スピーカーはANAの「DXによる働き方改革」にITパートナーとして参加し、アジャイル開発をサポートする永和システムマネジメント代表取締役社長の平鍋健児様と同社Agile Studio Fukuiディレクターの岡島幸男様。そして、本プロジェクトのプロダクトオーナーとしてANAシステムズのデジタル・イノベーション部から熊谷成隆様と室木梨沙様の計4名です。 ベンダーとユーザー両方の立場からアジャイル開発の具体的な事例についてお話いただきました。本レポートでは講演内容を再構成してお伝えします。
平鍋 健児様(永和システムマネジメント 代表取締役社長) 永和システムマネジメント平鍋健児:福井県に本社がある永和システムマネジメントの平鍋と申します。 2000年代から日本でアジャイル開発を進めたいと考え始め、2013年に一橋大学の野中郁次郎教授にご協力いただいて「アジャイル開発とスクラム~顧客・技術・経営をつなぐ協調的ソフトウェア開発マネジメント」という本を出版しました。 実はアジャイル開発の中でも中心的な手法である「スクラム」の基礎をつくり、命名したのが野中先生です。先生の研究対象は1980年代の日本の製造業で、ユーザーとともに周期的に行うものづくりがベースになっています。 その経緯をふまえると、本来、日本企業はネイティブにアジャイル開発に対応できるはずなのです。ところが、1990年代以降のシステム開発ビジネスにおける受発注の構造によって、それが難しくなってしまいました。 それが近年になってDXという文脈でソフトウェア開発がビジネスの中心となった結果、再び「どうやったらエンドユーザーに喜んでもらえるか」が最重視されるようになってきました。そうなると、仕様書を渡すだけですべてが解決することはもうあり得ません。いろんな立場の人が対話をしながら、ひとつのシステムをつくっていくことが求められているのです
平鍋:従来のウォーターフォール開発では企画者がユーザーから要望をヒヤリングして要件に落とし、それをベースに開発者に対して発注していました。今でもこのスタイルの開発は日本にたくさんありますし、弊社でも扱っています。 しかし、これがイノベーションと相性が悪い。ユーザーにヒヤリングしてから納品まで半年、長ければ数年かかるのは当たり前で、その間に内容が陳腐化してしまうのです。これがひとつ目の問題です。 ふたつ目の問題として、発注、納品、仕様書、検収といった各プロセスの壁が非常に高いことが挙げられます。ベンダーの立場としては「仕様書に書かれている通りにつくる」わけですが、果たして本当に仕様書に書かれていることは正しいのか、ということです。 本当に使いやすいものや利益を生み出すものはユーザーにしかわからず、なおかつ刻々と変わっていくはずです。しかし、そこに「契約」や「仕様書」が挟まるため、一度決めた仕様は動かせなくなります。結果、当初は「仮説」でしかなかったものが、いつのまにか「正解」に変わってしまい、リリースすると「使いづらい」とクレームが来てしまいます。 これに対してアジャイル開発は、ちょっとつくってユーザーに見せて、使ってもらい、フィードバックを受けて改善する、というサイクルをどんどん回していきます。サイクルの単位は1日から1ヶ月ですが、弊社では1週間の単位を好みます。ユーザー、企画、開発だけでなく、マーケティングやUXといった様々な立場の人が全体でスタートアップのようなチームを構成するのがアジャイル開発の理想形です。 アジャイル開発が成長したのはアメリカ西海岸ですが、現地の企業が紙の仕様書をつくっているわけないですよね。1日とか1週間の単位でどんどん新機能をリリースして、ユーザーが使うようなら拡充して、使われなかったら削る。そういうダイナミックな手法です。過去に前例のない「イノベーション」という分野では、これしかやり方がないのではないかと私は思います。
平鍋:先ほど、日本の受発注構造がアジャイルを難しくしているというお話をしましたが、アメリカではユーザー企業がどんどんITエンジニアを雇用し始めていて、内製でのアジャイル開発が急速に進んでいます。 ゴールドマン・サックスは金融企業なのに、ITエンジニアが社員の3割を超えたそうです。受発注がアジャイルの妨げになるのなら、自社で雇用して社内のチームで開発してしまおうという流れが見て取れます。 日本はまだまだユーザーとベンダーの分断が激しいので、一足飛びに内製移行は難しいかもしません。そこで、弊社はITベンダーとしてユーザー企業の皆さんと一緒にチームを組んで意思決定を同時に行う「共創」や、一緒にものづくりをする「共育」に取り組んでいます。技術や業務を相互に学びながら一緒に成長できるような舞台がつくれないかという実験です。 ここからは、弊社の福井のスタジオでANAさんと共創・共育の実験をしているディレクターの岡島からお話します。
