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【レポート】横塚裕志が聞きたいシリーズ第23回: 「五大陸ドラゴン桜から学んだ、未来の学校のつくりかた」

今回のスピーカーは国際教育支援NPOのe-Education創設者で、現在はリクルートマーケティングパートナーズに勤務し、「スタディサプリ」の仕事に注力している税所 篤快(さいしょ あつよし)さんです。税所さんは、早稲田大学時代、深刻な教師不足に悩む途上国で、ネットやDVDを駆使して「最高の授業」を届けるe-Educationを起業し、「面白そう」をキーワードにバングラデシュ、ルワンダ、ソマリランドなどで「五大陸ドラゴン桜」の事業に挑む"教育革命家"です。税所さんの今回のオンライン講演は、中学時代に「暴走機関車」と言われていた税所さんの前へ進む力が画面越しに伝わる興味深いものでした。

本レポートでは講演内容を再構成してお伝えします。

税所篤快様:それでは早速、画面共有しながら、お話しを始めたいと思います。前半の20分から30分は私の活動のあらましを、その後は新しい事業提案についてのディスカッションにお付き合い頂ければと思っています。

私は20歳の時に、NPOのe-Educationを立ち上げました。途上国を中心に教育のサービスを行うNPOです。時々、テレビでも私の活動が紹介されていて、「世界変えたい系男子!?」といったタイトルで登壇することもしばしばです。いま、31歳になっていますが、20歳代ですでに6冊を出版、最新刊の『未来の学校のつくりかた』(教育開発研究所刊、2020年)で7冊目になります。この最新刊は珍しく売れていて、初版から1か月で重版が決まりました。それ以外では、スタジオジブリが出版している「熱風」という月刊誌にリクルートで取得した一年半の育児休業の体験記を書いたりもしています。こちらも来年くらいに書籍化することになっています。

海外のテレビ番組にも時々、登場しています。「英語がヘタすぎる」といったテレビ局へのクレームにもへこたれず、根性英語でやっています。逆に「あの英語で海外に行くのはスゴい」という声も頂いています。米国雑誌「Forbes(フォーブス)」では、アジアを代表する若者「30 UNDER 30」に選ばれたこともあります。一方、外務省の「人質にされそうな日本人 ブラックリスト」に選ばれた経験もあります。

19歳で出会った一冊の本

余談ですが、19歳の時に大失恋しまして、めちゃくちゃ落ち込みました。その時に出会ったのが『グラミン銀行を知っていますか~貧困女性の開発と自立支援』(坪井ひろみ著、東洋経済新報社、2006年)という本でした。この本と出会ったことが、私とバングラデシュとの縁の始まりでした。皆さん、よろしければ、是非、読んで頂ければと思います。本当に名著です。

この本に衝撃を受けまして、坪井先生が勤めている秋田大学にすぐさま会いに行きました。夜行バスに乗ってです。そこで、グラミン銀行とはどういった銀行なのかを教えて頂きました。

彼女の提案は「じゃあ、グラミン銀行にいってみなさい」でした。
それで、創業者に会いに行きました。この写真は、そのムハマド・ユヌス博士です。

税所篤快様:貧しい女性への金融支援をしている銀行で、「マイクロファイナンス」を世界で初めて創設しました。ユヌス博士は2006年にはノーベル平和賞を授賞しています。バングラデシュは今から10年前、アジアの最貧国と言われていましたが、いまではその名称を返上して、台頭する新興国のひとつとして数えられているようです。

早稲田大学の学生だった私たちは、グラミン銀行で、「何でもよいから、働かせて下さい」とお願いしました。当時、銀行には若者がいなかったことも幸いして、「ではインターンとしてなら働いても良いですよ」と言ってもらえました。
この左の写真は、インターンとして村人へのインタビューをしているシーンです。右は、ある小学校でのワンシーンです。みんな女の子で、1クラスに100人近くの生徒がいました。先生は1人という状況です。先生もクラスも足りないので、朝と昼の2部制で学校を運営していました。当時、国全体で先生が4万人足りないと言われていました。この4万人の教員不足を何とかできないかと考えたのが、私が世界で「教育プロジェクト」に関わるようになったキッカケです。

