【横塚裕志コラム】獺祭(旭酒造)の凄まじい「変革モチーフ」

6月9日、DBICに旭酒造の桜井社長をお招きして、お持ちになっている危機感や野望をうかがう機会を得た。私が感じた社長の熱い想いを私の責任でここに書いておこうと思う。「野望」、すなわち「変革モチーフ」がイノベーションを起こす起爆剤として燃え続けていると感じたので、デジタル化のHOWよりも「変革モチーフ」を中心にみなさんとシェアしておこうと思う。工場を視察に来られる同業者の方々が「真似できない」と皆おっしゃるそうだが、それはHOWを真似できない、ということではなく、「変革モチーフ」を持つことができない、ということなのだろうと推察しながらお話を伺っていた。
もちろん、お話のあとは23%、39%、45%の試飲会だったが、この感動は私の胸だけにしまっておきます。あしからず。

桜井社長が持つ「変革モチーフ」、すなわち「変革への飽くなき野望」は以下の通りだ。

もっとおいしい日本酒をつくりたい。もっとおいしい日本酒をつくるためには、杜氏や社員が持っている技術・経験・勘だけでは難しい。私たちの力だけでは難しい。いい材料を調達し、その年年の天候や生育に左右されることなく、おいしい日本酒をマーケットに広く供給できる程度の規模の量をつくり続けたい。
そのためには、一定のレベルの「山田錦」を調達し、自社にて精米する。そして、麹の仕込みから酒の完成までのプロセスをできるだけデジタル機器で測定して可視化する。そして、完成した酒の味を自分たちで評価しながら、製造プロセスのデジタル指標と見比べて、なぜ失敗したのか、なぜおいしくなったのかを分析して、そのノウハウを蓄積していく。酒は発酵という生ものの育成プロセスであり、おいしさとプロセスとの因果関係がなかなか把握できないが、なんとしても再現性を高めるためにデジタルで可視化する。

年に1回だけの酒作りではなかなかデータやノウハウが収集できないので、樽を300に小分けして年に3000回の酒作りを実施し、毎朝、できた酒の評価をし、製造プロセスの改善点を見つけ続けているとのこと。究極のアジャイルだ。おいしさを追求するための一つの指標として計測指標を使っているだけで、杜氏の技術をデジタルに置き換えるとか、プロセスを自動化するというような取り組みではない、とおっしゃる。とても本質的だ。あくまで謙虚に、毎年違う自然や常に変化する発酵状況をデジタル指標で可視化しながら、常に「おいしい」という感覚を追い求めていくすさまじい熱量に圧倒される。そして、まだまだ分からないことばかりだとおっしゃるのだ。

ここまで奮闘する危機感は何か。日本酒全体の売り上げが、昭和49年と比較すると既に1/4に減少している状況らしい。人口も減少していく中で、このままでは日本酒の伝統技術が滅びてしまうという危機感がある。このトレンドを打ち破るには、「おいしい日本酒」をつくるということが本質的な策だという。

加えて、マーケットを世界に広げていこうという野望をお持ちだ。それが、輸出を増やしたいという程度の話でもなく、日本食のお供に世界へ広げていこうということでもなく、ワインやウイスキーなどの欧米のお酒と同様に、欧米の食事の中で日本酒が飲まれる状況をつくりたいという本格的な取り組みを始めている。そのために、世界の食の中心であり、世界最高の料理の専門大学CIAの拠点でもあるニューヨークから日本酒を発信しようとの試みを進めている。まずは欧米に仲間入りという趣旨で、ニューヨーク近郊で酒の工場を造り、この夏には、「獺祭BLUE」というニューヨーク工場で生産した日本酒が誕生するそうだ。材料の品質や製造プロセスをデジタル化しているからこそ、どこの場所でも製造が可能となる。どんな場所でも、おいしい日本酒を目指すことができる能力を組織的に保有しているからこそできる技だ。なぜここまでして世界へ挑戦をするのかとうかがうと、たまたま挑戦できるポジションにいさせていただいているので、日本酒業界の代表として大きな挑戦をしているのだとおっしゃる。たった一つの蔵が、それも地方の岩国の蔵が、業界そのものの危機をも感じつつ、正真正銘のグローバル化に取り組む姿勢に頭が下がる。なぜ、そこまで業界の危機を自分ごととしてとらえる姿勢になるのか、その企業魂に心が震えた。

桜井社長のお話を伺ってあらためて思う。イノベーションを狙ってやっているのではなく、企業の存続・業界の繁栄を長期的にとらえた危機感で、それを乗り越えるためには、デジタルを使うなり、世界のマーケットに出ていくなり、なりふり構わずにトライしていくしかない。結果、そのなりふり構わぬ取り組みが、イノベーションを起こすことになるということのようだ。
1本芯が通った「モチーフ」が社会を変えていく。そこを見習いたい。

試飲会のとき立ち話で桜井社長に聞いてみた。
「『おいしい』という感覚は好みの領域なので、人によって違いませんか」 社長はこう答えた。
「『おいしい』は感性なので、私たちの取り組みが万人に評価されるとは思っていない。しかし、私たちが貫き通す『おいしい』を決めておくことが大事だ。この私たちが追い求める『おいしい』を行動の軸にすることで、その軸を磨き進化させることができる。軸なしに、お客様に寄り添うだけでは進化できない。」
私の体に喝を入れられたような戦慄が走った、ほろ酔いなのに。

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