岡島 幸男様(永和システムマネジメント Agile Studio Fukuiディレクター) 永和システムマネジメント岡島幸男:平鍋から説明があった弊社の福井の拠点「Agile Studio Fukui」でディレクターを担当している岡島と申します。先ほどの構成で言うと、ユーザーがANA様、企画がANAシステムズ様、そして開発が永和システムマネジメントということになります。 この後にお話しただくANAシステムズのおふたりがプロダクトオーナーとして複数のプロジェクトを同時進行し、そこに弊社がITパートナーとして寄り添いながら、最終的なゴールとしては「Be a Builder」というANAシステムズ様の目標に基づいて内製化を目指すというものです。 まず、弊社の拠点が福井ですから、東京のANAシステムズ様とは基本的にリモートでのアジャイル開発になります。その上で内製化となると「共創」だけではなく「共育」が不可欠ですから、東京と福井を行き来して共育イベントを行いました。 初回は私たち福井の開発チームを東京に呼んでいただいて、ANAシステムズ様のエンジニアと弊社のエンジニアがペアプログラミングを行う2日間の共育イベントを開催しました。2回目はANAシステムズの皆様に福井にお越しいただきました。 そうしていくうちにANAシステムズ様の側からも「もっとアジャイル開発やりたい」という欲が出てきて、積極的に内製化のために動いてくださるようになり、弊社としても非常にやりがいのあるムードになってきました。
岡島:アジャイル開発を導入すれば直ちに高速化するわけではなく、実際にはさまざまな工夫が必要です。有効だった施策をいくつかご紹介します。 まず、ANAシステムズ様のプロダクトオーナーのおふたりとの関係づくりです。良いプロダクトオーナーには「想い」「権限」「決断力」の3つが必要です。毎週のスプリントにおいて、プロダクトオーナーが迅速に優先順位を判断してくださったことで、超高速なアジャイル開発が実現しました。 岡島:それでもどうしてもステークホルダーが多過ぎて意見集約ができないとき、弊社の担当エンジニアは「持ち帰り検討しない」という対応が有効だったと言っています。何かご要望をいただいたときに、必ずその場で「では、こういう方法ならどうですか?」と打ち返して、方向性が定まるまで議論を続けたそうです。これによっていつの間にか相互に信頼関係が構築され、リズムができてきました。もし「受発注」の関係だったらできないことです。 他にもテクニカルな事例として、モブプログラミングは有効でした。1台のパソコンを使って複数人でプログラミングをするのですが、知識の伝達スピードが圧倒的に速く、レビューもその場で同時にできます。 最後に、ANAシステムズのチーフプロダクトオーナー様が福井に来てくださって、個別のプロジェクトではなくANA全体として何がしたいかというテーマでお話をしてくださったのも非常に良い効果を生みました。その後の開発中に仕様で悩んだときも「トップレベルの想いに基づくと、こちらを選択するべき」という判断がこちらでもできるようになったのです。 ここまではベンダー側の弊社の視点からのお話でした。ここからはANAシステムズ様にユーザー企業の視点からお話しいただきます。
熊谷 成隆様(ANAシステムズ デジタル・イノベーション部 デザイン&デリバリチーム チーフエキスパート) ANAシステムズ 熊谷成隆:ANAシステムズの熊谷と申します。まず最初に今回、永和システムマネジメント様と一緒にアジャイル開発に取り組む背景となった、ANAにおける働き方改革の経緯についてご説明します。 私たちは飛行機を飛ばしてお客様にご搭乗いただくのがビジネスの根幹です。お客様に対してはANAアプリやマイレージクラブアプリ、自動チェックイン機、自動手荷物預機、スキップサービスなどテクノロジーを活用した新しいサービスを提供してまいりました。 一方で、それを生み出している側の従業員の働き方はどうだったでしょうか。2012年時点ではオフィスに居なければメールが見られず電話も出られない、そのために電話の取次業務に時間を取られる、会議では紙資料を配布して終了後に破棄、といった状況でした。これでお客様の期待に応えるサービスを提供できるのか、というのがANAの働き方改革の出発点です。
熊谷:ANAグループの社員数は約36,000名ですが、そのうち約8割がフロントラインスタッフと呼んでいる客室乗務員、パイロット、空港スタッフなど固定席のない社員です。ですからまずは彼らに対する働き方改革が効果を出しやすいということでスタートしました。 まず、フロントラインスタッフ全員にiPadを配布しました。これは特に客室乗務員に対して高い改善効果がありました。客室乗務員は分厚い紙のマニュアルをバインダーに入れて使っていて、改訂があるたびに印刷して配布し、差し替えていました。これを電子化することでマニュアル改訂がスムーズになりました。そこからパイロット、整備士、空港係員へと順次iPadを展開しました。 熊谷:それが終わると今度はデスクワークをしているバックオフィス系の社員の働き方改革に着手しました。2013年からGoogle Appsと仮想デスクトップを導入し、全員にiPhoneを配布してどこでも情報にアクセスし、働ける環境を実現しました。