バングラデシュで思い出した東進の授業

税所篤快様:さて、4万人の教員が足りないという深刻なお話しから、突然、私が高校2年生の時の数学のテストの写真です。成績はなんと100点満点中2点です。先生から、税所の偏差値は30くらいと言われていました。そんな時に、通い始めたのが「東進ハイスクール」でした。10年前は、DVDを教材に利用していて、ここで1年間、中学校の授業内容をはじめとした基礎を徹底的に叩き込みました。名物講師の授業を中心にめちゃくちゃ勉強したら、なんと念願の早稲田大学に合格できたのです。

その学習経験をバングラデシュの片田舎で思い出しまして、4万人先生が足りないのであれば、東進ハイスクールのモデルを持ってこようじゃないかと考えたわけです。それで、ユヌス博士にそのアイデアを直言しました。そうしたら、「Do it ! Do it ! Go ahead !」と言ってくれました。尊敬するヤヌス博士がDo it !ですよ。もういてもたってもいられなくなり、帰国してすぐに大学に休学届を出して、バングラデシュに舞い戻りました。

さて、バングラデシュでオンライン学校をイチから立ち上げるとなると、何が最も必要か分かりますか。さて、この写真を見て下さい。

税所篤快様:私がオンライン教育事業の立ち上げを考えたのは2008年くらいなのですが、その当時からバングラデシュは教育産業が盛んだったのです。写真にある「UCC」とか「uniaid」の看板はすべて学習塾や予備校といった教育産業のものです。そうした予備校にはやはりカリスマと呼ばれる講師が存在しました。英語ではクドビザ先生、国語ではハメッド先生、社会と言えばオニカイモ先生といった煌めく授業をしている先生がいました。そうした先生方に授業の収録をお願いに行きまして、DVD化に着手しました。今から、10年前のことです。

税所篤快様:その後、ある村で一軒家を借りまして、DVDを使った学習塾を始めました。バングラデシュで初めての映像事業でした。まず、村の女子高生が7人くらい集まってくれました。そうしたら女性に魅かれて男子も集まり、瞬く間に30人くらいのクラスが出来上がりました。

税所篤快様:そうこうするうちに、クラス全員でバングラデシュのスター講師の授業を学び、国で最高峰のダッカ大学を目指そうというプロジェクトが始まったわけです。
その模様が紹介された朝日新聞の「挑め、バングラの難関大 貧しい農村の子に授業配信」の記事がこれです。

このプロジェクトで最も重要な役割を果たしてくれたのが、ダッカ大学の生徒のマヒーンくんでした。彼が友人として、また事業のパートナーになってくれたお陰でプロジェクトが順調に動き始めました。

一年目から最高峰のダッカ大学に

税所篤快様:当然のことですが、プロジェクトを進めていく上でいくつもの障害が生まれました。資金不足をはじめ、電力不足による停電、国レベルでの暴動、頻発する天災、私自身も腸チフスに倒れました。ただ、そのなかで一番、心を悩ましたのが不登校問題でした。地方の村出身の高校生であると、大学そのものもキャンパスライフも見たことがないためもあって、途中で投げ出すことが多発しました。それで、彼らのやる気を引き出す、モチベーションを上げるにはどうしたら良いか。いろいろ考えた挙句、村でバスを借り、首都ダッカに連れていって勝手にオープンキャンパスを見学ということをしました。初めて見るキャンパスライフに学生はワクワクし、男女仲睦まじく勉強している姿をみて、めちゃくちゃ勉強するようになったのです。村では灯油のランプで勉強する子が少なくないのですが、驚くくらいモチベーションが上がったのです。
1年目には塾の子が30人くらいいたのですが、大学受験に挑み、17人が受験に成功しました。その中でもこの写真の左から2番目のフェラルくんが現役で、ダッカ大学に受かってしまったのです。国内で一番の大学です。

税所篤快様:新聞でもハムチャー村の奇跡と称賛され、その結果、今では、1000人を超える応募者が塾に殺到するようになっています。今、このプロジェクトも10年目に入っていまして、この村から10年連続でダッカ大学への合格者を出しています。

バングラデシュでの成功後も、なぜか満足できず、他国でのトライを続けておりまして、20歳代後半は「五大陸のドラゴン桜」を進めました。
パレスチナの難民キャンプでの数学塾とか、アフリカのルワンダで理科実験の授業などをしました。やり方はバングラデシュと同じです。現地でバングラディッシュのマヒーンくんのような優秀な学生のパートナーを見つけて、現地のカリスマ先生を探して仲間になってもらい、映像収録するという手法です。いま、e-Educationでは日本の大学生の仲間が増えています。最大勢力時には、14か国でe-Educationのインターンたちが現地の教育課題に挑むという状況にありました。

