとは何かから、資本主義とは何かまでです。
この話の詳細については、「ファイナンスの哲学 資本主義の本質的な理解のための10大概念」という本で執筆していますので、お時間がある方はご覧ください。 [gallery link="file" columns="1" size="full" ids="11054"]
堀内:ここで、「FACTFULNESS(ファクトフルネス)」という本を紹介します。副題には、「10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣」と書かれています。この本は、ビル・ゲイツが「これまで読んできた中で最も重要な本のひとつ」として掲げていて、2018年にはアメリカの大学を卒業する学生全員にプレゼントすることを決めたとして話題になりました。 この本は、簡単に言うとエビデンスベースでちゃんと世の中を見ましょうという本です。世界を歴史的にみるともの凄く良くなっている。いろいろな項目に関して、こんなに良くなっている。われわれは悪いニュースばかりに囚われている。数字でみると激しく良くなっているということを紹介しています。 会場の様子 堀内:世界の人口を見ると、正確なところは分かりませんが、76億人くらいでしょうか。産業革命から急激に増え、人々が豊かになって、これだけの人口を養えるようになっている。ところがです。日本にいたってはつるべ落としです。明治維新(1868年)の時に、3,330万人だったのが、2008年に1億2,800万人になって、これが2050年に9,515万人に、2100年には4,771万人に。悪いシナリオだと、2100年に明治維新くらいの規模になる。こんな異常な将来予想がなされている国はないと思います。 成長と進歩の意味のテーマで、「この国の不寛容の果てに: 相模原事件と私たちの時代」という書籍について少しだけお話しします。ちょうど、1月8日にこの裁判が行われて話題になっているものです。 2016年に津久井やまゆり園で障害者19人が殺害された「相模原障害者施設殺傷事件」をきっかけに行われた、作家の雨宮処凛と6人の識者との対談をまとめたものです。この本によると、この殺傷事件の犯人の植松聖(当時26歳)は、かつてこの障害者施設で働いていた。そこでの経験から、障害者は生きていても仕方がないとの思いに至り、逼迫する国家財政を助けるため、そして世界経済の活性化のためにという思い込みで犯行に及んだというものです。 ここで出てくるキーワードは「優生思想」です。これは、身体的・精神的に秀でた能力を有する者の遺伝子を保護し、逆に能力的に劣っている者を排除して優秀な人類を遺そうという思想。特にナチスがユダヤ人差別や障害者差別を正当化するのに使われたものなのです。 堀内:著者の雨宮処凛さんは。「私は『失われた』と言われるこの20年を一言で表現するなら、『金に余裕がなくなると心にも余裕がなくなるという身も蓋もない事実を、みんなで証明し続けた20年』だと思っている」と語っています。 この事件では、週刊文春の記者が被告と手紙のやりとりをしているのですが、その中で植松被告は「人の幸せであるお金と時間を莫大に奪う重度・重複障害者を肯定することはできません」と語っています。 ここでテーマとして掲げた成長と進歩の意味の流れで言うと、歴史の進歩とは、例えば生まれながらの貧困、ある国や人種や性別に生まれたというだけで差別されるという圧倒的な不条理を制度的に克服し、人々を言われのない苦しみから解放すること、そしてそうした不断の努力を続けることなのではないかと思っています。
堀内:悪いことばかり起こっているのかというとそうでもありません。そのひとつを紹介します。「ギビング プレッジ The Giving Pledge」というのがありまして、お金持ちが自分の財産の半分をこういうことに寄付しますということを紙に書いてサインしたものをホームページで宣誓しているものです。ビル・ゲイツ夫妻をはじめ、ウォーレン・バフェットやマーク・ザッカーバーグらがウェブにアップしています。 ふたつ目としてブラックロックの書簡があります。世界最大級の投資運用会社ブラックロックのラリー・フィンクという有名な会長が、2018年1月12日付で投資先企業のCEOに対して送った公開レターの内容が大きな反響を呼んでいます。 そのブラックロックが短期的な経済的利益の追求から、社会的インパクトへの配慮、中長期で持続可能な成長重視へと転換することを表明したのです。それまでとは違う考えを世界最大の投資運用会社のCEOが投資先企業のCEOに対して表明しただけに強いインパクトがありました。 会場の様子 堀内:もうひとつ、昨年のノーベル経済学賞についてです。昨年の経済学賞は、MIT教授のアビジット・バナジー、MIT教授のエスター・デュフロ、ハーバード大学教授のマイケル・クレーマーの3名が受賞しました。受賞対象となった研究は、"The Experimental Approach to Alleviating Global Poverty"(世界の貧困を軽減するための実験的なアプローチ)というものです。 スウェーデン王立科学アカデミーは、「3人の研究により、世界の貧困と闘う能力は大幅に向上した。彼らの新たな実験的な研究手法は、僅か20年で開発経済学を変えた」と説明しました。シカゴ学派が主流となっていたノーベル経済学賞における傾向が大きく変わったということで経済学の世界で大きな話題となった出来事でした。 会場の様子 堀内:少し前まで、大学教授としてコーポレイトファイナンスを教えていたのですが、いろいろ疑問が出てきて、いまはソーシャルファイナンスの研究に転じています。コーポレイトファイナンスというのは、いわゆる算盤です。企業価値を最大化するために何ができるのかという理論は教科書に書いてあるからそれを勉強してくださいと学生に伝えました。 いま、大事なのはソーシャルファイナンスだと思っています。社会的リターンを生み出すことを目的としたファイナンス手法のことで、社会起業家に資金を提供する新しい手法として注目されています。「社会的リターンの追求」(社会的課題の解決)と「社会的成果の測定・評価」のふたつが特徴で、寄付や助成金だけでなく、一定期間後の資金回収を想定する資金循環の持続可能性がある手法が出てきています。 [gallery link="file" columns="1" size="full" ids="11055"]
堀内:そろそろ最後のテーマです。いま、世界が直面する課題と潮流をひとまとめにすると以下の項目になります。
この問題点を頭に入れながら、超少子化・高齢化社会の日本を誰が支えるのか? 新しい金融のあるべき姿(金融の社会的使命とは何か?)、資本主義の温存の道を歩むべきか、それともポスト資本主義を模索すべきかなどを考えてみてください。
堀内 勉(多摩大学 社会的投資研究所 教授) 東京大学法学部卒業、ハーバード大学法律大学院修士課程修了、Institute for Strategic Leadership(ISL)修了、東京大学 Executive Management Program(EMP)修了。 日本興業銀行、ゴールドマンサックス、森ビル・インベストメントマネジメント社長、森ビル取締役専務執行役員CFO兼森アーツセンター(アカデミーヒルズ、森美術館等)担当を経て、現在、アクアイグニス取締役会長、アクアイグニスアートマネジメント代表取締役、和える社外取締役、ライフル・ソーシャル・ファンディング社外取締役、田村学園理事・評議員、麻布学園評議員、社会的投資推進財団評議員、川村文化芸術振興財団理事、アジアソサエティ・ジャパンセンター・アート委員会共同委員長、日本CFO協会主任研究委員、経済同友会幹事など。 著書:「資本主義はどこに向かうのか」(日本評論社刊)
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