熊谷:まとめますと、いつでもどこでも働きやすい環境に変えることで、個々の社員が多様な働き方を選べるようになりました。また、同時にマネジメント層に対してコンプライアンス厳守や残業時間の削減を意識付けることで組織としての働き方改革も進んでいます。 ただし、働きやすい環境が整ったところで、仕事の「内容」は変わっていない部分が残っています。同様に、いくら残業時間を減らしても仕事の絶対的な「量」が変わっていないという側面もあります。そこで仕事の内容と量を見直すために取り組み始めたのが、永和システムマネジメント様とのアジャイル開発なのです。
室木 梨沙様(ANAシステムズ デジタル・イノベーション部 シニアエキスパート) ANAシステムズ 室木梨沙:ANAシステムズの室木と申します。2018年からANA内でデジタルテクノロジーを活用した働き方改革に本格的に取り組み始めました。 「個人からチームへ」と「創造的な業務へのシフト」をキーワードに掲げ、ネガティブな仕事を減らしてポジティブな仕事を増やすことで、社員がやりがいを持って持続的に働ける風土や仕組みづくりを目指しました。 2018年当時、サイロ型に立ち並ぶ基幹システム群があるもののシステム間の連携は取れておらず、社員が手作業で膨大な時間をかけて、つなぎの業務を行っているような状況でした。いきなり基幹システムを変更するのは簡単ではないので、その周辺に将来の有機的なつながりを見越した仕組みを構築していこうという方向性を決めました。 最初に着手したのはRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)です。テスト導入をする際に、RPAの導入効果が高いと思われる部署や業務を選択するのがポイントです。例えば残業時間が多かったり、従業員満足度が低い部署にアプローチをしました。すると、45分かかっていた業務が3分で終わるようになるなど、自動化によって90%以上の業務時間削減実績が複数出て効果が実証されました。
室木:RPAが成功したので、次はAIに取り組みました。データ収集、予測、モデルメンテナンスまで社内で内製化するのがゴールです。そのときに意識したのは「自分たちが扱えるAIの特定」と「AIの成果を社内に早期に体感させること」の2点でした。 よくある誤解として、AIはなんでもできる「魔法の杖」だと思われてしまうことがあります。そこで、機械学習型のAIに触れる環境を社内に構築し、対応できる具体的な業務をメニュー化して提示しました。 室木:私たちの部署ではユーザーにヒヤリングしてニーズを確認し、モデル化し、プロモーションするまでをセットで行っています。また「IoTで集めたデータ」を「PRAが集計」し、「AIが予測や最適解を出す」といった有機的なテクノロジーの組み合わせも重視しています。 こうしてニーズと技術をかけ合わせて業務を「デザイン」することが、業務の「質」や「量」を変えていくことにつながります。これこそが、本当の働き方改革ではないかと私たちは考えています。
室木:私たちは「Be a Builder」をテーマにDXによる働き方改革を進めています。つまり、自らがコンサルから企画、そして開発までできるような内製化を目指しています。そのため実際に課題を抱えている現場に出向いて会話をし、出たアイデアを形にし、仮説検証を繰り返し、使いやすいものに仕上げていきます。 DBIC代表 横塚裕志 室木:2019年9月から永和システムマネジメント様とパートナーシップを結び、以降は複数のプロジェクトを走らせながらアジャイル開発を学んでいます。現状では永和システムマネジメント様に開発していただいているシステムも、納品後のカスタマイズやメンテナンスは社内で行いたいという視点は最初から持っています。そのために共創、共育イベントを開催しているのです。 共育イベントで学んだモブプログラミングを参考に私と熊谷で「モブプロジェクト管理」を導入してみたところ、ふたりでプロジェクト管理を行うことで抜けや漏れを防ぎ、スピードアップできるという効果も生まれています。 まだ数年ではありますが、このようにデジタルテクノロジーを学んで業務領域を拡⼤し、新たに⼿にしたデータを使ってビジネスデザインをするというアクションに取り組んでいます。ANAのカルチャーも意識しながらデジタルと⼈財の融合をデザインすることで、真の意味での働き方改革を実現していきたいと考えています。
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