【横塚裕志コラム】デジタル化には アナログな要請をデジタルな設計図にする 大事なキーマンが必要

デジタル化とかIT化の際に登場する人物では、要請するビジネス側の人とソフトウエアを開発するエンジニアの二人がよく語られるが、実はもう一人重要な役割を果たしている人物の存在がある。ビジネス側の要請はアナログな感覚のことが多く、細かいことを詰めた整理にはなっていない。従って、その感覚的な要請を構造的に分析し、デジタルに構築し直した設計図にする仕事が必要で、その役割を果たすキーマンの存在が実は欠かせない。

具体的な例でその役割をイメージしてみよう。
例えば、市役所でコロナワクチンの接種を実施するケースを想定してみよう。ワクチン企画係は、政府からの指示に基づき、一定の期間で一定の年齢の人に接種する義務を負い、市民への案内や接種などのデジタル化を構想する。ビジネス側の要請はその構想レベルに留まるのが普通だ。しかし、構想だけではデジタル化はできない。市民への案内の方法、案内状の記載内容、予約の方法、接種記録はマイナンバーをキーにするのか、どんな紙でいつどのように市民に渡すのか、引っ越しした時には接種記録はどうするのか、などの市民への対応方策や、ワクチンの在庫管理、期限管理、鮮度管理や医師の確保など多岐にわたる内容を細かく詰めていかなければ実現することはできないし、ソフトウエアの開発にも着手できない。この細かく詰めていく仕事をビジネス側と一緒に行い、ワクチン接種の全体設計図を描き上げる役割が必要だ。この役割を欧米では、「ビジネスアナリスト(BA)」と称して、専門の職種として認知されている。

この仕事は、高度な論理的構造化能力を必要とし、また、多くの関係者の思惑を確認するためのハードなコミュニケーション能力も必要とする難しい仕事だ。加えて、ビジネス側が希望する夢のような無理難題を、現実的な視点でコストや期間に整合する合理的な案に修正し、ビジネス側を説得していく役割も大事な要素だ。従って、検討を進める過程では、NOという勇気や全体最適を考えて提案できる俯瞰力が欠かせない。ビジネス側が立場的に上なので、なかなかNOと言うことが難しい仕事だ。
逆に言うと、この役割が十分機能しないと、あるいは能力が低い人がこの仕事を担当すると、使いにくいシステムや品質が悪いシステムができてしまうということだ。
私が長く働いていた会社の情報システム部門では、SEがこの役割を果たすことを求め、その役割のキーとなる能力・マインドを建築家になぞらえて「ヒノキぶろ理論」として胸に刻んでいた。家を建てるときに施主さんは「ヒノキぶろ」を要請してくる。このとき、建築家はどうするべきか。「ヒノキぶろは、毎朝時間をかけて掃除しないとすぐにダメになる。また、ヒノキの香りも1年程度で終わる。メンテが楽なユニットバスにした方が長期的にはお得です。」と毅然とした態度でNOということが大事。SEも同じだ、という理論だ。

では、「ビジネスアナリスト」という仕事が認知されていない日本では、この役割を誰が実質的に担当しているのだろうか、それともおざなりにされているのだろうか。
IT部門を持つ企業では、おおむね、IT部門のシニアなSEが担当していることが多い。SEとしてソフト開発の経験を積んだベテランがこの役割を担っている。欧米のような「ビジネスアナリスト」という職種として定義している企業はまだ少ないと思われる。従って、企業によってこの役割を大事にしているかどうかが大きく違っているのが実態だ。
このBAの役割は想像以上に重要だということを私たちは多くの失敗経験から身に沁みて理解している。IT部門が忙しいという理由で、ビジネス側が直接ソフトウエア会社に委託するケースが時々ある。そのほとんどのケースでプロジェクトは失敗している。ソフトウエア会社にもBAの役割を担うべきSEはいるとは思うが、BAの機能が十分発揮されていないことが理由で失敗するケースが多い。その理由はいくつか思い当たる。一つは、受注業者の立場では、ビジネスの要請を「NO」と言うことは難しく、要請を鵜呑みにしてしまうこと、二つは、別の会社故にビジネス側と深いコミュニケーションが取りにくいということ、三つめは、自社のビジネスを成功させたいというマインドの熱量の差などが想定される。こういう失敗作の結果から、IT部門やシステム子会社に存在する「実質的なBA」が実はプロジェクトの成否を握る重要な役割を担っていることを、私たちは知っている。しかし、もっともっとこのことを経営陣に理解していただくことが重要だったなとあらためて反省している。最近、〇〇〇カードの事務問題が取りざたされているが、これもBAの機能が不十分ということが原因と思われる。
BAは、ビジネス側と対等な対場で対話を重ねることで、自社にとって最もふさわしい企画案を策定していく役割を持つ。そこに変な上下関係や発注受注関係が入ると、正しい企画はできない。そういう意味でも、BAを内製するということの意味は大きい。

IT部門を持たない企業や機関は、この役割を誰が担っているのだろうか。
コンサル会社に頼むか、ソフト会社にお願いするか、のどちらかだろう。ただ、コンサル会社もソフト会社も失注するというリスクを避けようとするのは自然で、ビジネス側と対等に議論する姿勢になっているかについては疑問を感じることもある。どんな企業であっても、BAという役割を持つ人材を社内に持つことが、経営にとってたいへん重要であるとの認識を持つべきタイミングにきているように思う。デジタル技術を利用するうえでは、社員としてのBAの存在が欠かせないのだ。

BAの役割は先ほどの具体例で挙げたほかに、ビジネス部門に在籍してビジネス自体の構造を設計する役割もあり幅が広い。それも含めて、BAの役割が日本に認知されていない現状は、デジタルを活用するうえでは致命的な欠陥を持っていると考えるべきだろう。改善の方策は次の2点だろう。

① 企業・機関として、BAという職種をIT人材と同じように明確に認知すること。人事部としてBAを業務として位置づけ、BAが持つべき能力を定義し、社内で育成したり外部から採用するなどの行動が必要だ。JOB型雇用などの制度はまさにフィットしている。転職のサイトを見てみると、ファーストリテーリングや日立など大手企業が「ビジネスアナリスト」での求人を実施している。この動きがより多くの企業に広がるように推進することが必要だ。
② BAの育成に力を入れること。BAはデジタル技術の知識が重要なのではなく、自律して考える姿勢・マインド、多様なステークホルダーとのコミュニケーション力、全体最適で考える俯瞰力、構造化設計力、などの能力が必要で、それをトレーニングする機関が必要だ。

この課題は大きい。しかし、何とかしないと下手なデジタルが今まで以上に横行する。今のデジタルが下手にできているということを企業が理解し、BAという機能・役割の内容・重要性を認識すること、そしてあらためてBAというポジションの設置、人材の育成を考える活動が必要と思う。しかし、それを誰が旗を振るのだろうか。IT産業がやるのだろうか。そしてまた旗を振っても企業が振り向いていただけるのだろうか。

他のDBIC活動

他のDBICコラム

他のDBICケーススタディ

一覧へ戻る

一覧へ戻る

一覧へ戻る

このお知らせをシェアする