2020年9月8日(火)、東京・日本橋のDBIC Tokyo・オンラインで「企業変革シリーズ第1回:ESG・イノベーション・人事制度の統合」を開催しました。今回のスピーカーは、サステナビリティ経営・ESG投資コンサルティングを行う株式会社ニューラルCEOの夫馬賢治さんです。講演では、イノベーションとSDGsの関わりを皮切りとして、イノベーションやESGの観点から人事制度をどのように変えていくべきかを語って頂きました。
本レポートでは講演内容を再構成してお届けします。
夫馬賢治氏:ESG・イノベーション・人事制度を一緒に考えることがこれまで日本では少なかったように思います。その一方で、これら3つの領域はどんどん近づいている傾向にあります。例えば、経団連ではソサエティ5.0における人事制度の話題が強まっています。また、経済産業省の「伊藤レポート3.0」では、サステナビリティ・トランスフォーメーション(SX)という概念が用いられ、ESGとイノベーションが同時に考えられるようになってきました。 日本企業は、イノベーションを生み出しにくくなっています。そんな中、SDGsやESGという考え方が突破口になるのです。
イノベーション理論には、2つの変革的破壊があります。
それは、価格面でのイノベーションを起こす「ローエンド型破壊」と、新しい市場を作っていくイノベーションを起こす「新市場型破壊」です。
これらは、『イノベーションのジレンマ』を書かれたクリステンセン氏が定義している分類です。クリステンセン氏によると、どちらにも共通しているテーマは、イノベーションを起こすためには社会が求める「片付けるべき用事」(job-to-be-done)に注目するべきということです。製品や技術にフォーカスするのではありません。ローエンド型は社会が求めているものに向けて不要なものを削ぎ落としていくことで、新市場型では潜在的に生まれている「片付けるべき用事」を捉えることで、イノベーションを起こしていくということです。
現状としてこのイノベーションが進まない理由のひとつは、将来が予見できないものに対するイノベーションの方向性が定まらない、それに伴い投資が定まらないということが挙げられます。そこで注目されているのが「片付けるべき用事」が詰まったSDGsの概念です。
夫馬賢治氏:SDGsでは、少なくとも、2030年というここ10年の間で国際社会が向かっていくべき課題が提示されています。この10年の間で消えることがないと言われているニーズなので、先が予見できない中でイノベーションがどこに向かうべきなのか、非常に強い形で予見性を我々に与えてくれるのです。
このSDGsが提示する課題に着目したイノベーションを起こすこと、それが事業成長や投資機会の増大、株主のリターンの増加につながるのです。SDGsにはいろいろな事業のネタが眠っているのです。
どれくらい予見が可能なのかを、気候変動の分野で見てみましょう。以下の表は、パリ協定で表された世界が向かっていくべきCO2の削減スピードのシナリオです。
夫馬賢治氏:P1という表では、急速に削減し、2050年にはCO2排出をゼロにするというスピードです。この実現は、難しいという人もいます。
もっと遅いスピードの表もあります。しかし削減が遅れるほどに、将来にツケが回ることが分かっています。そのツケとは、大気中に増えたCO2を何らかの技術でなんとか回収しなければいけなくなり、しなければいけないことが増えていくことです。未知の技術への依存は避けたいので、なるべく早い段階で削減したいと国連は考えています。
すなわち、P1くらいの変革のスピードが我々は求められているのです。予見できないと言われている中で、気候変動は明らかな予見性を与えてくれています。
これからは、「不可能」と言われたことを実現しなければならない世界です。つまりイノベーション、特に、現状を抜本的に変えていく破壊的イノベーションを行わなければ、これからの企業は生き残れないのです。
イノベーションは何を目標に投資をして良いかわからないと言われていましたが、ローエンド型破壊は途上国に目標を置くことによって、新市場型破壊は起きる市場を先読みすることによって予見できるようになります。それはまさにSDGsそのものです。SDGsに注目することはイノベーションのネタを探しやすくなるということなのです。ここまでのお話を以下の図にまとめています。
夫馬賢治氏:そして、これはESG投資の分野でも同じことが言われています。ESG投資において企業の何が評価されているかについてS(社会)でいちばん重要なのは人的資源であり人事の話題がたくさん出てきます。企業のESGの評価は実は半分以上は人事の評価になってきています。どれだけイノベーションを起こしていける人材がいるか、その方々は働きやすい働き方なのかなどが見られ、この人的資源の中にイノベーションの視点は入れられています。
ESGとSDGsが騒がれている裏側にはイノベーションがあるのです
夫馬賢治氏:では、日本がどういう人事制度を作ってゆくべきかを考える上で、現状のイノベーションにおける弱点をお話しします。FTSE社とMSCI社による日本のESGスコアは、必ずしも高くありません。ここ3年で順位を落としてきています。
さらに、IMD「世界競争力ランキング」で日本の順位は低下しています。2020年が34位、2018年の25位から落ちてきています。上位となる国は、シンガポール、デンマーク、スイス、オランダなどです。日本は、特に「企業の効率」の分野で順位が非常に低いことが分かります。日本の競争力低下はR&Dが下がってきているという見方がありますが、実はこのランキングだけを見るとR&Dよりも仕事の仕方の方に課題があると読み取れます。
