DXを進めるうえでの難問は、新しいビジネステーマを設定することにあり、多くの企業が悩んでいるのが実態だ。20世紀は企業が持つ強みを生かす道を考えるというサプライサイドからのアプローチで事足りていたので、社内での経験が生かされ、ある意味簡単ではあった。しかし、モノがあふれている21世紀の新しい時代はそのアプローチが通用しなくなった。顧客に焦点を当て、顧客が持つ真の課題がビジネステーマになるのだが、その「顧客が持つ課題」が見えにくくなっている。テレビが欲しい、電話が欲しい、というモノが不足している時代はわかりやすかったが、今はモノはあふれている。
では、どうやって「顧客が持つ課題」を見つけるのか。顧客にヒアリングしてもアンケートに答えてもらっても、顧客の潜在意識の中に埋もれているものなので、ずばり答えてくれるわけではない。飛行機を見たことがない人は「飛行機が欲しい」とは言わない、という有名なたとえ話もある。顧客を深く観察することによって真の課題をあぶりだしていく、という方法論が「デザイン思考」だが、この方法論も簡単ではない。観察する側の人間の感性が豊かでなくては所詮課題を感じることができないからだ。また、ビジネスモデルキャンバスで新規ビジネスを考えるときも、顧客の「ペインポイント」を深く掘りだすことがキーになるが、ほとんどの人はそれができないのが実情で、少し便利かな、というくらいのビジネスモデルしか描けない。
そういう中で、二つのヒントに出会ったので、ご紹介する。今回はその一つ目として、「まずは新規ビジネスを実行しながらお客様の反応を観察する」ということからご提案してみる。
最近、面白い出来事に遭遇した。まず身近なところでは、「通信機能付き遠隔聴診器」というものを開発した方がおられる。患者さんが遠隔地にいても、聴診器の先で聞く音をデジタル化して、それを通信でつなげることでリモート聴診を可能にしたのだ。開発した当初は規制もあり売れなかったが、コロナ禍の状況となり、すぐ近くでも接触しないで聴診できる聴診器ということで大きく需要が増大した。「医師(顧客)の課題」が明確になったわけだ。
そして、コロナ禍を契機にこの機器を使ってみてはじめて、今まで想定していなかったこの機器の可能性が市場の中で次々に生まれてきている。音をデジタル化することで記録が採れ、それを他の専門医の感覚で診察することが可能となったり、AIソフトでのスクリーニングという発想も可能となったり、新しい市場がどんどん生まれつつある。
また、現状の聴診器は長く耳に入れていると耳が痛くなるそうだが、この新しい聴診器は自由にイヤホンを変えられるので、こうした身近な課題にも対応していることが分かった。たぶん、コロナが収束してもこの機器の価値は減ることがなく、大きな市場を作っていくものと思われる。
もう一つ、面白い出来事をニュースで知った。カーシェアのビジネスで起きた事象だが、実はお客様の半分以上が自動車を走行する目的で使っていない、という事実だ。カーシェアサービスを利用する目的が、実は、自動車で移動すること以外にかなりたくさんあったということに驚いた。終電に乗り遅れた時のホテル替わり、急ぎの電話用のミニオフィス、着替え場所、カラオケなど、想定していなかった多くの「顧客の課題」に遭遇している。そして、その分だけ多くの市場を生んでいる。どうも、私たちの想定を大きく超えるところに「顧客の課題」が眠っている、ということではないだろうか。
だから、最初から「顧客の課題」のすべてを感じ取ることは諦めて、少しビジネスを始めてみて、顧客の反応を分析することで真の課題を探り当てる、というやり方が「あり」だと思う。しかし、あくまで「市場の反応」を見ることができる規模感で実践しないといけないし、市場の反応をしっかり五感で感じ取ることが必要だ。数字を見ているだけでなく、お客様はなぜこのサービスを使っているのかを一つ一つ確認することが重要で、その理由の中に大きなヒントが隠れている。それを探す「旅」に出ることが、DXのテーマを探す一つの手段になりそうな気がする。
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