ソマリランドで未承認大学院を

税所篤快様:次にソマリランドについてお話しします。
『謎の独立国家 ソマリランド』(高野秀行著、本の雑誌社、2013年)という著書はご存知ですか、実はこの本を読んで、ソマリランドに吸い寄せられてしまいました。
ここでも性懲りもなく学校を訪れました。教育関係も最悪でした。若者の失業率も7割だという説明を受けました。この国でお会いした学校校長のアブディさんと企業家養成について議論しました。その結果、7割の失業率を何とか出来ないかという課題解決に向けて動き出すことになったのです。それで私、帰国しまして、日本のいろんな大学を回ったのですが、世の中、そんなに甘くはありませんでした。ある通信系のVCからは「リスクが高過ぎる」、有名出版社からは「君には戦略というものがないのか」などと言われました。

税所篤快様:そんな中、理解を得られたのが一橋大学の米倉誠一郎先生でした。何と、「よし、やろう」でした。それで、未承認国家で未承認の大学院をつくるというプロジェクトが発進したのです。米倉先生とともに、ソマリランドの教育大臣も説得。最後は、副大統領との記者会見にも成功しました。この会見の翌日から、私の携帯電話は鳴りっぱなしで、「ぜひとも応援したい」というメッセージのほか、暗殺予告もSNSで来るようになりました。
その対抗策として、屈強なる精鋭部隊を雇用する中、大学院開校の記者会見を断行しました。

この続きは、『突破力と無力』(日経BP社刊、2014年)に書いてありますので、ご興味のある方はお読み下さい。ソマリランドの大学院は結局、13人くらいの一期生を受け入れ、そのうち、スーパーコンビニという新規の起業が展開中です。

ここで、いったん、起業家時代のパートは終了します。
この後、暗殺予告などの件がありまして、ソマリランドに入国できなくなり、また、自分で立ち上げたe-Educationの経営からも手を引き、理事に降格。当時、26歳だったのですが、やることがなくなってしまったのです。
それで、リクルートでインターネット予備校の「スタディサプリ」を立ち上げた山口文洋さんに「お前、まだ若いのだから修業しに来い」と言われ、ビジネスマンとしてのイロハを学ぶために、5年前にリクルートに入社しました。今は、そのスタディサプリのチームで働いているという次第でございます。なぜ、自分は「五大陸で失敗したのか、なにが足りなかったのか」というのを下積みしながら、30歳代のこれからのチャレンジを試行錯誤しているところです。

ということで、いったん私のパートは閉めたいと思います。
ご清聴、ありがとうございました。

横塚裕志:税所さん、ありがとうございます。それではここから、Q&Aのセッションに入ります。まず、私の素朴な質問ですが、途上国で下痢までして頑張ろうとする原動力というのはいったい何ですか

税所篤快様:バングラデシュに最初に行った時には、おっしゃる通り、お腹をやられました。ただ人間、不思議なもので、半年くらい現地で生活していると腸が強くなるみたいです。バングラデシュで鍛えられた後は他の途上地域にいっても平気です。

横塚裕志:下痢までして、バングラデシュに貢献しようと何故、思うのですか。

税所篤快様:貢献したいと思う以外では、「面白そう」というのが一番の理由です。思いつくとついつい動いてしまうのです。気づくと、中東に電話している自分がいたり、専門家の人にヒアリングしている自分がいる。衝動に近いのですかね。
今、リクルートの正社員という立場ですけれど、逆に多くの人に驚かれています。ずっと野武士みたいな感じで過ごしていくと思われていたみたいです。
ただし、ある日突然、"その日"がやって来るのです。
ブレーキになっているとしたら、やはり家族がいることですね。いまのプランでは国連職員としてガザに赴任したいと思っています。ただ、ガザに赴任するには家族と同行出来ないのです。危険レベルの関係で。だから、近隣のヨルダンにすることになると思っています。

横塚裕志:もうひとつだけ、質問させてもらいたいことがあります。DBICでは来年から、社会人のための学校をつくろうと思っています。新しいイノベーターを育成しようという学校なのですが、「利益追求ではなく、真に社会を良くしたいと思う人の養成をしようと」考えた場合、一番、大事なことは何だと思いますか。