日本のイノベーション力低下についてはR&D力の低下で説明されることが多いように感じます。しかし実際にはR&D投資額は相対的に減っているものの、必ずしも他国と比べて著しく低いわけでないです。特許出願数に関してはトップクラスです。
では、イノベーション力低下における仕事の仕方の課題とは何なのでしょうか。WIPO"GII 2020"やIMD「世界人材ランキング2019」の日本のデータを見ると、日本の評価は、人材の働く力の項目や海外がからむ項目が低くなっています。日本のイノベーション力の弱点は、イノベーションを生み出すための教育とイノベーションを促進するグローバル化が不足していることなのです。
夫馬賢治氏:教育に関しては様々な分野での指摘がありますが、ここからはグローバル化の必要性をお話したいと思います。
イノベーションには「片付けるべき用事」が重要と話しました。しかし、日本は「片付けるべき用事」について不利な状況にあります。内閣府の満足度調査よると、日本人の多くの方が現在の生活に満足している状態です。特に、若い人ほど現在の生活に満足している。即ち、現状を変えたいという欲求が少ないので、「片付けるべき用事」が見つけにくいという大きな課題があります。
そして、日本企業は目先3年を考えてなじみのある事業にばかり投資していて、現状を変える意欲があまりないという特徴があります。さらに、日本企業は「片付けるべき課題」から収益を生めると思っていない傾向もみられます。日本にも「解決すべき課題」はたくさんありますが、こういうものは政府が解決すべきものと思っていて、企業のビジネスにつなげるニーズを感じてもらえていないのかなと思います。
また、DXからは手段を得られてもニーズが顕在化してないので目的は得られず、DXの推進はできないのです。さらに、日本の教育ではイノベーション能力が育めないという厳しい現実もあります。
ですから、破壊的イノベーションを起こすには、どうしても日本の外を見ないといけないという状況が出てきます。例えば、下図のように、海外では色々な変化が起きてきています。
夫馬賢治氏:インド・アフリカでは低価格需要が山のようにありローエンド型破壊イノベーションのチャンスがあります。
一方、EUでは、環境規則の他、AIについても規制が強くなっており、現状を変える意欲があります。同じAIでも、中国では緩い規制の下で色々なイノベーションが生まれてきている状態です。全く違う状況ですが、EUとは違うイノベーションを起こしていける状況なのです。
また、今後の人口動向を鑑みると、2048年には新興国市場で6割を占めると予想されています。この市場の激変が予測されることを考えると、日本だけの市場をみて将来耐えられるイノベーションを起こすのはなかなか難しい状況です。
以上のように、日本企業は、現状満足という日本「市場」の課題とイノベーションを起こす力がない「人材」の課題を抱えています。イノベーションを起こすには外国籍の人材を巻き込み、「解決すべき課題」がたくさんある海外市場に目を向けるのが、有望なやり方となってきます。
夫馬賢治氏:最近、日立や富士通がジョブ型の人事制度に変えました。この背景には、経団連によるSociety5.0への移行に向けての提唱があります。つまり、イノベーションと人事制度の関連において、ジョブ型にシフトすることが大事と言っているのです。
ジョブ型とは海外で主流の人事制度で、対義語がメンバーシップ型、つまり日本独自の人事制度です。以下の表に見られるように、両者は大きく違います。
夫馬賢治氏:このような大きな違いがあるジョブ型とメンバーシップ型ですが、日本の人事制度にでてきているひずみはグローバル化によるものです。日本本社はメンバーシップ型人事を徹底する一方で、海外現地法人はジョブ型で運用され本社の人事部は把握していないケースが多いです。このような日本本社と現地法人における断絶がある人事制度は、海外でイノベーションを起こすには対応できません。日本企業がどう展開していくべきかには2つの選択肢があります選択肢が理論的にはあります。1つ目は、メンバーシップ型をグローバルで徹底し、グループ全体で人材の最適化を図る手法です。ただ、この実現は困難かもしれません。そこで2つ目である、ジョブ型をグローバルで徹底していくことしか道がないかもしれません。人事制度はバラバラではいけないので、今後は日本本社も現地法人もポスト単位で人を採用する世界観に集約していくと思います。
先に説明したように、ESG評価の中で人事項目が占める割合は大きいのです。後れを取っている日本が、その項目の中でどれくらいグローバル化ができるのかがカギを握っているのです。
夫馬 賢治氏
株式会社ニューラルCEO。
サステナビリティ経営・ESG投資アドバイザー。著書に『ESG思考』(講談社+α新書)、『いちばんやさしいSDGs入門』(共著、宝島社)。ハーバード大学大学院リベラルアーツ(サステナビリティ専攻)修士。サンダーバード・グローバル経営大学院MBA。東京大学教養学部(国際関係論専攻)卒。環境省ESGファイナンス・アワード選定委員や国際会議での有識者委員を歴任。ニュースサイト「Sustainable Japan」編集長。サステナビリティ観点での経営戦略、IR、リスクマネジメント、マーケティング、ブランディング、R&D戦略等のアドバイザーや顧問、理事の依頼を、大手上場企業や機関投資家、広告代理店、国際NGOから幅広く受けている。CNN、NHK、日本テレビ等への出演や、フィナンシャル・タイムズ、エコノミスト、日本経済新聞への取材対応、国内・海外での講演も多数。
以上
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