著名な経営者である稲盛和夫氏が、組織の目的について次のように語っている。
「立派なリーダーは、自分たちの組織の目的を明確にし、さらにその目的に向かうための価値観を部下と共有し、集団を引っ張っていきます。」
「組織の目的を明確にする」ということは、当たり前のようだが、実はとても深い課題だと認識している。ある営業部門の目的は何かというときに、売上で予算を達成することと考えるのは軽薄で、より深いその組織固有の目的を考え抜くことに大きな意味があるということだ。私自身、組織の「目的」の決め方次第で、組織の品質が大きく変わるということを体験している。そのエピソードから「目的」の大事さを考えてみたい。
私が50歳くらいのとき、IT部門に所属していたが、JUAS(一般社団法人日本情報システム・ユーザー協会:ユーザーのIT部門が会社を超えて勉強しあう機関)のイベントで、IT部門の役割を考えるというパネルがあった。ぶっつけのパネルの本番の中で、キリンビールのビジネス側の役員の方が「IT部門には大いに期待している。IT部門から見える視点は貴重で、部門横断的、俯瞰的、構造的、全体最適、システム的に、企業をいかに改革するべきかの想いをIT部門は持っている。それを遠慮なく提案してもらいたい。」とおっしゃった。当時の私は、どうせITは受け身の部門だし、社内での地位も低いし、というなかば投げやりの感じになっていたのだが、その役員の言葉が私の脳裏や心に何かを突き刺した。
「そうか、そういう役割がIT部門にはあるのか」と気づき、その役割を明確に「目的」として決め、IT部門の活動を変化させていくことをやってみようと決めた。つまり、IT企画部の目的に「システムの開発・運用」だけでなく、「部門横断的、俯瞰的、構造的、全体最適、システム的な改革提案をする」ということも加えた。そして、それを実際に実践する組織を立ち上げた。また、システム子会社も含めて、私たちの目的は「改革提案」にあるという「価値観」に染めるべく、多くの施策を打った。少しずつ組織の雰囲気が変わった。この「目的」を持つことで、ビジネス要件をそのまま受け取ってその通りシステム開発してきた態度が変化して、「その要件で適切なのだろうか」と「自分で考える」癖がつき始めた。結果、モチベーションがかなり上がったことを実感した。システム子会社は、「働きがいのある会社」ランキングでも上位に評価された。
組織の「目的」をどのように定義するのか、ということがいかに重要かを認識した経験であった。IT部門もITベンダーも「受け身体質からの脱皮」を掲げる会社が多いようだが、その原因は社員のマインドにあるのではなく、組織の目的を「受け身」に定義しているリーダーの側に問題があると考える方が正しいかもしれない。組織の目的を今まで通りに「お客様の成功をITで支援する」と定義しているままでは、受け身体質は継続してしまうのではないだろうか。
そうは言っても、IT部門はともかく、ITベンダーがお客様企業のビジネス要件について批判的な提案をしても許されるのだろうか。お客様が気分を悪くして、システム開発の仕事まで失うことにならないだろうか、という心配も出てくる。
私のユーザーとしての感覚で言うと、レベルの高い批判的提案であればウエルカムだと思うし、一緒になってビジネス側を説得すると思うが、薄っぺらい提案だと信頼が薄れていく気もする。ITベンダーの経営者がどのように自社のビジネスモデルを考えるのかで判断が分かれるところだろう。
ただ、コロナ対策で行政が実施したシステムに操作性やプロセスの問題が多々発生している事実を見ていると、ITベンダーの受け身体質が日本の健全なIT化を阻害しているのではないか、と心配になる。ビジネス要件を正しく書けないユーザーに対しては、ベンダー側が主導権をとってビジネス要件を修正するくらいの気概があるといいと思うのだが、そうもいかないのだろうか。私がいた会社のシステム部門では、「ビジネス側はヒノキ風呂をつくってくれ、と言ってくるが、全体の合理性を考えてユニット風呂を逆提案しなさい」という言い伝えがある。IT部門、ITベンダーが気概を持って批判的な提案をすることで、健全なデジタル社会をつくることができると思うのだが・・・。
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