税所篤快様:やはり、リアリティに触れることが大切だと思います。
もし、今、コロナ禍でなかったら、バングラデシュに一緒に行きましょうとか、ガザに一緒に行っていろいろ体験しましょうよ、実地研修しましょうよと、提案していたと思いますね。ただ、こういう状況でひとつ考えているアイデアにVRゴーグル体験があります。ゴーグルを付けて、バングラデシュを仮想現実を歩いて、そこで風景とかを感じられたら、もちろん絵なんですけれど、俄然感じるものがあるのじゃないかと思います。

ナイチンゲール・プロジェクトとは

税所篤快様:すみません。ここで、パレスチナ難民の健康問題を解決するプロジェクトについて説明させて下さい。「ナイチンゲール・プロジェクト」という名称です。私が働いているリクルートのナレッジマネジメントの手法をパレスチナのクリニックのスキル向上に活用しようというのが狙いです。

リクルートという会社の営業マンは全国に1万人くらいいまして、そのうち、凄く仕事をする人の数は1000人くらいなのです。その1000人は表彰して褒め称えられます。ただ、リクルートの凄いところはその1000人のスキルを分解して型にするのです。それで他の9000人がマネできるように渡してあげる。結果的に1万人がある程度底上げされた形になって営業戦線に臨むので、他社と比べて強いのです。凄い人のスキルを型化(かたか)してみんなで使おうというのをリクルートではナレッジマネジメントと呼んでいて、その方法をパレスチナにまるっと持っていけないかと考えたわけです。
清田明宏医師が指揮しているクリニックはパレスチナに140か所あるのですが、そこで働いている医療従事者は3000人。その医療従事者でナレッジを共有できるようにできたらなというプロジェクトなのです。例えば、パレスチナで深刻さを増しているのが糖尿病、高血圧などの生活習慣病。その治療で一番成果を上げているクリニックを表彰して、そのスキルを分解して、他の139のクリニックがマネできるようにしたら、生活習慣病に対する治療のパフォーマンスがぐっと上がると仮説をもっています。それがナイチンゲール・プロジェクトで、ちゃんとやるなら2年から2年半くらいはかかると試算しています。
私の今のプランですと、来年の6月くらいにリクルートを退社して、国連に乗り込んでいって清田医師のもとにこのプロジェクトを立ち上げたいと考えています。先日、リクルートの社長にプレゼンしたら、「お前にはその実力がない」という評価を頂きました。

横塚裕志:なにもパレスチナに行かなくても、日本でやったら良いと思ったけれど。そう思うのも私がガザを知らないからかな。

税所篤快様:えっ、日本の地方医療でやったらということですか。それもひとつのアイデアですね。実はリクルート社内では、企画自体は良いけれど、篤快の能力が不足していると指摘されました。英語の能力もそうでしたが、スタディアプリで能力を付けて、35歳くらいまでに課長級のスキルを身に付けてから外にもう一度出たらどうかと言われました。

横塚裕志:だけれど、それはオカシイと思う。能力を付けてからやったらというのはどうかと思う。たぶん、やらないと能力はつかない。その話しで成功した試しはない。Do it ! Do it ! だよ。やってみないとどのような能力が必要なのか分からないもの。やはり、現場を見るということが先だし、大事だよね。最後にひとつ紹介したことがあります。血液検査をすることで4年、5年後にどのような生活習慣病になる可能性があるのかが予測できるソフトがあるので、今度、是非、お話ししましょう。

スピーカー

税所 篤快 (さいしょ あつよし)様
国際教育支援NPO e‐Education創業者。1989年生まれ、東京都足立区出身。早稲田大学教育学部卒業、英ロンドン大学教育研究所(IOE)準修士。19歳でバングラデシュへ。同国初の映像教育であるe‐Educationプロジェクトを立ち上げ、最貧の村から国内最高峰ダッカ大学に10年連続で合格者を輩出する。同モデルは米国・世界銀行のイノベーション・コンペティションで最優秀賞を受賞。五大陸ドラゴン桜を掲げ、14ヵ国で活動。未承認国家ソマリランドでは過激派青年の暗殺予告を受け、ロンドンへ亡命。現在、リクルートマーケティングパートナーズに勤務、スタディサプリに参画。

以上

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設立エピソード

2014年、世界で起きていることを肌感覚で確かめるため、半年をかけて世界を回った。そこで感じた危機感を日本企業に正しく伝え、行動を促すための研究会を発足するために奔走。26社の名だたる企業と世界有数の大学と連携し、デジタルビジネス・イノベーションセンター(DBIC)の立ち上げとともに我々のイノベーションジャーニーが始まった。

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